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1巻
1-3
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強引な言葉とは裏腹にその大きな手は丁寧で、怖いのに怖くない。
彼の為すがままに蹂躙されている事実に変わりはないのだが、先ほどよりも恐怖心が薄らいだような気がする。ルゥカは閉ざしていた瞼を、思い切って開けてみた。
(絵画みたいにきれいなひと……)
視界に飛び込んできたアークレヴィオンの顔は、憎たらしいけれど、やはりルゥカの心の琴線に触れるのだ。うっかり心惹かれそうになったことが癪で、ルゥカは険しい表情をつくって彼をにらんだ。
途端にアークレヴィオンと目が合う。彼はルゥカの懸命なにらみをものともせず、従順ならざる視線を咎めるように、彼女の喉元に鼻を押しつけ、生温かい舌を肌の上に滑らせた。
「あっ、やっ」
身体の芯がぞくぞくと震えて、肌が粟立つ。とどめとばかりに、ふくらんだ蕾をきゅっとつままれると、全身を貫くような電流が走った。
「んあぁ……っ」
びくんっと身体が跳ねてしまう。ふいにまな板に置かれた鮮魚が思い浮かんだ。さぞ料理のしがいがあると、彼は考えているに違いない。
また抵抗心が湧き上がるものの、アークレヴィオンの指の動きにルゥカは素直に反応してしまう。蕾に振動を与えられていくうちに、頭の中の雑念がどんどん薄れて、やがて真っ白になっていき――
「――ああっ」
そこに到達した瞬間、全身に言い知れない快感が流れ込んだ。
ふわりと身体が浮かび上がったように感じたあと、一気に脱力すると、ルゥカは朱に色づいた唇を薄く開いて乱れた呼吸を繰り返す。
「はっ、はぁっ……ぁっ」
やがてアークレヴィオンの身体が離れていくと、ルゥカは力を失ったままベッドに深く沈んだ。魔人に犯されて、気持ちよく感じてしまうなんて。
(何……これ……)
頭の中は真っ白だったが、身体は内側を駆けめぐる快楽の余韻をあさましく味わい、下腹部からは、物欲しそうに淫らな蜜が滲み続けていた。
「はじめてというわりに、身体はよく啼く」
そんな風に評価されればさすがにムッとするが、でもこれで終わりだ。そう安堵の吐息をついたルゥカがのろのろとアークレヴィオンに目を向けると、彼はまとっていた部屋着を脱ぎ捨てていた。ゆったりした服の下から現れた、たくましい裸身を見た瞬間、ルゥカは自分が早とちりしていたことを悟った。
「まさか、これで終わりとは思っていないだろうな」
「え――」
アークレヴィオンの身体は、しなやかな細身にしっかりした筋肉のついた、まるで美しく削られた彫刻のような肉体だった。見たくもないのに、視線が勝手に吸い寄せられてしまう。
だが、下半身に堂々と隆起する男の象徴を見つけた瞬間、ルゥカは悲鳴を上げて飛び起きた。
「逃げるな」
「やっ、だって、そんなモノ……」
アークレヴィオンに背中を向けて逃げ出そうとしたが、あっさり肩をつかまれてベッドの中央に連れ戻されてしまった。
彼はじたばたと暴れるルゥカをうつぶせにベッドに押しつけ、その背中に覆いかぶさってくる。
「そんなモノとはどういう意味だ」
「そのままの意味です……っ」
物心ついた頃には、とうに父親と死に別れていたルゥカである。これまでに恋人などいたためしもなく、今の今まで、本当に男の裸を見たことがなかったのだ。
「恥ずかしいんです! 恥ずかしすぎて死にそうです!」
「恥ずかしくて死んだ者などおらん」
ルゥカの背中にのしかかったアークレヴィオンは、彼女のぷるんとした尻を触り、脚を割り開くと、充血した蕾を後ろから刺激しはじめた。
「ひぁああっ」
絶頂に達したばかりでひくひくと震えている秘部を執拗に撫でられ、ルゥカはこらえきれず顔をベッドに埋めて啼いた。
肩や背中に舌を這わされ、ときどき肌を吸われ、後ろから耳たぶを甘噛みされる。
「ふ、あ……」
裸の男に背後から抱かれて淫らな愛撫をされていると思うと、背徳的な行為に後ろめたさを覚えた。
(でも、気持ちよくて……っ)
アークレヴィオンはシーツに押しつけられて潰れた乳房を握る。たわわなふくらみを手の中で味わいながら、ルゥカから甘い悲鳴を引き出そうとしているようだ。
「んっ……あぁっ……」
こんなこと、今まで誰にもされたことはない。このまま何をされてしまうのかわからなくて怖いのに、割れ目の奥を指で刺激されるたび、身体の中を駆け抜ける快感に身体がほどかれていくようだ。
自分が悪いほう、悪いほうへと堕とされている気がして、やましい気持ちばかりが募っていくのに、身体は言葉通りアークレヴィオンに服従してしまう。
