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218 崩壊

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 どれ程の時間が流れた事か……外では地平線に朝焼けが浮かび、人々が起き出す時間帯。
 ケルドの中を切り裂き、引き千切りながら巡っていたダンマスは歩みを止め、周囲をぐるりと見渡しながら取りこぼしが無い事を確認する。

「はぁ、これで全部か」
(う~ん、たぶん?)

 やっと終わったと言わんばかりに、ため息を吐くダンマス。
 周りには、ダンマスを圧し潰そうと、ケルド肉の壁がミチミチと音を立てているが、魔力による障壁と保険のプルに覆われている彼に、そのささやかな抵抗が届くことは無い。

(隙間があればプルでもできたんだろうけど、こいつ等ドドレドみたいに半分溶け合ってて、全く隙間ないんだもん)
「人が発する瘴気も漏れ出さないから、悪魔族でもどこにいるか分からないし、刺激し過ぎると活性化して暴れまわるとか……嫌な特性だよ、たく」

 悪態をつきながら頭を掻くダンマス。
ケルドとは言え、一応は生物。更に半分溶け合い、密閉状態に近いこの中を外から観測することは困難を極める。

 だが、感情という曖昧なものを感じ取ることができるダンマスは別。見えなくとも、微細な気配を感じ取ることができれば、ケルドとの区別が可能だ。

「取り敢えず、精神的に生きている人の回収は終わったな」
(だね~。外に運び出しておくから、後の処分、頑張ってね~)
「お~う」

 ダンマスはヒラヒラ手を振りながら、プルプルと外へと出て行く球体を送り出した。


―――


「んぁ?」

 気色悪い黒い壁に覆われた地下室で、ダン・マスの帰還を待って居たエッジの声が漏れる。

 押しのける様に、肉に釘を突き刺し押し広げる様に、ミチミチと音を立てながら、突如黒い壁に亀裂が入り、通信用の魔道具と思わしき何かが、プルプルと顔を出す。

(うんしょ……っと、あれ? エッジおじさん、まだ居たの?)
「何気にひでぇな、流石は旦那の子供ってか?」
(本当!? えへへ~)

 嬉しそうにプルプル震えるプルを余所に、安堵の息を吐くエッジ。これ程流暢に話す魔物も珍しい為、未だコレスライムが魔物だと気が付いて居ないらしい。
 ダン・マスの子供疑惑が上がった事で、更にその誤解が加速しているが、指摘されることも訂正する理由も無い為、両者とも指摘することは無い。

「旦那は?」
(まだ中だよ~)

 エッジの問いに答えながら、プルプルと膨れ上がりながら亀裂を押し広げ、大人一人ぐらいなら容易に通れるほどまで膨れ上がる。
透明なプルプルで満ちた亀裂の奥を覗けば、一本の道の様に黒い壁の奥底まで続いており、そこから半透明な何かが、流れる様に外へと向けて移動していた。

(ぺ、ぺ、ん~……ぺ)

 2mはある半透明のプルプルが、幾つも吐き出され続ける。その中には、人の形をした影が浮いており、その内の幾つかは身をよじる様に動いている。

 外に居る者達にその姿を見られ、更に精神的に追い詰める事になるのだが……今は関係の無いことの為、割愛する。

(エッジおじちゃんも、早く避難した方が良いよ~)
(巻き込まれるぞ~)
(潰されるぞ~)
(跡形も残らないよ~)

 外へと向う半透明のプルプルが、すれ違い様にエッジへと警告を放つ。

「え、何が起こるんだ?」
(((大惨事大変だ~)))

―――


 コアを通じて、領域内に存在する者の撤収が完了したことを確認したダンマスが、行動を再開する。

「殺した後に【倉庫】にぶち込めたら楽なんだけどな~。こんなのを、世界樹さんの中に入れる訳にもいかないし……本当に面倒だよ、テメェらは」

 潰せば汚物を垂れ流し、焼けば悪臭を撒き散らす……処分の仕方次第では二次災害を引き起こしかねない。特性を引き継ぐ関係上、ダンジョンの【倉庫】に突っ込むなど論外だ。

 ではどうするか……その回答の一つがこれである。

「……さて、潰すか」

 【倉庫】から、高純度の魔力を蓄えた魔力結晶の塊を取り出す。無理やり押し込んだのか、チチチと音を立てながら明滅する不安定なその結晶を、苛立ちをぶつける様に力を籠め、握りつぶす。

 結晶内で燻ぶっていた魔力が溢れ出し周囲に満ちる。

 ……衝撃は無い。だがその代わりに、内臓を迫り上げる様な存在感が密閉した空間を駆け巡る。
 
 圧し潰そうとダンマスに集っていた周囲のケルドが、その高濃度の魔力に曝され溶ける様に焼けただれる。触れただけで魔力焼けを起こす、高濃度の魔力。常人であれば、近くに居るだけで卒倒しかねない。

「おら、潰れろ」

 人差し指を立てグルグルと渦を描くように廻すと、その動きに合わせて周囲の魔力が渦を巻き、巻き取る様に辺りのモノを引きずり込む。

「こうやって物質に対して指向性を持たせると、魔力だけでも干渉が可能なんだよな~。攻撃性を持たせなきゃ、普通に手として持つ動作もできるし、圧を掛ければ潰すこともできる。う~ん、使えるな」

