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175 ガオー

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「おらぁ、出てこい!」

清廉な気配が漂う森の中。ガン! ガン! ガン! と2mはあろうか強大な盾を片手で持ち、その表面を反対の手で持った棍棒で叩き、その後に付いて行くハンター達の姿が在った。
彼等の構成は、剣持ちの【戦士ファイター】、盾持ちの【守備ガード】、弓の【狩人ハンター】、杖持ちの【魔法使いマジシャン】の4人チーム、因みに全員男である。

「出て来ねぇな……」

人が普段足を踏み入れない地域で、これだけ物音を上げれば、気が付かない魔物はまずいない。それも一体も居ないなど、異常事態と言っても過言では無かった。
しかし、彼等はそれ程危機感を抱いていなかった、周囲の魔物を常に狩っていた彼等は、時期や他のハンターの入り具合によって、入り口付近の魔物が居なくなるなどよくある事だったのだ。

だが、一時期冒険者として活動し、未開の地を散策したことが有る、剣を持った戦士だけは違った。

「……ヤバいか? こういう時は、何かヤバイ事が起きる時だ」
「元冒険者の勘か?」
「まぁな」

魔力濃度はそこそこ高いので、魔物が生息できないとは思えない。そうなると考えられるのは、強力な個体が生まれ、周囲の魔物を根こそぎ狩りつくしたか。そうなると、出会う事になる魔物は……

「……そろそろ引き返そう。安全に散策できるのはここまでだ」
「もうか? 日が沈むまでまだまだ時間が有るぜ? 距離だってそんなに離れていねぇしよ」
「首の後ろがチリチリしやがる、嫌な予感が止まらねぇ」

丁度、森の外からこちらを感知できなくなるであろう距離。その地点に差し掛かったのを見計らって提案する。いつもの調子ならば、魔物が居ないなら帰りも楽と言う事で、獲物が多い奥へと進んでいくのだが、彼の勘が警告を上げ続けていた。

首の後ろを摩るその様子を見ていた仲間たちは、少々後ろ髪を引かれる思いを持ちながら、踵を返す。実際、彼の警告に従って、難を逃れた事だって少なくなかった。それだけ、このチーム内での彼の信用は高かった。だが、その途端……

― ドッドッドッド -

森の奥、彼等の進行方向の横から、足音が響いてきた。

「おっと、来やがったな」
「この大きさと、足音からして、ククルガルドってところか?」

それは、いつも彼等が狩っている魔物の名前である。
3m近い巨体を持ち、太い腕から繰り出される強烈な爪攻撃が特徴で、よく人里まで降りてきて人を捕食する、魔物の中でもまさに害獣と言われる獣族の魔物であった。

だが、その毛皮は有用で高値で売れる。肉は固いが保存が効き、干し肉としてよく流通している為、値崩れし難い獲物でもある。
初心者には辛い相手であるが、彼等にとってはすでに狩り慣れた獲物。諦め、引き返そうとした途端に現れた獲物に、やる気を漲らせ迎撃の体勢をとる仲間を余所に、撤退を提案した男の勘は、最大限に警報を上げていた。

(このタイミングで遭遇? しかもククルガルドなら、音を立てた時点で突っ込んで来るはずだ、こんな距離になるまで気付けないなんて有り得ないだろ、しかも森の奥からじゃ無くて横からって事は、待ってたって事だろ? そんなことククルガルドがする訳ねぇ…それに足音の数が変だ、奴は4足歩行、これじゃぁ…なんだ、何が来る!)

「気を付けろ! ククルガルドじゃねぇ!」
「なに?」

剣士が声を上げたすぐ後に、茂みの奥から現れる巨体。その速度を一切緩めることなく、一番近くに居た大盾タワーシールドを構えた仲間へ、薙ぎ払う様に丸太の様に太い腕が振るわれる。

「うぉ!?」

真面から受けてしまった為か、余りの衝撃に後ろへと吹き飛ばされる盾持ち。
幾ら不意を突かれたとしても、重装備且つ、大盾を持った大男を吹き飛ばす膂力。それを軽装の者がまともに受ければ、ただでは済まない。彼等は瞬時に理解する、喰らったら死ぬと。