いつしか、内腿は濡れ光るほどに愛液にまみれていた。
「あ……んっ、あぁっ!」
「従順になってきたな、いい子だ」
静かな声が耳元で囁くと、それだけで蜜がとろりと流れ出した。
こんなの嫌がらせに決まっている。でも、ルゥカの唇から反抗する台詞は出てこなかった。彼の言う通り、快楽に従順になった女の吐息が漏れるばかりだ。
「ああ……もぅ――」
ルゥカが肩越しに振り返ると、アークレヴィオンは彼女の顔にかかった赤毛をそっとかきあげ、耳にかけた。その何気ない仕草に、なぜか下腹部の奥がきゅっと疼き出す。
相変わらず表情らしい表情はないのに、間近で見る彼の顔があまりにも美しく、同時に男らしさも備えていて、こんな最中だというのに目が追ってしまった。
「もっと気持ちよくしてやろうか」
「えっ……」
一瞬、アークレヴィオンの言葉に期待を抱いてしまったルゥカは、すぐにそれを否定するようにぶんぶん頭を左右に振った。
(期待なんてしてない! 私、今この男に犯されてるの! ひどいことされてるんだから……っ)
必死にアークレヴィオンをにらみつけようとするのだが、彼に尻を持ち上げられると、まるで期待するかのようにルゥカの心臓は大きく音を立てていた。
彼は割れ目に沿って指を滑らせ、濡れた蕾を転がす。
「待って――あ、あっ、んん!」
アークレヴィオンは、何かを探すように秘裂を指で押し広げると、ある一点をなぞり、ぷつりと膣の中に指を挿し込んだ。
「……っ!」
ベッドに肘をつき、ルゥカは耐えるように拳を握りしめ唇を噛んだ。
きつい狭隘をほぐすよう、アークレヴィオンはゆっくりゆっくりと奥を目指していく。そうしながらもう一方の手は、秘裂の奥のいちばん感じやすい蕾を揺らし続けた。
「て、手加減するって、ゃあぁんっ」
「これ以上ないくらいに手加減している」
ちっとも手加減されている気はしない。ただ、痛みはいっさい感じなかった。それに、彼女の肌に触れるアークレヴィオンの手つきは、やさしい。
(やさしい……わけない)
ルゥカは誤った認識を追い出すように強く頭を振った。どんなに美しかろうが凛々しかろうが、女を力で征服する男にやさしさなどあるはずがない。
だが、こんな危機的な状況にもかかわらず、彼の指に内壁を擦られながら抜き挿しされると、ルゥカは腰を振ってそれに応えてしまう。
「んっ……」
せめてもの抵抗をと、歯を食いしばって淫らな声を抑えていたのだが、肩口をかぷりと甘く噛まれた瞬間、隙ができてしまった。
遠慮しながら奥を目指していた指がたちまちぐっと入り込んできたのだ。そしてルゥカの中を小刻みに揺らしながら擦っていく。
「あぁああっ……! や、だ、ヘンな、感じが……っ」
身体の内側を探られる異常な感覚に、神経が研ぎ澄まされていくようだ。
「んああっ、だめ、だめぇ……」
弄り回される秘裂とその奥が熱を上げ、ぐちゅぐちゅと水音を奏でる。
ありえない場所を触られる違和感とかすかな快感、秘所を犯されている羞恥が混ざって、気持ちの整理がつかない。
それなのに、アークレヴィオンの手が動くたびに快楽の虜になってしまいそうだ。
ベッドについた膝が震えた。尻を突き出すような格好で犯され、花唇から蜜が滴り落ちる。
混乱しているうちに頭と心がいっぱいになりすぎて、ルゥカは息も切れ切れにすすり泣いていた。
「あぁ……んっ、やぁ……」
ふと、アークレヴィオンの手がルゥカの肩に置かれた。はしたない蜜に濡れた彼の指を見て、ルゥカの涙腺はさらに緩んでしまう。
(恥ずかしくて死ねる……!)
だが、彼はそんなことにはお構いなしに、ルゥカの身体をころんと仰向けに転がした。
真上から顔をのぞきこまれ、ルゥカはあわてて涙の滲んだ目を隠そうとするが、腕を取られ、濡れた目元をぺろりと舐められてしまった。
「……!」
アークレヴィオンを見上げると、彼は無表情のまま、まるでなだめるようにルゥカの髪をくしゃっと撫でる。
「え……」
ルゥカは思わず目を瞠って彼を見つめた。この魔人にも、少しくらいは人の情とか、良心のようなものが存在するのだろうか。
しかし……
「泣くな。いくら泣こうが喚こうが、これはおまえが選んだ結果だ」
やはり魔族は魔族なのだ。ルゥカは淡青色の瞳に力を込めて、アークレヴィオンをにらんだ。
「……しっ、仕方ないじゃない! こんなことされるなんて、思わなかったんだから……っ」
「反抗的だな。俺に服従すると言った舌の根も乾かぬうちに」
冷ややかな月色の瞳でルゥカの視線を受け止めると、彼は腕を伸ばしてきた。
(殴られる……!)
