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255 アルサーン解放⑧(限界を超えた一撃)

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 白い魔物から振るわれる爪を逸らし、貫手を躱し、拳を受け流す。
 その攻撃は、魔物が行う単調な力任せとはわけが違う。骨格が違う為、全て動きが同じではないが、理を伴った武人の動きだ。

「<武術>、だ、と!?」

 風の刃を纏った手刀の振り下ろしを、両手で支えた剣で受け止めるも、全身のバネを使った一撃の前に膝を付きそうになる。
 だが、そんな隙を晒している余裕はない。反対に引いた手には、既に高濃度の魔力を纏った凶器が作られていたのだ。上から掛かる圧に屈した時、避ける間もなくその凶器が放たれるだろう。

 だが、その凶器を正確に振るうには、手刀を退ける必要がある。その瞬間を狙うも、待つことすら許されない。獣型の攻撃が左右に回り込んで、飛び掛かろうとしていたのだ。

「う、ギ、がぁ!」

 相手の手刀を力任せに弾き、飛び掛かる攻撃を切り伏せれば、即座に霧散せずに収縮する。

「!? チィ!」

 それを見て、炸裂する前にと距離を取るが、収縮した魔力はすぐに弾ける事無く、その場で停滞する。

 予想外の反応に、困惑するウォー隊長だが、その意味をすぐに理解する事になる。相手が腰だめに構えた拳をそのままに、魔力の塊の横を素通りし間合いを詰めようとすると、相手の背後で魔力の塊が爆発したのだ。

「な!?」
「グルグァ!!」

 爆風を受け急加速、開いた距離を急速に縮め、その速度のまま正拳突きが放たれる。
 避ける暇もなく真正面から剣で受けるも、その衝撃は凄まじく、地面に何度も体を打ち付けながら吹き飛ばされる。
 そこへ間髪入れず、魔力の塊が放たれる。それは獣の姿となり、群れを成してウォー隊長へと襲い掛かる。

 鈍い痛みを訴える体にムチ打ち、すぐさま上体を起こし群れへと向い合うも、攻撃を直接受けた剣の刀身は、粉々に砕け散っていた。

「くそ……」

 砕けた剣を投げ捨て腰の短剣へと手を伸ばずその瞬間、攻撃の群れに矢が降り注ぎ、形を保てなくなり全て霧散すると、代わりにウォー隊長の目の前の地面に真新しい剣が突き刺さる。

「ワフ!?」
「行けぇ! 隊長!」
「隊長が勝たないと、俺等が下がれないんすよ!」
「お前達……」

 ウォー隊長へと意識が集中し、兵への攻撃が疎かになっていた隙をついて、後衛が援護体制に入っていたのだ。

「……ワフ~」

 そんな兵たちの姿を確認した白い魔物は、目を細め、やれやれと言いたげな溜息をもらす。
 だが白い魔物が、兵たちに向けて何かをする様子はなく……代わりに、戦場に絶えず向かっていた獣型の魔物の攻撃がピタリと止んだ。

「な、何だ?」
「ワン」

 白い魔物が一声上げる。

「ワン」

 呼応する様に、別の所からも一声上がる。

「ワン」
「「ワン」」
「「「ワン」」」
「「「ワン!」」」

 連鎖すように、共鳴する様に、主張する様に……それは大きな一つの音となり旋律となる。

「「「ワンワンヲ! ワンワンヲ! ワンヲーワンヲーワンワンヲ!」」」
「「「ワンワンヲ! ワンワンヲ! ワンヲーワンヲーワンワンヲ!」」」
「「「ワッフーワッフーワッフーワッフー、ワンワンワンワンワンワンヲ!」」」
「「「ワン! ワン! ワンワンヲ! ワンヲーワンヲーワンワンヲー!!」」」

 それは、獣の群れによる大合唱。戦場に満ちた魔力を振るわせ、自身の存在を刻み込む。

「これを、このを止めろー!」
「歌? ……<歌唱魔術>だと!?」

 兵の一人が怒声を上げる。

 周囲に満ちた魔力・・・・・・・・を利用し、様々な効果を発揮する<歌唱魔術>。呪文で周囲の魔力に働きかけ発動する<呪術>に似ているが、違いとして、発動している内は常に効果を発揮する。

