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月夜桜

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第一章 忍び寄る影

1話 初めてのLHR1

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「あー、はいはい、そんなこともありましたね、二佐」
『むぅっ!!』

 無線の向こう側で遥香が頬を膨らませ、腰に手を当てている様子が事細かく想起されるが、気にしない。
 忠長は、無線から聞こえてくる音声をシャットアウトし、入学式が終わるのを待つのであった。

 ☆★☆★☆

「さてっと、俺のクラスと出席番号は……」

 忠長は、昇降口に張り出されたプリントを精査する。

「三組の……三十七番か。えーと、場所は……南棟の五階だな」

 この学校は、総五階建ての建物が三棟あり、その全てが教室として機能している。
 一階は、職員室や保健室、正面玄関、昇降口など。二階は、生徒会室や委員会室、文化系の部活の中でも特に広いスペースを必要としない部活の部室、パソコンルームや多目的室、図書室などの特別室など。三階は三年生が使っている教室と進路指導室とは名ばかりの大学資料閲覧室。四階には、二年生の教室。五階には一年生の教室が入っていた。
 各学年ともに、数字の若いクラスから南棟、本棟、北棟へと割り振られ、数字が大きくなればなるほど入学時の成績が良かったことになる。
 ただ、一度に大量の管理は難しいため、便宜上、北棟に配置された教室の生徒を一類、本棟を二類、南棟を三類として区別している。
 そして、これらは一つの学科として扱われ、成績の順位は、この学科内で競わせる形で行われている。
 今年度で言えば、一組から六組の二四二名が三類、七組から十二組の二四一名が二類、十三組から十七組までの二◯一名が一類だ。
 高成績の場合、本人が望めば上位の学科に進むことが可能であり、その分、上位学科で成績の低下が著しい者を下の学科へ落とすなどの処置が取られる。

 閑話休題。

 忠長は、長い階段を登り、五階の教室前までやって来る。廊下の奥側には、外の付けられている外部渡り廊下へ出るための扉が付いており、施錠はされていないように思える。

「えーと、座席の位置は、と」

 教室に入り、黒板の代わりに設置されているホワイトボードに張り出されている紙で座席の位置を確認して、廊下側の窓際の席に着く。と、ともに壁側に鞄を置いて誰にも見られないようにし、本を取り出して読み始めた。
 暫くし、忠長が本を読み終えると、彼に声を掛ける男子生徒がいた。

「なぁ、お前」
「ん? なんだ?」

 忠長は、後ろから聞こえてきた声の主を確認しようと振り返る。
 そこには、金色になりかけた茶色の短髪といった、典型的な〝ヤンキー〟の姿があった。

「いや、結構集中して本を読んでたみたいやから、なんの本を読んでんのかって気になっただけや」
「ああ、これか。これは、数学の教科書だ。どんな内容が書かれているのかと思って、持ってきたんだ」
「へぇ~、勉強熱心なんやな。ああ、俺は、与世田光輝よせだこうき。与謝野晶子の〝与〟に世間の〝世〟、田んぼの〝田〟と書いて与世田、光り輝くと書いて、光輝や。これからよろしくな」
「ああ、こちらこそ。吉村忠長だ。忠実の〝忠〟に長いで忠長だ」

 二人は、互いに握手を交わし、友好を結ぶ。

「はぁ~い! 皆さん、席についてくださ~い!」

 扉を開け、前方の入り口から入ってきた些か似合っていない(オブラートに包んでいる)スーツを着た、背の小さい水色セミロングの女性は、プラスチックの籠に様々な書類を入れており、とても重そうである。

「皆さん、こんにちは~。それでは、今から高校生活初めてのホームルームを行います! まずは、自己紹介から。今日からあなたたちの担任を務めます、椎野望奈美しいのみなみです! これからよろしくお願いします!」

 一昔前(現在では、女性の平均身長は少し伸び、百六十センチ台である)の十七歳以下の女性平均身長よりも少し低い彼女は、お辞儀をした際に教卓へ思いっきりおでこをぶつけ、涙目になっている。
 この瞬間、クラスの全員がこう思った。
 あ、この人は〝みなちゃん先生だ〟と。

 初めてクラスの心が一つになった瞬間であり、そして望奈美に不名誉(?)な渾名が付けられた瞬間でもあった。

「お、おほん。漢字は──」

 ホワイトボードマーカーを籠の中から取りだし、比較的低い位置に──具体的に言えば、頭のてっぺんより少し高いぐらいの位置に〝椎野望奈美〟と、とても綺麗な字で書いていく。

「──こう書きます。担当教科は英語です。好きな物は──可愛い物ですかね? ぬいぐるみとか、そう言うのです。皆さんから他に何か質問はありますか?」

 その言葉に「待ってました!」と言わんばかりに手を挙げた、赤髪の男子生徒がいた。

「えっと、大熊おおくま君、どうぞ」
「みなちゃん先生~、彼氏さんはいますか~?」
「彼氏はいません。というか、みなちゃん先生って何ですか!」
「みなちゃん先生がみなちゃん先生だと思う人~!」

 クラスの全員が一斉に手を挙げる。
 このクラス初めての共同作業は、成功に終わった(?)ようだ。
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