ルゥカは反射的に腕を上げて顔をかばったが、彼の拳が飛んでくることはなかった。ただ、両腕をつかまれ、そのままベッドに押しつけられてしまう。
「あきらめて俺を受け入れろ。おまえのような無力な小娘ひとりが魔界で生きていくのは不可能。生きたいのであれば、つまらぬ見栄など捨ててしまうのだな。おまえがここで快楽に溺れようと、それを咎める者はいない」
突き放されているのか、慰められているのか、どちらなのだろう。
アークレヴィオンはルゥカの気が逸れているうちに、無防備にはだけられた胸を口に含み、硬くなった粒を舌で巻き取って、淫らな愛撫を加えはじめた。
「あぁ……っ」
執拗にそこを舐られるうちに、秘裂の奥がふたたび熱く濡れていく。蜜がとろりと流れ落ちる感覚に、どうしようもなく身体が疼いてしまう。
アークレヴィオンはルゥカの腕を解放したが、代わりにズキズキする割れ目の中をやさしく指で往復していった。
後ろから触れられたときよりも鮮明な快感に満たされていく。
「やぁああっ、そんなふうにっ、さわらな……い、で」
身体を反らして切ない悲鳴を上げるルゥカの喉を唇で食み、全身をとろかすような甘い手つきで、アークレヴィオンは彼女の身体を愛撫し続けた。
「はぁ……はぁ……っ」
いつの間にか身体からは力が抜けていって、彼の与える快感だけに反応するようになっていた。厚い胸に抱き寄せられると、無意識にその身体にしがみつき、ルゥカは震えてしまう。
「もうじゅうぶん濡れたな?」
「ん……っ」
呼吸が乱れすぎて、頭がしびれたようにぼうっとする。もう、何をされても抵抗する気力は残っていない。
それを見越したようにアークレヴィオンはルゥカの細い足首をつかみ、膝を折り曲げ、秘所を大きく開かせた。
しとどにあふれた花蜜が、内腿もシーツもぐっしょりと濡らしている。
「ふぁ……」
もう心も身体も、この状況についてこられなかった。唇から弱々しい声が漏れたが、そこに力はない。
やがて、その痛みは突然やってきた。熱の塊がルゥカの秘所にめりこみ、突き立てられ、まどろみにたゆたっていた意識が、いきなり現実に引き戻されたのだ。
「いやぁあっ、いたっ、やめてっ!」
だが懇願は聞き入れられず、中をかきわけるようにして熱塊が身体を抉っていく。
激しい痛みにルゥカは首を振りながら声を上げたが、アークレヴィオンは自身の身体で彼女の身体を押さえ込む。そして大きく深呼吸をすると、一気にそこを突き破った。
「――っ!」
大きく開かれたルゥカの瞳が翳り、涙がこぼれ出す。アークレヴィオンは彼女の顔の横に腕をつき、大粒の涙を舐め取ると、きつく締めつける中を何度もたどった。
「ふ、ぅっう」
「力を抜け。そんなに力を入れていては、よけいに痛みが増す」
最初は引き裂かれる痛みに悲鳴を上げていた喉も、アークレヴィオンになだめられ、何度も腰を打ち付けられていくうちに、甘い嬌声を勝手に漏らしてしまう。
「ぁ、んっ……」
ルゥカは彼のたくましい背中に爪を立て、内側から迫ってくる波に必死に抗う。だが、体温が重なり合って蠢く感覚に、彼女の腰は痙攣したように小さく震えはじめた。
次第にアークレヴィオンの熱い身体が速度を増し、彼女の狭隘を何度も何度も擦り、奥のほうを突き上げる。
「ああ……もぉ……」
平衡感覚が失われて、頭から真っ逆さまに落下していくようだ。
「くっ――」
一瞬、アークレヴィオンの身体が強張った気がする。
彼の身体の下でそれを感じたルゥカは、必死にもがきながら広い背中にしがみついた。
「あぁ……あ、あ……!!」
アークレヴィオンの突き立てた楔を体内深くに咥え込み、熱い飛沫が放たれるのをかすかに感じた瞬間――身体の痛みも、彼の身体の熱も、すべての感覚が消失する。
やがて、引き潮のあとに怒涛のような快楽の波が襲い来て、ルゥカは絶頂に呑み込まれた。
***
次に目を覚ましたとき、そこにはもうアークレヴィオンの姿はなかった。
ルゥカはといえば、身体には毛布がかけられており、寝心地のいいベッドの中にいる。
それにしても、身体が重い。身動きしようと思っても力が入らなかったので、ルゥカはあきらめて目を閉じた。しかし……
「ぐぅううう」
文字にできるほどはっきりと腹の虫が鳴り、ルゥカは赤面した。
香ばしい匂いがどこからともなくただよってきており、空腹が刺激されて止まない。
人違いで魔界にさらわれて、魔人に服従を強いられたあげく、純潔を穢されてしまったのだ。普通ならもっと取り乱して泣き叫んでいてもおかしくない状況なのに、空腹をそそられるような匂いにつられてしまう自分が恨めしい。
(何だろう、お肉が焼けるみたいな匂い……)
ルゥカが自分の図太さに感心しながら辺りを見回すと、タイミング悪く、部屋に入って来たアークレヴィオンと目が合ってしまった。
「よく寝ていたな」
「それ、嫌味ですか?」
「事実をそのまま言っただけだ。おまえはずいぶんとひねくれた娘だな」
表情らしい表情を見せない彼だったが、さすがに呆れたらしく、不器用に表情筋を動かした。
「目が覚めたのなら、下りてくるといい。食事の準備ができている」
「そ、その前に、身体がとっても不快なので水浴びなどさせていただけると、うれしいんですけど……」