「グォウ!」
「あっぶねぇ!?」

初手、盾役の仲間が吹き飛ばされた事には驚いたが、その程度で彼等の動きが鈍る事は無かった。続けて放たれた攻撃を、剣士は後ろへ飛ぶことで、紙一重で回避する。外れた左腕の攻撃は、地面に突き刺さり、土が舞い上がる。

その様子を見て、後ろに下がった重心を、前へと移動させ、既に鞘から抜いていた抜身の剣を、止まった腕に向けて振り下ろす。
それと同時に、魔物の方も左腕を軸に、その勢いのまま前へと突き進み、“残った左腕が” 突き刺すように追いかけてきた。

「んなぁ!?」

予想よりも半テンポ早く振るわれた、予想外の追撃に体が硬直する。そんな剣士の脇をすり抜け、魔物との間に影が割り込む。

「おらぁ!」

下からかち上げる様に、両手で持った大盾を振るう盾役。
真っ直ぐ向かっていた腕は軌道を逸らされ、それに合わせて重心が浮く。蹂躙しようと控えていた“2本の右腕”では踏ん張ることもできず、そのまま多々良を踏んで仕舞う。

「グルルルル」
「んなぁ!? 4よつ手ぇ!?」 
「なんだぁこいつぁ、新種か?」

苛立ちの唸り声を上げる魔物。
勢いを殺され、無理やり立たされる形となり、その全貌を眼前の獲物へと曝す事となる。

短い脚に、ずんぐりとした体躯。その全長は3m以上あるだろう。
全身をみずみずしい茶色い体毛に覆われ、所々緑の苔に覆われている。
そして特徴的なのは、肩と脇から生えた、二対4本の腕だろう。その威力は、先ほどのやり取りで推して知るべしである。

「下がれ! 攻撃は俺が受け持つ! 絶対に受けるなよ、死ぬぞ!」
「大型1だ!」
「「おう!」」

手短にやり取りを済ませ、乱された陣形を瞬時に整える。
大盾持ちが魔物の前面に立ち、後ろで魔法使いが魔力を練る。その更に後ろに狩人が移動し弓を引き絞る。残った剣士は盾役の近くに控えている。その剣士に向かって、盾役が話しかける。

「……逃走は?」
「いや、狩る。先ほどの速度と突破力では、追いつかれる可能が高い」
「了解! おら、テメェの相手はこっちだ!」

決意を固め、盾を打ち鳴らす事で魔物を挑発する。盾役に視線が行った事を確認した剣士が脇へと逸れる。

「グオォ!」

突進による力は加わっていないが、それでもその巨体から振るわれる爪が、凶器であることに変わりは無い。吹き飛ばす事は叶わずとも怯みはするし、盾以外に当たれば、鎧を着ているとしても、当たり所によっては致命傷必至。

「らぁ!!」

そんな振るわれる攻撃を、大盾で受けるのではなく、真横からブチ当てる事で、軌道を逸らす。
続けて放たれる反対側の腕を、大盾を回し、持ち手を持ち替える事で瞬時に切り替え、同様に弾き飛ばす。

「ぬ?」

手応えの軽さに、思わず声が上がる。

一度目は片側の腕二本を同時に振るって来たが、二度目は脇に生えた腕一本だけで、弾かれた後に肩側の腕を振るってきたのだ。
しかも、弾かれた腕には明らかに力が入っていなかった。

(誘われた!?)

魔物は通常、力任せに襲って来るのみで、その行動はワンパターンに尽きる。人の様にフェイントをかけたり、カウンターを狙ったりなどする者なの殆ど居ない。
故に、相手の力に合わせて盾を全力で振るった盾持ちは、その手応えの無さに体勢を崩し、無防備な状態を晒してしまったのだ。

