怜くん、ごめんね!親衛隊長も楽じゃないんだ!

楢山幕府

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高等部二年生

020

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 風紀委員長の上村くんとの話し合いが終わり、食堂を出たぼくは購買部へと向かった。
 親衛隊員から送られてきた七瀬くんのタイムスケジュールを見るに、どうやら彼は昼休み中ずっと保健室にいたらしい。
 怜くんがずっと七瀬くんに付き添っていたのかまでは分からない。
 ただ食堂に来なかったのは事実なので、食べ損ねているとき用に、購買部でパンでも買って怜くんに届けようと思ったんだ。
 済ませていたら、それはそれで夜食にでもしたらいいし。

「怜のことだから、適当に誰かを使いにやって、お昼は済ませてると思うけどね」
「けど忙しいときとか、抜くこともあるでしょ」
「保は怜の世話を焼き過ぎだよ。そういうのは桜川くんに任せておけばいいんだから」

 うーむ、怜くんが七瀬くんをお姫様抱っこしてから、眞宙くんが不機嫌だ。
 一緒にいる南くんも、どうしたらいいかとチラチラ視線を送ってくる。
 実は眞宙くんも怜くんにお姫様抱っこされたかったとか!?

「保、今、恐ろしいこと考えなかった?」
「えぇ!? 眞宙くんもお姫様抱っこされたいのかなぁって思っただけだよ!」
「やっぱり考えてたね……」

 はぁーと目の前で盛大な溜息をつかれる。

「ほら、眞宙くんもすっかり身長が高くなっちゃったから、誰かに抱き上げられる機会もなくなったでしょ? そういう願望があってもおかしくないかなーって」
「そうなんですか!?」
「ない。ないからね、南くん。というかお姫様抱っこに憧れを持つのは、女の子の思考じゃないかな」
「男の子が憧れてもいいと思うよ!」
「いや、恥ずかしがってるわけじゃなくてね!? もうっ、保は可愛い顔して、どうしてそう変な考えに走るかな!?」

 ぼくとしては普通に思案した結果なんだけども。
 他にも眞宙くんの言葉に、小さな引っかかりを覚える。

「ぼく、可愛いかな……」
「どうしたの? 保は可愛いよ?」
「はい! 保くんは可愛いです! 時々、大人っぽい表情をするときなんかは、見ていてドキッてします!」
「南くん?」
「あああ、いえ、眞宙様、決して邪な目で見ていたわけじゃなくてですね!?」

 南くんがぼくを可愛いと言ったことに対して、眞宙くんの笑顔が黒い。
 おおっ、眞宙くんでも嫉妬するんだね! 大丈夫、南くんが眞宙くんを一途に思ってることは、ぼくが保証するよ!
 しかしここで、ぼくはある事実に気付いてしまった。

 そう……眞宙くんも、攻略キャラだということに……!

 眞宙くんの周りに七瀬くんの気配が全くないから、うっかりしてたけど!
 眞宙くんルートもあるんだよ!
 ということは、眞宙くんはお姫様抱っこされたいんじゃなくて……。

「眞宙くんは、七瀬くんをお姫様抱っこしたかったの!?」
「えっ!? 眞宙様、本当ですか!?」

 しまった。
 驚きのあまり、つい口に出しちゃった。
 そんなうっかりなぼくにも、眞宙くんが黒い笑みを向けてくる。

「たーもーつぅー?」
「……あっ! 惣菜パン三つください!」

 つい視線を逸らして、購買部に駆け寄った。
 よかった、まだパンが売り切れてなくて。
 眞宙くんは怜くんみたいに手を出すことはないんだけど、目が笑ってない笑顔は、心底怖いんだよね。普段、優しい人ほど怒ると怖いと言われるのも頷けた。
 後からやって来た南くんも、夜食用にとパンを買い込む。
 小食な南くんにしては珍しいけど、自習中とかお腹空くもんね。

 パンを購入後、怜くんのクラスに行ったんだけど、そこにも怜くんの姿はなかった。
 もしかしてずっと七瀬くんと保健室にいるんだろうか?
 訊きたい話もあるんだけどなぁ……と思いつつ、怜くんの机に買ってきたパンを置く。
 何となく、どこにいるのか尋ねるのは躊躇われて、パンのことだけを伝えるメッセージを怜くんのスマホに送った。
 購買部からずっと痛かった眞宙くんからの視線は、スルーに徹しました!