「湯浴みでも何でもすればいい。だが、食事が冷めるぞ。腹が減っているのではないのか?」
どうやら腹の虫の大合唱を聞かれてしまったらしい。湯浴みもしたかったが、空腹に抗うことはできない。
「……い、いただきます」
「着替えはそこに用意してある。支度ができたら下へ来い」
そう言ってアークレヴィオンは踵を返すと、さっさと部屋を出て行った。
彼はルゥカの命を盾に取って、欲望のままに彼女の身を穢した男だ。ゆえにもっと恐ろしげな魔人だと思っていたのに、食事に誘いにきてくれたのだから、拍子抜けしてしまう。
ぼうっとする頭を振ってベッドから下りようとしたとき、ベッドサイドのテーブルに服がたたまれているのを見つけた。
「これを着ろってこと?」
広げてみると、黒いブラウスと、落ち着いた深い赤色のワンピースだった。ご丁寧に下着なども新調されている。敵の施しを受けるのは気が進まないが、いつまでも裸でいるわけにもいかないので、ルゥカは妥協することにした。
「わ、意外と……」
袖を通した赤いワンピースは、ルゥカの細身の身体にぴったりで、シンプルながらも大人びた雰囲気だ。スカートはひざ下までの長さで、揺れるたびに内側のレースがひらひらする。
揃えて置いてあった長い革のブーツに脚を通して鏡の前に立つと、憂鬱だった気持ちが少しだけ軽くなった。ルゥカは背中まである髪を手櫛で整える。
なんだかアークレヴィオンの術中にはまっているようでおもしろくない。
あの魔人に隙を見せてはいけない。こうして身支度を整えたことで、彼と対峙する覚悟も準備も整った。
ルゥカは寝室から忍び出る。
(それに、お肉の匂いには逆らえないし……)
料理をするのはもちろん大好きだが、食べることだって同じくらい好きなルゥカだ。
寝室を出ると、そこは書斎のようで、壁一面がガラス張りの窓に立派な机、必要最低限の調度品がある。アークレヴィオンの部屋なのだろう。
この書斎といい、寝室といい、彼は華美を好まない男らしい。それとも、魔界ではこれが普通なのだろうか。
窓の外は暗いような明るいような、今が何時なのかもはっきりしない空模様だ。
重厚な扉を開くと、長い廊下が続いていて、奥には下へ降りる階段が見えた。そして、香りはそちらからただよってくる。
「やっぱりお肉かな。何の肉だろう、けっこう淡白な感じがするな」
匂いにつられて階下へ降りると、広々とした玄関ホールに出た。天井は吹き抜けで、銅像や絵画などが品よく並んでいる。
「こうしてみると、人間界とそう大きく変わるわけじゃないみたいだけど……」
ずっと不安の中に取り残されていたルゥカも、少しだけ安堵した。
広い食卓の正面にはアークレヴィオンが座して、ワイングラスを傾けている。その姿がいちいち絵になるので、ルゥカは視線が釘づけにならないよう、目を逸らすのに必死だ。
そして、この邸でアークレヴィオンの世話をしている、リドーと名乗った黒髪の青年がいそいそと給仕をしてくれている。
最初に運ばれてきたのはサラダだった。青々とした葉に、プチトマトが乗せられた――ように見える何かだ。
ルゥカはそれを見て身体を硬直させ、信じられない思いで目をまん丸にした。
(前言撤回! 人間界と変わらないどころか、何なの、これ……!)
多肉植物なのだろうか、肉厚な葉はギザギザと棘のように尖っていて、かなり視覚に訴えてくるものがあった。添えられている赤い実はトマトかと思いきや、ぬめっとしていて、ルゥカの錯覚でなければときどき蠢いているようにも見える。
「あ、あの、この葉っぱと、赤い実は何ですか?」
見た目がかなりおどろおどろしいサラダを指してルゥカは尋ねた。
「はい、ルゥカさま。これはゲバギュドスという植物です。葉の部分は肉厚で少し苦味がありますが、赤い実を潰して一緒にいただくと、酸味があっておいしいと魔界では人気なのです」
リドーは丁寧に解説してくれたが、あまりおいしそうには見えない。
「げば……。何だか、動いているみたいですけど」
「それは肉食ですから」
「にく、しょく……?」
「はい。新鮮ですが、きちんと処理してあるので襲いかかってくることはありません。ご安心ください」
「襲ってくるの!?」
「目は摘んでありますから、大丈夫ですよ」
「芽を摘んでるんですか」
「ええ、目は摘んでます」
何となくリドーと会話が噛み合っていないように感じたが、深く追及するのは怖いので止めておいた。
次いでやってきたのは、スープだった。茶色のような、紫色のような、斑模様があやしすぎる毒沼色のスープだ。具は、得体の知れない白い輪っか状の何かが浮かんでいる。それ以上のことはルゥカにはわからない。ただ、彼女の本能が警鐘を鳴らしているのはわかった。
「これは、何のスープですか?」
「はい、ギュレポアをすり潰したスープです。人間界ではジャガイモという穀物が似ているようですよ。それと、このリングはクラーイッカという水棲生物の足についていた吸盤です」
「へ、へえ……」
ジャガイモのスープなら口にできそうだが、何しろ色が不気味すぎて食欲がわかない。そして、魔界の水棲生物とは、つまり魔物ということで……胃の辺りがキュッと縮まった。