 これにより、吹き飛ばした魔力も、爆発で散った魔力をも再利用し、指定された者の強化に充てられる。

「冗談では、冗談では無いぞ!」

 誘爆・誤爆させ魔力を浪費することも、魔力で散らす事すら意味をなさなくなった。寧ろ、魔力を散らしたことで、周囲の魔力濃度が急上昇し、<歌唱魔法>の発動条件を満たす手助けをした可能性すらあった。

 そして、兵と対峙している獣型の攻撃が、攻撃を再開する。

「抑えろ! 突破されたら終わりだぞ!」
「畜生! 後衛は下がれ!」
「隊長が戻る場所を無くすな! 絶対に通すな!」

 その能力は、先ほどまでと比べ格段に上がっており、それこそ、ウォー隊長への援護をしている余裕を奪い去る。

「ワフ」
「ック」

 邪魔者が居なくなったことを確認した相手は、悠々とウォー隊長と対峙し、一歩一歩、ゆっくり距離を詰める。

 そして、ウォー隊長の間合いに相手が入る。
 剣の分、ウォー隊長の方が間合いは広いのだが、手は出さない……いや、出せない。

 歌による強化が、ウォー隊長の相手にも適応されているのは明白。どれ程強化されているか、どの様な強化がされているか分からない手前、迂闊に動けないのだ。

 互いに動かず見つめ合う事、数秒……しびれを切らした相手が先に動いた。

「グラァ!」
「いぎぃ!?」

 一撃一撃が体を揺らし、連撃は精神を削り取る。退こうとも、間合いを取る事すら許されない。
 今まで捌いていた攻撃の全てに、渾身の力を要求され、反撃する余裕を奪い去る。今まで同レベルだった相手が、完全な上位者へと変貌していた。

「う、ぐ、くそ」

 敗北が……死がチラつく。

 止まる事のない攻撃。白い波に呑まれて行く仲間の兵。時間が経つ程に不利になる現状に、冷静に対処しようと努めるも、否応なし焦りが募る。

 そして……焦りはミスを生む。

「!?」

 崩し切れない焦りか、相手が大振りの攻撃を放とうとする。唐突に現れた相手の隙に、ウォー隊長は咄嗟に剣を突き立てた。

 ……平常心であれば、こんな見え透いたフェイントに掛かる事など、なかっただろう。

「な、おご!?」

 相手の攻撃が途中で止まり、半身に構え避けられれば、振るった腕を取られ、乗せていた重心をずらす様に流される。

 対抗する間もなく体制を崩されると、その流れのまま回転し放たれた後ろ回し蹴りが、ウォー隊長の脇腹へとねじ込まれ、受け身を取る暇もなく、何度も地面に打ち付けられながら吹き飛ばされる。

「隊ちょ!?」

 広がった動揺が切っ掛けとなったか……とうとう、兵たちの隊列が崩れた。後方支援なしに戦える規模でも相手でもない。食い破られ、裏に回り込まれれば、もう対処の仕様がない。

 揺れる思考と視界……仲間が呑まれて行く様を横目に、言う事を聞かない体を無理やり動かす。

「おご、ボブ」

 ウォー隊長の口から、血の泡が溢れ出す。砕けた骨が肺に刺さり、潰れた鎧が肉と内臓を圧迫していた。
 自分の血が肺に満ち溺れる中、手に持つ剣でベルトを切り、潰れた鎧を無理やり脱ぐと、激痛を無視し息を吸う。
 思考力が戻ると、震える手で腰の瓶を掴み、中に入った最後の回復薬を流し込む。

「はぁ、はぁ……通常の速度では、もう、付いて行けんか……ふふ、完全に読み違えたわ」

 ポコ、ゴキ……と、肉と骨が戻る音を聞きながら頭を上げた先には、残念そうに、つまらなそうに、悲しそうに、眉に皺を寄せた相手が、その場から動くことなくウォー隊長を待っていた。