頭上に影が差し、無防備な本体に爪が迫る。

「グオォ!?」

そこへ、魔物の背後に回っていた剣士が、叩きつける様に背中を切りつけ、狩人が顔面へ向け魔力を乗せた矢を放つ。それにひるんだ魔物は攻撃を中断する。

「固ぇ!?」
「チッ、刺さりもしねぇ」

分厚い筋肉と脂肪に覆われた天然の鎧の前に、人の力では容易に貫くことはかなわない。剣では切れず、矢は盾にした腕に当たり、刺さる事無く地面へと落ちた。

「だが、流石に顔面への攻撃は嫌がるか、なら!」

顔面へ向け、何度も矢を放つ。最初の一矢と違い、魔力を込める量を絞る事で、手数を優先した攻撃に、嫌がる様に顔を背ける。

「物理がだめなら、ならこれでどーよ!」

魔法使いの杖の先端に収束した魔力が、熱気を纏う。それを感じ取った盾役が、横に移動する事で射線上から逸れる。

顔に向けられた矢に意識を逸らされていた魔物は、盾の裏に隠れ準備していた魔法使いに気が付くのが遅れ、胴体に向かって来る魔法に対処できなかった。

「吹っ飛べ!」

― ドン -

熱気と衝撃音を響かせながら、炎の魔法が炸裂する。盾持ちは盾に備え付けられたスパイクを地面に突き刺す事で衝撃を耐え、魔法使いはその後ろに避難する。

「グ…ゴウ」

肉が焦げる匂いが充満し、黒く焼け焦げた毛皮から黒煙が上がる。その衝撃をもろに受けた魔物は怯み、思うように動けなくなっていた。そんな魔物の眼前に剣士が立ち、その焦げた毛皮に、鈍く光る剣を突きたてた。

「グギャーーー!?」

先ほどと違い肉にまで達した手応えに、相手の弱点を察する。

「通るぞ! 火だ!」
「了解!」

再度<火魔法>を準備する魔法使い。剣士は深入りせず距離を取る。幾ら攻撃が通る様になったと言っても、その膂力は健在なのだから当然だ。

「グオーーーー!!」

叫び声を上げながら、払いのける様に剣士へと腕を振るが、既に距離を取っていた剣士には届かない…が、そんなものは関係ないとばかりに、姿勢を低くし、反対の腕を両方共地面へと突き立て…

― ドン! -

…盾へ、その巨体ごと突っ込んだ。

「うっぎぃ!」

両手両足を使ったその捨て身の攻撃を、盾持ちは真正面から受け止める。後ろに仲間が居るのもそうだが、その質量を逸らせるとは思えなかったからだ。
最初と違い、地面に盾を固定していた為吹き飛ばされることは無かったが、その衝撃をもろに受ける。地面は抉れ、自慢の盾がひしゃげる事になったが、その威力を抑える事には成功した。

「ごふ…!?」

だが、魔物の爪が盾の縁に掛けられ…体ごと力任せに振り払われた。
盾持ちがしたことは、あくまで相手の攻撃を逸らす事。真正面から掴まれれば、その力の差は歴然である。とてもではないが、パワータイプ相手では勝負にならない。

そうして引き剥がされれば、魔物の眼前に晒されるのは、盾持ちの後ろに居た魔法使いである。

(やっぱこいつ、考えてやがる!?)

剣士も狩人も、そして盾も、魔物に対して有効打を持たない。先ほど攻撃が通ったのも、毛皮が燃えて仕舞ったからに他ならない。
彼が居なく成れば、魔物への攻撃手段が増える事は無い。毛皮も魔力を集中すれば、戦いながらでも回復できるだろう。
今この場で、魔物にとって最も危険なのは、ハンター側にとって最も重要な者は、魔法使いな事は一目瞭然である。

直ぐに間に入り込もうとする盾持ちだが、先ほどの衝撃で思う様に動けない、魔法使いも魔力を練って居たため、咄嗟に体を動かすことがでず、魔法を発動するも間に合わない。

「…やば」

頭の中を、走馬燈が駆け巡る。魔法使いが見たものは、鋭い牙がずらりと並んだ魔物の口内と…

「「!?」」

そこに深々と突き刺さる、過剰に魔力が込められギチギチと音を立てる矢だった。

「グオォーーー!!??」
「も、燃えろ!!」

痛みに仰け反る魔物に、咄嗟に発動した魔法を浴びせる。
魔力の量の割に貧相なものになって仕舞ったが、近距離で浴びせた事でそれなりの効果を上げた。しかも偶然にも、発動直後に漏れた魔力が一気に燃えることなく、魔物の体に纏わりつきながら燃えていた。