続いて、リドーが大きな皿を食卓に置いた。ルゥカは悲鳴を上げるのを辛うじて堪えたが、思わずのけぞり、椅子ごと後ろに倒れるところだった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
とっさにリドーが支えてくれたので危ういところで難を逃れたものの、目の前の皿を見つめて言葉に詰まった。
ルゥカの背丈と同じくらいの体長の、ワニのような爬虫類らしきものがまるっと、こんがり焼き色をつけて乗せられていたのだ。
大きく開いた口の中には、返しのついた針状の歯がびっしり並んでいた。背中はトゲトゲした背びれのようなものが生え、苔色の鱗に描かれた、繰り返される幾何学模様は見ているだけで怖気が走る。
ごくりとつばを呑み込んだが、決して食欲をそそられたせいではない。
「こ、これは……」
「はい、今朝、マスターが森で狩ってきてくださった、コドモドラゴンの姿焼きです。幼体なのでやわらかいですよ」
「……」
これがルゥカのつられた、肉の匂いの正体であった。
最後に、いい香りのするパンがたくさん入ったバスケットが運ばれてきた。見なれたパンを前にして、ルゥカが泣きたくなるほど安堵したのは言うまでもない。
「好きなだけ食べるがいい」
アークレヴィオンに勧められたが、フォークやナイフを手に取るのも億劫である。しかし、このやさしそうな黒髪の青年――リドーがつくってくれたというのだから、無下にするわけにもゆかず……
彼の為すがままに蹂躙されている事実に変わりはないのだが、先ほどよりも恐怖心が薄らいだような気がする。ルゥカは閉ざしていた瞼を、思い切って開けてみた。
(絵画みたいにきれいなひと……)
視界に飛び込んできたアークレヴィオンの顔は、憎たらしいけれど、やはりルゥカの心の琴線に触れるのだ。うっかり心惹かれそうになったことが癪で、ルゥカは険しい表情をつくって彼をにらんだ。
途端にアークレヴィオンと目が合う。彼はルゥカの懸命なにらみをものともせず、従順ならざる視線を咎めるように、彼女の喉元に鼻を押しつけ、生温かい舌を肌の上に滑らせた。
「あっ、やっ」
身体の芯がぞくぞくと震えて、肌が粟立つ。とどめとばかりに、ふくらんだ蕾をきゅっとつままれると、全身を貫くような電流が走った。
「んあぁ……っ」
びくんっと身体が跳ねてしまう。ふいにまな板に置かれた鮮魚が思い浮かんだ。さぞ料理のしがいがあると、彼は考えているに違いない。
また抵抗心が湧き上がるものの、アークレヴィオンの指の動きにルゥカは素直に反応してしまう。蕾に振動を与えられていくうちに、頭の中の雑念がどんどん薄れて、やがて真っ白になっていき――
「――ああっ」
そこに到達した瞬間、全身に言い知れない快感が流れ込んだ。
ふわりと身体が浮かび上がったように感じたあと、一気に脱力すると、ルゥカは朱に色づいた唇を薄く開いて乱れた呼吸を繰り返す。
「はっ、はぁっ……ぁっ」
やがてアークレヴィオンの身体が離れていくと、ルゥカは力を失ったままベッドに深く沈んだ。魔人に犯されて、気持ちよく感じてしまうなんて。
(何……これ……)
頭の中は真っ白だったが、身体は内側を駆けめぐる快楽の余韻をあさましく味わい、下腹部からは、物欲しそうに淫らな蜜が滲み続けていた。
「はじめてというわりに、身体はよく啼く」
そんな風に評価されればさすがにムッとするが、でもこれで終わりだ。そう安堵の吐息をついたルゥカがのろのろとアークレヴィオンに目を向けると、彼はまとっていた部屋着を脱ぎ捨てていた。ゆったりした服の下から現れた、たくましい裸身を見た瞬間、ルゥカは自分が早とちりしていたことを悟った。
「まさか、これで終わりとは思っていないだろうな」
「え――」
アークレヴィオンの身体は、しなやかな細身にしっかりした筋肉のついた、まるで美しく削られた彫刻のような肉体だった。見たくもないのに、視線が勝手に吸い寄せられてしまう。
だが、下半身に堂々と隆起する男の象徴を見つけた瞬間、ルゥカは悲鳴を上げて飛び起きた。
「逃げるな」
「やっ、だって、そんなモノ……」
アークレヴィオンに背中を向けて逃げ出そうとしたが、あっさり肩をつかまれてベッドの中央に連れ戻されてしまった。
彼はじたばたと暴れるルゥカをうつぶせにベッドに押しつけ、その背中に覆いかぶさってくる。
「そんなモノとはどういう意味だ」
「そのままの意味です……っ」
物心ついた頃には、とうに父親と死に別れていたルゥカである。これまでに恋人などいたためしもなく、今の今まで、本当に男の裸を見たことがなかったのだ。
「恥ずかしいんです! 恥ずかしすぎて死にそうです!」
「恥ずかしくて死んだ者などおらん」
ルゥカの背中にのしかかったアークレヴィオンは、彼女のぷるんとした尻を触り、脚を割り開くと、充血した蕾を後ろから刺激しはじめた。
「ひぁああっ」
絶頂に達したばかりでひくひくと震えている秘部を執拗に撫でられ、ルゥカはこらえきれず顔をベッドに埋めて啼いた。
肩や背中に舌を這わされ、ときどき肌を吸われ、後ろから耳たぶを甘噛みされる。
「ふ、あ……」
裸の男に背後から抱かれて淫らな愛撫をされていると思うと、背徳的な行為に後ろめたさを覚えた。