 恐らく歌による強化は、相手も本意では無かったのだろう。援護横槍が無ければ、使わなかったのかもしれない。

 だが相手も、手加減する心算はないのだろう。元々、一騎打ちをしていた訳でもない。仕方が無いと言いたげに頭を振ると、終わらせようとウォー隊長へと歩み寄る。

「クク……使うのであれば、始めから使っていればよかったな……はぁ」

 自分の見通しの悪さと、失望を滲ませる相手の態度に、苛立ちと呆れを抱きつつ……ウォー隊長は、覚悟を決めた。

「す~~~……は~~~…………<開魂>」

 ウォー隊長が一言呟くと、魂から流れる魔力の流量のリミッターが外される。

 魂から噴き出す魔力に身体が悲鳴を上げ、収まり切らなかった分が溢れ出し、その姿を前に、相手の歩みが止まった。

「グルル」

 ウォー隊長の行動に、相手は喉を鳴らす。

 その感情を表すのであれば、期待だろう。

 まだ何かあるのかと、見せて見ろと、獣型の攻撃の群れを呼び寄せ対峙するその顔は、無邪気な子供のように、獰猛な笑みを浮かべていた。

「ッフ……あぁ、これを凌げば、お前の勝ちだ」

 相手に釣られて、思わず笑みをこぼしつつ、ウォー隊長は最後の攻撃に移る。

 片手を地面に付き、重心は前へ……姿勢を低く、剣の切っ先を相手に向ける。
 それは不退の姿勢、引かぬ覚悟を体現した突撃体制だ。

「『駆けろ駆けろ駆けろ、前へ前へ前へ……風神の鎧を纏いて風と成せ。雷神の衣を纏いて矛と成せ。我が熱情を持って蹂躙せよ、我が魂を持って天を突け。我、いかづちの牙と成り、汝を突き破り殲滅せん』!」

 詠唱の完了と共に、ウォー隊長を中心に暴風が渦巻き、雷が駆け巡る。暴れ狂う魔力の奔流が術者を焼き、切り裂き、血が噴き出す。

 そんな不完全な術も、技の名前呪文と共に、一つの技として完成する。

「奥義『疾風雷槍・牙突』」

 地面から手を放し、一歩前へ踏み出す。それを合図に、完成した技が発動し……音を置き去りにした。

「!?」
「ブチ抜けーーー!!」

 解き放たれた一撃は術者の制御すら受け付けず、決められたプロセスを遂行する。

 それは、捨て身の突進。
 それは、暴風を纏った雷の槍。

 道中の重厚な群れの壁を物ともせず前へ、ただただ前へ……道中の全てを蹴散らし、暴風が切り刻み、雷が残骸を焼き潰す。

 そして、瞬く間に相手への下へと辿り着く。

 相手の技量であれば、幾ら速かろうと、タイミングを合わせ躱す事ができたであろう。だが、相手は避ける素振りなど微塵も見せず、真正面から対峙した。

 相手の反応から受けてくれると思っていたウォー隊長は、迷うことなく相手へ突撃し、相手は捩じ伏せようと、渾身の力を込めた突きを放つ。

 戦場に、衝突音が響き渡る。
 歌が止み、辺りを静寂が包み込む。

 二人を覆っていた攻撃の群れが次々と消えてゆき、その姿が露になれば、其処には、剣を突き出した状態で静止するウォー隊長と、半身が吹き飛んだ白い魔物の姿があった。











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「おぉ! イったよあの人」
「あんな隠し玉をお持ちとは、なかなか侮れませんわ!」
「おや、興味持ちました?」
「ハイですわ! ただ、術の制御と、構築に粗が目立ちますわ」
「本調子だったら、違ったのかもしれませんね~。ビャクヤさんと戦う前から、精神的にも身体的にも、かなり疲弊していたみたいですし」
「あら、不調でしたの?」
「そうですね、他人の尻拭いを三日間徹夜で行った明け……くらい?」
「ひ、酷過ぎますわ」
「真面目で責任感が強い人が、真っ先に犠牲になるのは、何処でも同じですね~……」
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