◆◆◆◆◆◆


 あれからパンについては「分かった」とだけ、怜くんから返信があった。
 怜くんのメッセージが素っ気ないのはいつものことだ。
 午後の授業では教室を移動する必要があったので、その帰りに怜くんのクラスを覗いてみることにする。
 眞宙くんは、ぼくが授業前に謝り倒したことで、機嫌を直してくれました。

「話を聞くなら放課後のほうがいいんじゃない?」
「そうなんだけど、お昼に会えなかったし、ちょっとでも顔を見られたらいいかなーって」
「……本当に保は怜のことが好きだね」
「えへへ」

 こうして付き合わせてしまっているのは申し訳ない。
 けど一人で行くって言っても、眞宙くんはぼくの単独行動を許してくれないんだよね。
 何をしでかすか分からないからって。
 失礼な、とは思うけど、昔から三人の中で一番注意を受ける回数が多いのも確かだから、大人しく引き下がる。
 怜くんの席が見える場所まで来ると、足が自然に止まった。
 そんなぼくに眞宙くんが話しかける。

「パン、食べてるみたいだね。七瀬くんと」
「うん……」

 そこには、ぼくが買ってきたパンを、七瀬くんと二人で食べている怜くんの姿があった。
 きっとお腹が空いてる七瀬くんに、怜くんが分けてあげたんだろう。
 うん、別に何も悪いことじゃない。
 ぼくは一つ頷くと、踵を返した。

「保? 怜に声かけなくていいの?」
「うん、いい。邪魔したら悪いし……っ」
「保……」

 あぁ、なんで。
 怜くんは何も悪いことしていないのに。
 なんで、こんなに胸がモヤモヤするんだろう。
 片手で自分の胸をさすっても、モヤモヤは全然消えてくれない。
 嫌だ、こんな醜い自分は、嫌だ。
 ただ二人でパンを食べていただけの姿に、嫉妬するなんて。

「保……!」

 廊下を曲がったところで、突然眞宙くんに腕を引かれた。
 そのまま人目を避けるように、階段下まで連れて行かれる。

「眞宙くん?」

 どうしたの? と言うまでもなく、抱き締められた。
 思わず南くんの姿を探してしまうけど、授業が終わって自分たちの教室に戻る途中だったから、いるはずがない。

「最近の保は見ていられないよ」
「ごめん……」
「保が謝ることじゃない」

 ぎゅっと抱き締める腕に力を込められて、より密着度が増した。
 温かい眞宙くんの体温に涙腺が緩む。
 このままじゃダメだと、両手を眞宙くんの胸に置いてみるものの、距離を開けることは叶わなかった。

「ダメだよ、眞宙くん。ぼく、泣いちゃう……」
「泣けばいいよ。どうして保が我慢する必要があるの。嫌だったんでしょ? 保が買ってきたパンを、七瀬くんも食べてるのを見て」
「それ、は……っ……」

 ダメだと思うのに、泣くほどのことじゃないと自分でも思うのに、目頭は勝手に熱くなって、目に涙が浮かんだ。

「悪い、ことじゃない。パンは誰が食べたっていいのに……なのにっ……こんな風に、思う……ぼくが、間違ってるんだ……」

 こんな些細なことを、気にするほうがおかしい。
 そりゃ怜くんだって……次第にぼくのことを……。

「うっ……っ……こんな、自分は、嫌なのに……っ」

 どんどん自分が醜くなっているのを感じる。
 冷静にならないと、そう思えば思うほど、感情に振り回された。

「保は間違ってない。ただ嫉妬しただけでしょ? 怜の傍にいるのが自分じゃないことに。保が悪いと思うことは、何もないよ」
「でも、こんな、勝手だ……っ」

 誰も悪くないのに、一人で勝手に傷付いている。
 なんて自分は独りよがりな人間なのか。

「そういうものだと、僕なんかは思うけどね」

 よしよしと頭を撫でてくれる眞宙くんに、涙が止まらない。
 どうして眞宙くんは、こんなぼくを甘やかしてくれるんだろう。

「僕は、保が怜のことを大好きなの知ってるし、怜の親衛隊長になった後も、色々と頑張ってるのを知ってる。南くんからも、よく保の話を聞くからね。だから保が少しぐらい我が侭でも、僕は可愛いと思うよ」
「可愛くなんか、ないよ」

 可愛いというのは、南くんみたいな子を指すんだ。
 いつも優しい笑顔で、周りの人を癒す、そんな子が。

「僕が可愛いと思ってるんだよ。保の意見は求めてない」
「……」

 そう言われてしまうと、何も返せない。
 眞宙くんは、ぼくが黙り込んだのを見ると、瞼や頬に唇を落とした。
 まるで、唇で涙を拭うかのように。

「次の授業はお休みしようか。こんな顔の保を連れて教室に戻ったら、一騒動起こりそうだ」
「うぅ……顔洗いたい……」

 きっととても酷い顔をしているに違いないから。

「もう少ししたらね。……ねぇ、保、キスしてもいい?」
「えっ!? ど、どこに……?」
「それは場所によったらしてもいいってこと? まぁ頬とかにはさせてくれるよね。口は?」
「口はダメだよ!?」
「そっか、残念」

 急に何を言い出すの!?
 驚くぼくを他所に、眞宙くんはあははと笑っている。

「もう、冗談は……」
「冗談じゃないよ」
「っ!?」

 ちゅっ、と軽く唇が重なった感触に目を見開いた。
 というか、目を見開くことしかできなかった。

「な、なんで……」
「保の驚く顔が見たかったから? 大成功だね」
「眞宙くんっ!」

 結局ぼくをからかっただけじゃないか!
 むっとしていると、今度は膨らませた頬にキスされた。

「やっぱり保は可愛いよ」
「可愛くない!」

 ぼくの機嫌の悪い顔を見てそう思う眞宙くんは、どこかおかしいんじゃないだろうか。
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