(でも、気持ちよくて……っ)
アークレヴィオンはシーツに押しつけられて潰れた乳房を握る。たわわなふくらみを手の中で味わいながら、ルゥカから甘い悲鳴を引き出そうとしているようだ。
「んっ……あぁっ……」
こんなこと、今まで誰にもされたことはない。このまま何をされてしまうのかわからなくて怖いのに、割れ目の奥を指で刺激されるたび、身体の中を駆け抜ける快感に身体がほどかれていくようだ。
自分が悪いほう、悪いほうへと堕とされている気がして、やましい気持ちばかりが募っていくのに、身体は言葉通りアークレヴィオンに服従してしまう。
いつしか、内腿は濡れ光るほどに愛液にまみれていた。
「あ……んっ、あぁっ!」
「従順になってきたな、いい子だ」
静かな声が耳元で囁くと、それだけで蜜がとろりと流れ出した。
こんなの嫌がらせに決まっている。でも、ルゥカの唇から反抗する台詞は出てこなかった。彼の言う通り、快楽に従順になった女の吐息が漏れるばかりだ。
「ああ……もぅ――」
ルゥカが肩越しに振り返ると、アークレヴィオンは彼女の顔にかかった赤毛をそっとかきあげ、耳にかけた。その何気ない仕草に、なぜか下腹部の奥がきゅっと疼き出す。
相変わらず表情らしい表情はないのに、間近で見る彼の顔があまりにも美しく、同時に男らしさも備えていて、こんな最中だというのに目が追ってしまった。
「もっと気持ちよくしてやろうか」
「えっ……」
一瞬、アークレヴィオンの言葉に期待を抱いてしまったルゥカは、すぐにそれを否定するようにぶんぶん頭を左右に振った。
(期待なんてしてない! 私、今この男に犯されてるの! ひどいことされてるんだから……っ)
必死にアークレヴィオンをにらみつけようとするのだが、彼に尻を持ち上げられると、まるで期待するかのようにルゥカの心臓は大きく音を立てていた。
彼は割れ目に沿って指を滑らせ、濡れた蕾を転がす。
「待って――あ、あっ、んん!」
アークレヴィオンは、何かを探すように秘裂を指で押し広げると、ある一点をなぞり、ぷつりと膣の中に指を挿し込んだ。
「……っ!」
ベッドに肘をつき、ルゥカは耐えるように拳を握りしめ唇を噛んだ。
きつい狭隘をほぐすよう、アークレヴィオンはゆっくりゆっくりと奥を目指していく。そうしながらもう一方の手は、秘裂の奥のいちばん感じやすい蕾を揺らし続けた。
「て、手加減するって、ゃあぁんっ」
「これ以上ないくらいに手加減している」
ちっとも手加減されている気はしない。ただ、痛みはいっさい感じなかった。それに、彼女の肌に触れるアークレヴィオンの手つきは、やさしい。
(やさしい……わけない)
ルゥカは誤った認識を追い出すように強く頭を振った。どんなに美しかろうが凛々しかろうが、女を力で征服する男にやさしさなどあるはずがない。
だが、こんな危機的な状況にもかかわらず、彼の指に内壁を擦られながら抜き挿しされると、ルゥカは腰を振ってそれに応えてしまう。
「んっ……」
せめてもの抵抗をと、歯を食いしばって淫らな声を抑えていたのだが、肩口をかぷりと甘く噛まれた瞬間、隙ができてしまった。
遠慮しながら奥を目指していた指がたちまちぐっと入り込んできたのだ。そしてルゥカの中を小刻みに揺らしながら擦っていく。
「あぁああっ……! や、だ、ヘンな、感じが……っ」
身体の内側を探られる異常な感覚に、神経が研ぎ澄まされていくようだ。
「んああっ、だめ、だめぇ……」
弄り回される秘裂とその奥が熱を上げ、ぐちゅぐちゅと水音を奏でる。
ありえない場所を触られる違和感とかすかな快感、秘所を犯されている羞恥が混ざって、気持ちの整理がつかない。
それなのに、アークレヴィオンの手が動くたびに快楽の虜になってしまいそうだ。
ベッドについた膝が震えた。尻を突き出すような格好で犯され、花唇から蜜が滴り落ちる。
混乱しているうちに頭と心がいっぱいになりすぎて、ルゥカは息も切れ切れにすすり泣いていた。
「あぁ……んっ、やぁ……」
ふと、アークレヴィオンの手がルゥカの肩に置かれた。はしたない蜜に濡れた彼の指を見て、ルゥカの涙腺はさらに緩んでしまう。
(恥ずかしくて死ねる……!)
だが、彼はそんなことにはお構いなしに、ルゥカの身体をころんと仰向けに転がした。
真上から顔をのぞきこまれ、ルゥカはあわてて涙の滲んだ目を隠そうとするが、腕を取られ、濡れた目元をぺろりと舐められてしまった。
「……!」
アークレヴィオンを見上げると、彼は無表情のまま、まるでなだめるようにルゥカの髪をくしゃっと撫でる。
「え……」
ルゥカは思わず目を瞠って彼を見つめた。この魔人にも、少しくらいは人の情とか、良心のようなものが存在するのだろうか。
しかし……
「泣くな。いくら泣こうが喚こうが、これはおまえが選んだ結果だ」
やはり魔族は魔族なのだ。ルゥカは淡青色の瞳に力を込めて、アークレヴィオンをにらんだ。
「……しっ、仕方ないじゃない! こんなことされるなんて、思わなかったんだから……っ」
「反抗的だな。俺に服従すると言った舌の根も乾かぬうちに」
冷ややかな月色の瞳でルゥカの視線を受け止めると、彼は腕を伸ばしてきた。
(殴られる……!)