 ここは既に、ダンマスの領域と化している。それは即ち、その空間に存在する魔力は全てダンマスの支配下にある事を意味する。
 流石に、他者の支配下に存在する魔力を無条件で操作することはできないし、操作する為には、コアの支援を受けなければならない。更に領域全てを自在にとはいかず、ダンマスが出力できる範囲でしか操作はできない……だがそれでも、周囲の魔力を全て支配できるのは、圧倒的なアドバンテージに繋がる。

 ダンマス自身に扱える魔力は殆どない為、周囲の魔力濃度にその性能を依存することになるのだが……足りない魔力は、【倉庫】から魔力結晶の塊を出す事で補う事が可能だ。

「ほい、圧縮圧縮~」

 周囲に存在する物質を無差別に搔き集め、魔力で押しつぶし圧縮して行く。
 空いた空間に更に引きずり込み、更に圧縮……ケルドを、床を、壁を、自身の体すら巻き込み、どんどん圧縮して行く。

 高濃度の魔力と圧力に襲われた物質は、存在を保てず崩壊し、魔力と瘴気へと分解する。そして空いたスペースを利用し引きずり込む。

 それはさながら、小さなブラックホール。

 人形だからこそできる、無差別攻撃。体を失っても、体だった人形の核を中心に巻き込み続け、部屋を、通路を、地下牢を、支えを失い崩れる建物を、何もかもを飲み込んで行く。

 その後には跡形もなく、イラ教の教会が存在した敷地には半球状にくり抜かれた地面と、人々の心に深い傷だけが残った。

―――

「は~~~……ぼふ」

 世界樹さんの中の本体に戻って早々、ベッドへとダイブする。

 一番確実で安全な方法だからって、ケルドの中を突っ切るのは悪手だったかな~。でもな~、救助を目的としているのに救助対象に危害が加わっては元も子もないしな~。下手に外から刺激して動き回られたら、奥に居る方達が潰れてしまう可能性がありますし~? かといって、外からの範囲攻撃では確実に巻き込んでしまうし~?

 正確な位置が分かればよかったのですが、ケルドのせいで見えないし気配も超希薄。壊れて生きる気力の無い方は兎も角、位置感情が分かって魔力存在感も無い俺が適任だったんですよ~。人形なら耐えられると思ったんよ~。

(パパ~。ケルド漬けになっていた人達、医療班に預けて来た~)
「あぁ~い、ども~。助かりそうですか~?」
(うん。任せて~だって~。四肢、内臓の欠損と、体内の洗浄は問題ないって~)

 ケルドの肉詰め状態でしたが、肉体面はどうにかなる……っと。精神面は、体が回復してからですね~。
 ギリギリ、精神が生き残っている人は保護しましたが、もうね、ぐちゃぐちゃのぐじゅぐじゅになって居ましたからね~、復帰できるかは正直微妙。

(それと~、エッジおじちゃん達が心配してるよ~)

 あぁ、エッジさん達を放置したままでしたっけ。いや、うん、すまんね、限界やったんよ。

「もう帰ったって伝えといて~」
(は~い……報告したら、膝から崩れ落ちたけど、如何する~?)
「う~ん? あ~え~……任せた~」
(は~い、程々にケアしておくね~)

 あいあい、よろしくお願いします。

「……大丈夫なの?」

 ベッドに突っ伏してう~う~う唸っていると、世界樹さんが覗きこみつつ問いかけて来た。
 ……取り敢えず、やらないといけない事は大体終わったから……もういいよね?

「うわ~ん、もうや~だ~、ケルドや~だ~~~ぁぁぁあうわうわうぁぅわ~~~」
「こりゃダメなの、重症なの」

 ゴロゴロと転がり、反って捩ってのた打ち回るが、モヤモヤが晴れる兆しがない。う~ん……う~~~ん。これは、元に戻るのに数日かかるパターンだな~。

「な~の……うざったいなの!」
「へぶ」

 無造作に襟元をひっつかまれると、ペイっと投げられる。このままだと床に落ちるな~とか考えていると、フワっと白い靄がまつわりついて軌道修正し、モコっと優しく降ろされる。

「ぬっし~、マジで無抵抗じゃん。大丈夫なん?」
「う~ん、大丈夫じゃない」
「今回だけは……許す。休む」

 心配そうに、上からのぞきこむフワフワさんと、プイっと視線を逸らしつつ、ここで寝る許可を出すモコモコさん。あぁ~、モコモコさんとフワフワさんによるサンドイッチ状態。これでモフモフさんも居たら……

「モフる?」

 ……モコモコさんのモコモコの中に、モフモフさんがモフモフして居た。保護色で気が付きませんでした。
 うんうん、するする。モフモフする。癒し成分の補給をさせておくれ。少しは復帰が早くなるかもしれない。あう、絶え間なくモフモフ動く口元が、顔に当たってくすぐったい。

 モコ・モフ・フワの豪華三点セット……まさか、自分がこれの餌食になるとは思っていなかった。あ~、ダメ人間になる~。

「取り敢えず、口調が戻るまで休むなの!」
「うぃっす」

 もうね、頭の中ぐっちゃぐちゃですわ~~~。グワングワンですわ~~~。自分が何なのか分かんないですわ~~~。やっぱ仮面を外すと反動が酷いですわ~~~。
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