「うぉーあぶねぇ、あっぶねぇ!? 死ぬかと思った! なんかいろんなもんが見えた!?」
「良いから、お前はどんどん打て!」

顔で燃える火を払いのけようとする魔物に、矢を射る狩人。それからは一方的な戦いとなった。

―――

「「「「ぜーぜーぜー」」」」

荒い息遣いが夕暮れの森の中に響く。相当疲弊しているが、彼等は誰一人欠けることなく、勝利を収めていた。

「ふ~~~…ようやく倒れやがった」
「頑丈過ぎんだろ」

実際、倒し切るのに相当の時間が掛かっていた。日暮れ前に決着が付いたが、もっと掛かる様では、相手が瀕死だとしても、撤退を視野に入れなければならなくなる所であった。それは、余りにも勿体ないと言えるだろう。
新種の魔物ともなれば、相当な値段で売れるはずだ。毛皮はダメだとしても、爪や牙、肉など、売れる部分は多々ある。

強敵を倒したことに安堵し、この後に得られる報酬に胸を躍らせる一同。しかし剣士だけは、嫌な胸騒ぎが消えることなく、続いていた。

「どうした?」
「……なんかヤバイ感じがする。サッサと戻ろう」
「……そうだな、もう日も沈む。流石に夜は避けるべきだろう」
「うっしゃ、解体してさっさと戻ど (ドス)りゅ?」
「は?」(ドス)
「え?」(ドス)
「な!?(ドス)…に?」

どさどさと倒れるハンター達。

「へ~」(ぐ~るぐる)
「「「へ~」」」(((ぐ~るぐる))))

視界がグルグルと周り、何かが体に巻き付いてくる。視界に何かが映るが、声を上げることもできない。
その内、体に巻き付いてきたものが顔まで至り、視界が白一色に染まる。

「キキ! キー!」(捕縛完了! 撤退よーい!)
「「「キー!」」」(((イエッサー!)))
「「「へ~!」」」(((あいあいさ~!)))

何かに担がれる僅かな浮遊感を感じながら、何もできない彼等は、事の成り行きに身を任せるしか無かった。

―――

(主様、逃走を計ろうとした人種を捕らえましたぞ!)
「ハイ、ご苦労様です。見事な手際でした」
(有難うございます!)

名称:殴打熊バル・リズリー
氏名:
分類:現体
種族:獣族
LV:1~25
HP:400 ~2200 
SP:400 ~2200 
MP:100 ~450 
筋力:380 ~2200  B+
耐久:190 ~1050  C
体力:190 ~1050  C
俊敏:190 ~1050  C
器用:200 ~1350  B-
思考:170  ~ 500  E+
魔力: 40 ~ 170  F-
適応率:10 
変異率:10 
スキル
・肉体:<爪><牙><毛皮><HP回復速度上昇><HP回復効率上昇><SP回復速度上昇>
<SP回復効率上昇>
・技術:<身体操作>
・技能:<身体強化><自己回復><連撃><全力攻撃><狂気化>

魔法関係を捨て、スキルの殆どを物理戦闘に特化させた魔物。見た目は地球の熊だが、脇にもう一対の腕を持つ。
普段は体を冷やすために、土や泥の中に身を潜め、獲物が近づくと活発に行動する。

強靭な毛皮を持ち、纏った油脂が打撃斬撃共に強い耐性を持つ。反面、魔法関係に弱く、纏っている油脂が燃えやすい為、火に対して非常に弱い。防御の殆どを毛皮に頼っている為、それを攻略されるとかなり脆い。それでも<自己回復>による回復が有る為かなりタフで、
<火耐性>や毛皮を<自己再生>できる様になると、その厄介さが上がる。(沼地が近く、火を使う魔物が少ない事もあり、この個体は<火耐性>を所持して居なかった)

潤沢なSPを利用し、両腕による強力な殴打が持ち味だが、盾持ちに逸らされる事で、本領を発揮できなかった。
<狂気化>は、精神状態<興奮>が付与されてしまう反面、SPの一度の使用量に制限が無くなるため、苛烈を極める。
強制的に状態を<興奮>にする関係上、外からの<精神魔法>を受け付けなくなる(掻き消す)ので、スキルレベル以下の<精神魔法>に対する、絶対耐性を持って居ると言っても過言ではない。

搦手殺し。レベルを上げて物理で殴る。
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