ルゥカは反射的に腕を上げて顔をかばったが、彼の拳が飛んでくることはなかった。ただ、両腕をつかまれ、そのままベッドに押しつけられてしまう。
「あきらめて俺を受け入れろ。おまえのような無力な小娘ひとりが魔界で生きていくのは不可能。生きたいのであれば、つまらぬ見栄など捨ててしまうのだな。おまえがここで快楽に溺れようと、それを咎める者はいない」
突き放されているのか、慰められているのか、どちらなのだろう。
アークレヴィオンはルゥカの気が逸れているうちに、無防備にはだけられた胸を口に含み、硬くなった粒を舌で巻き取って、淫らな愛撫を加えはじめた。
「あぁ……っ」
執拗にそこを舐られるうちに、秘裂の奥がふたたび熱く濡れていく。蜜がとろりと流れ落ちる感覚に、どうしようもなく身体が疼いてしまう。
アークレヴィオンはルゥカの腕を解放したが、代わりにズキズキする割れ目の中をやさしく指で往復していった。
後ろから触れられたときよりも鮮明な快感に満たされていく。
「やぁああっ、そんなふうにっ、さわらな……い、で」
身体を反らして切ない悲鳴を上げるルゥカの喉を唇で食み、全身をとろかすような甘い手つきで、アークレヴィオンは彼女の身体を愛撫し続けた。
「はぁ……はぁ……っ」
いつの間にか身体からは力が抜けていって、彼の与える快感だけに反応するようになっていた。厚い胸に抱き寄せられると、無意識にその身体にしがみつき、ルゥカは震えてしまう。
「もうじゅうぶん濡れたな?」
「ん……っ」
呼吸が乱れすぎて、頭がしびれたようにぼうっとする。もう、何をされても抵抗する気力は残っていない。
それを見越したようにアークレヴィオンはルゥカの細い足首をつかみ、膝を折り曲げ、秘所を大きく開かせた。
しとどにあふれた花蜜が、内腿もシーツもぐっしょりと濡らしている。
「ふぁ……」
もう心も身体も、この状況についてこられなかった。唇から弱々しい声が漏れたが、そこに力はない。
やがて、その痛みは突然やってきた。熱の塊がルゥカの秘所にめりこみ、突き立てられ、まどろみにたゆたっていた意識が、いきなり現実に引き戻されたのだ。
「いやぁあっ、いたっ、やめてっ!」
だが懇願は聞き入れられず、中をかきわけるようにして熱塊が身体を抉っていく。
激しい痛みにルゥカは首を振りながら声を上げたが、アークレヴィオンは自身の身体で彼女の身体を押さえ込む。そして大きく深呼吸をすると、一気にそこを突き破った。
「――っ!」
大きく開かれたルゥカの瞳が翳り、涙がこぼれ出す。アークレヴィオンは彼女の顔の横に腕をつき、大粒の涙を舐め取ると、きつく締めつける中を何度もたどった。
「ふ、ぅっう」
「力を抜け。そんなに力を入れていては、よけいに痛みが増す」
最初は引き裂かれる痛みに悲鳴を上げていた喉も、アークレヴィオンになだめられ、何度も腰を打ち付けられていくうちに、甘い嬌声を勝手に漏らしてしまう。
「ぁ、んっ……」
ルゥカは彼のたくましい背中に爪を立て、内側から迫ってくる波に必死に抗う。だが、体温が重なり合って蠢く感覚に、彼女の腰は痙攣したように小さく震えはじめた。
次第にアークレヴィオンの熱い身体が速度を増し、彼女の狭隘を何度も何度も擦り、奥のほうを突き上げる。
「ああ……もぉ……」
平衡感覚が失われて、頭から真っ逆さまに落下していくようだ。
「くっ――」
一瞬、アークレヴィオンの身体が強張った気がする。
彼の身体の下でそれを感じたルゥカは、必死にもがきながら広い背中にしがみついた。
「あぁ……あ、あ……!!」
アークレヴィオンの突き立てた楔を体内深くに咥え込み、熱い飛沫が放たれるのをかすかに感じた瞬間――身体の痛みも、彼の身体の熱も、すべての感覚が消失する。
やがて、引き潮のあとに怒涛のような快楽の波が襲い来て、ルゥカは絶頂に呑み込まれた。
***
次に目を覚ましたとき、そこにはもうアークレヴィオンの姿はなかった。
ルゥカはといえば、身体には毛布がかけられており、寝心地のいいベッドの中にいる。
それにしても、身体が重い。身動きしようと思っても力が入らなかったので、ルゥカはあきらめて目を閉じた。しかし……
「ぐぅううう」
文字にできるほどはっきりと腹の虫が鳴り、ルゥカは赤面した。
香ばしい匂いがどこからともなくただよってきており、空腹が刺激されて止まない。
人違いで魔界にさらわれて、魔人に服従を強いられたあげく、純潔を穢されてしまったのだ。普通ならもっと取り乱して泣き叫んでいてもおかしくない状況なのに、空腹をそそられるような匂いにつられてしまう自分が恨めしい。
(何だろう、お肉が焼けるみたいな匂い……)
ルゥカが自分の図太さに感心しながら辺りを見回すと、タイミング悪く、部屋に入って来たアークレヴィオンと目が合ってしまった。
「よく寝ていたな」
「それ、嫌味ですか?」
「事実をそのまま言っただけだ。おまえはずいぶんとひねくれた娘だな」
表情らしい表情を見せない彼だったが、さすがに呆れたらしく、不器用に表情筋を動かした。
「目が覚めたのなら、下りてくるといい。食事の準備ができている」
「そ、その前に、身体がとっても不快なので水浴びなどさせていただけると、うれしいんですけど……」
「湯浴みでも何でもすればいい。だが、食事が冷めるぞ。腹が減っているのではないのか?」
どうやら腹の虫の大合唱を聞かれてしまったらしい。湯浴みもしたかったが、空腹に抗うことはできない。
「……い、いただきます」
「着替えはそこに用意してある。支度ができたら下へ来い」
そう言ってアークレヴィオンは踵を返すと、さっさと部屋を出て行った。
彼はルゥカの命を盾に取って、欲望のままに彼女の身を穢した男だ。ゆえにもっと恐ろしげな魔人だと思っていたのに、食事に誘いにきてくれたのだから、拍子抜けしてしまう。
ぼうっとする頭を振ってベッドから下りようとしたとき、ベッドサイドのテーブルに服がたたまれているのを見つけた。
「これを着ろってこと?」
広げてみると、黒いブラウスと、落ち着いた深い赤色のワンピースだった。ご丁寧に下着なども新調されている。敵の施しを受けるのは気が進まないが、いつまでも裸でいるわけにもいかないので、ルゥカは妥協することにした。
「わ、意外と……」
袖を通した赤いワンピースは、ルゥカの細身の身体にぴったりで、シンプルながらも大人びた雰囲気だ。スカートはひざ下までの長さで、揺れるたびに内側のレースがひらひらする。
揃えて置いてあった長い革のブーツに脚を通して鏡の前に立つと、憂鬱だった気持ちが少しだけ軽くなった。ルゥカは背中まである髪を手櫛で整える。
なんだかアークレヴィオンの術中にはまっているようでおもしろくない。
あの魔人に隙を見せてはいけない。こうして身支度を整えたことで、彼と対峙する覚悟も準備も整った。
ルゥカは寝室から忍び出る。
(それに、お肉の匂いには逆らえないし……)
料理をするのはもちろん大好きだが、食べることだって同じくらい好きなルゥカだ。
寝室を出ると、そこは書斎のようで、壁一面がガラス張りの窓に立派な机、必要最低限の調度品がある。アークレヴィオンの部屋なのだろう。
この書斎といい、寝室といい、彼は華美を好まない男らしい。それとも、魔界ではこれが普通なのだろうか。
窓の外は暗いような明るいような、今が何時なのかもはっきりしない空模様だ。
重厚な扉を開くと、長い廊下が続いていて、奥には下へ降りる階段が見えた。そして、香りはそちらからただよってくる。
「やっぱりお肉かな。何の肉だろう、けっこう淡白な感じがするな」
匂いにつられて階下へ降りると、広々とした玄関ホールに出た。天井は吹き抜けで、銅像や絵画などが品よく並んでいる。
「こうしてみると、人間界とそう大きく変わるわけじゃないみたいだけど……」
ずっと不安の中に取り残されていたルゥカも、少しだけ安堵した。
広い食卓の正面にはアークレヴィオンが座して、ワイングラスを傾けている。その姿がいちいち絵になるので、ルゥカは視線が釘づけにならないよう、目を逸らすのに必死だ。
そして、この邸でアークレヴィオンの世話をしている、リドーと名乗った黒髪の青年がいそいそと給仕をしてくれている。
最初に運ばれてきたのはサラダだった。青々とした葉に、プチトマトが乗せられた――ように見える何かだ。
ルゥカはそれを見て身体を硬直させ、信じられない思いで目をまん丸にした。
(前言撤回! 人間界と変わらないどころか、何なの、これ……!)
多肉植物なのだろうか、肉厚な葉はギザギザと棘のように尖っていて、かなり視覚に訴えてくるものがあった。添えられている赤い実はトマトかと思いきや、ぬめっとしていて、ルゥカの錯覚でなければときどき蠢いているようにも見える。
「あ、あの、この葉っぱと、赤い実は何ですか?」
見た目がかなりおどろおどろしいサラダを指してルゥカは尋ねた。
「はい、ルゥカさま。これはゲバギュドスという植物です。葉の部分は肉厚で少し苦味がありますが、赤い実を潰して一緒にいただくと、酸味があっておいしいと魔界では人気なのです」
リドーは丁寧に解説してくれたが、あまりおいしそうには見えない。
「げば……。何だか、動いているみたいですけど」
「それは肉食ですから」
「にく、しょく……?」
「はい。新鮮ですが、きちんと処理してあるので襲いかかってくることはありません。ご安心ください」
「襲ってくるの!?」
「目は摘んでありますから、大丈夫ですよ」
「芽を摘んでるんですか」
「ええ、目は摘んでます」
何となくリドーと会話が噛み合っていないように感じたが、深く追及するのは怖いので止めておいた。
次いでやってきたのは、スープだった。茶色のような、紫色のような、斑模様があやしすぎる毒沼色のスープだ。具は、得体の知れない白い輪っか状の何かが浮かんでいる。それ以上のことはルゥカにはわからない。ただ、彼女の本能が警鐘を鳴らしているのはわかった。
「これは、何のスープですか?」
「はい、ギュレポアをすり潰したスープです。人間界ではジャガイモという穀物が似ているようですよ。それと、このリングはクラーイッカという水棲生物の足についていた吸盤です」
「へ、へえ……」
ジャガイモのスープなら口にできそうだが、何しろ色が不気味すぎて食欲がわかない。そして、魔界の水棲生物とは、つまり魔物ということで……胃の辺りがキュッと縮まった。
続いて、リドーが大きな皿を食卓に置いた。ルゥカは悲鳴を上げるのを辛うじて堪えたが、思わずのけぞり、椅子ごと後ろに倒れるところだった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
とっさにリドーが支えてくれたので危ういところで難を逃れたものの、目の前の皿を見つめて言葉に詰まった。
ルゥカの背丈と同じくらいの体長の、ワニのような爬虫類らしきものがまるっと、こんがり焼き色をつけて乗せられていたのだ。
大きく開いた口の中には、返しのついた針状の歯がびっしり並んでいた。背中はトゲトゲした背びれのようなものが生え、苔色の鱗に描かれた、繰り返される幾何学模様は見ているだけで怖気が走る。
ごくりとつばを呑み込んだが、決して食欲をそそられたせいではない。
「こ、これは……」
「はい、今朝、マスターが森で狩ってきてくださった、コドモドラゴンの姿焼きです。幼体なのでやわらかいですよ」
「……」
これがルゥカのつられた、肉の匂いの正体であった。
最後に、いい香りのするパンがたくさん入ったバスケットが運ばれてきた。見なれたパンを前にして、ルゥカが泣きたくなるほど安堵したのは言うまでもない。
「好きなだけ食べるがいい」
アークレヴィオンに勧められたが、フォークやナイフを手に取るのも億劫である。しかし、このやさしそうな黒髪の青年――リドーがつくってくれたというのだから、無下にするわけにもゆかず……
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