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308 疎外と阻害①

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 避難場所中でマサキと白が争っていたその頃……外周の防壁付近でも、未だに騒動が続いていた。

 強固な防壁は無残に切り崩され、近くに居た獣人は尽く斬殺された。咄嗟に庇いに入った衛兵も撲殺され、辺りには死屍累々と死体が転がっている。
 更に追い打ちをかける様に、避難民に紛れ侵入していた者が、どさくさに紛れて混乱する避難民を襲撃。防壁に空いた穴から侵入した者たちと共に、外へと拉致する事態が発生していた。

 中であれば化け物はいないと避難民の大半が安堵していた事もあり、見知らぬ他人に対しての警戒心が薄れていたのも、更に現場に混乱をきたした要因だろう。ケルドと言う化け物は居なくとも、悪意や欲望に塗れた人はいるのだ。防壁での検査は、あくまでもケルドを入れないモノであり、犯罪者やその予備軍を入れない訳ではない。

 迷宮は、世界樹は、あくまでケルドを排除しているだけなのだ。そう言った者達は人によって管理するべきであり、その為の警備もエミリーを筆頭とした人族に、衛兵というかたちで任せていた。それは今後とも人に過剰な干渉をしない、迷宮側の意思表示でもあった。

 事実、避難場所内でも小さな犯罪や小競り合いは起きていた。それを抑えるために、常に衛兵が巡回していたのだが、今回の騒動は彼等が想定していたモノを遥かに超えた事態であった。
 それでも、当然人族も手をこまねいているばかりではない。現場を滅茶苦茶に荒らしたマサキが奥へと消えると、すぐさま無事な者達が不埒者の取り押さえと追跡に入っている。

 動いたのは衛兵として、これまたアルサーンへと攻め入った、元アルベリオンの兵達である。マサキと遭遇したエミリー直下の2番隊とは別隊だが、その能力に遜色はない。アルサーンの獣人兵も居たのだが、それはマサキの奇襲によって壊滅している。

 侵入していた方は、容易に取り押さえる事には成功していた。
 拉致られそうになった者は当然抵抗するし、更に相手は避難場所から離れようと、逃げる者とは逆の方向である壁に空いた穴へ向って移動するため、判別がすぐについたためだ。

 その殆どが切り捨てる形になっているが、拘束している余裕などない為しかたがない。避難誘導と、息のある者の救命。探知能力と身体能力に優れた獣人が早々に狙われた事もあり人手が足りないのだ。

「中に行った奴は!?」
「中は世界樹側が何とかするだろ! 問題は外だ、追え!」

 だが、事態は緊急を要する。攫われた者達が碌な扱いを受けないのは、火を見るよりも明らかだ。

 単身突入したマサキについては、それ程心配してはいなかった。何故なら迷宮も、用意した防壁を壊されたのだ。世界樹や迷宮にだって面目はある。人だけで何とかしろと放任するには、些か度が過ぎた行いである。
 故に、迷宮側も何らかの対処を講じるであろうし、もしかしたら救援を遣す可能性だってある。それがなくとも、避難場所内各地に巡回として常時戦力を配置しているのだ。近い所から援軍が駆け付ける筈だ。

 彼等が欲しいのは、時間だ。必要最低限の人員をその場に残し、残った者で早急に外へと逃げた者達を追う。救出は無理でも、逃亡の妨害さえできれば良いのだ。

 ……だが、時間稼ぎそれすら叶わなかった。

「前方、敵!」
「押し通るぞ!」

 開いた防壁の穴で立ち塞がるのは、怪しいローブ姿の者が数人。ゆったりとしたその服装は、何を隠し持っているか傍からは分からない。だが、臆している暇などないとばかりに、先頭を走る一人が突貫する。

「イギ!?」

 ローブ姿の一人が片手を翳すと、そこを中心に半透明の壁が広がる。
 先行していた一人がその壁に衝突し、押しやられる。真正面からぶつかったことで、少なくない反動を受けるも、すぐさま立て直し壁を睨みつける。球状に広がる魔力でできた壁は、切り開かれた防壁を覆い塞いでしまっていた。

「ちぃ、<結界>か!?」
「魔具か? 気色の悪いもん付けやがって、趣味悪いんだよ!」

 ローブが翳した手の甲には、眼球が付いた悪趣味な手甲を備え、隙間から黒い触手が蠢いている。生きているかのように忙しなく動く目が、より嫌悪感を引き立てる。
 他のローブ姿の者が同様に、続けて同様の不気味な魔具を起動させる。今度は球状ではなく、防壁に沿う様に壁状の<結界>が展開された。

 明らかな足止めだ。外から容易に潜入できない様に、防壁の上にも魔道具による<結界>が張られて居たのだが、それとは別の<結界>が張られたことで、防壁を乗り越えての追撃もままならなくなった。

 迂回している暇はない。それなら<結界>の範囲外に居る者達に任せた方がいい。防壁を乗り越え進むにしても、<結界>突破したとして、術者がいる限り再生するだろう。大挙して追うには、手間がかかりすぎる。

「クソ固ぇ!?」
「だが壊せる、畳みかけろ!」

 故に彼等は、自身の危険など顧みず、<結界>へ……術者に向って突貫する。
 <結界>に阻まれた者に続き到着した者が、渾身の力で殴りかかると、<結界>に罅が入る。分厚い結界の場合は切り崩す方が効果的だが、薄く固い壁であれば、斬るよりも殴る方が効果的だ。

 亀裂が入り壊せる確信を得た事で、後続が迷いなく体ごと突っ込む。<結界>に衝突し勢いが止められると、すぐさま横に逸れ後続がひび割れた結界を砕いてみせた。

「多重結界!」
「構うな、押し込め!」

 砕いた<結界>の先にも、更に<結界>の壁が展開されていたが、そんなモノ知った事ではないと言わんばかりに同様に砕き、後続の為に砕いた<結界>を押し広げ道を作る。
 鈍器を持った者はそれを使い、所持していない者は拳で何枚もの<結界>の壁を砕き、掘り進むかのように進む。

「!? 何だこれは」

 ローブ姿の眼前まで迫ると、最後であろう<結界>を砕こうと得物を振り下ろす。だがしかし、<結界>から伝わる手応えの違いに、目を見開き困惑の声を上げた。

 堅いのではない。まるで攻撃が無意味かのように、無かったかのように、反動すら消え失せる。<結界>を破ろうと続けて攻撃の手を緩めない彼等であるが、その事如くが空しく意味を成さない。

 その間にも砕いた<結界>が修復され、獲物を振るスペースが狭まり徐々に追い込まれる。

「■■■」

 そんな中、馬鹿にしたかのような笑い声が、<結界>の向こう側から放たれる。

 それは、ローブ姿の者達に囲まれた一人の男が放ったものだった。

 見た目年は二十台前後か……肩に掛かる程度まで伸ばされた髪は、根元は黒、毛先は鈍い金色と、この地域では見られない変わったものだ。見下し嘲笑うその姿は、他人が足掻く姿を愉悦と感じる、性根のひん曲がった性格を見事に表していた。

「■■■。■■■■■■■■■? ■■■■■」
「魔物化する前のケルドか? それとも、別の何かか? 言葉が聞き取れねぇ」
「ひどい奴だと、言葉が聞き取れないからな。それを更に酷くした感じか? 新種かもしれない。とにかく人じゃねぇだろうよ」

 言葉すら真面に認識できない男を、早々に人ではないと判断する。そもそも、アルベリオンに与する段階で、人かケルドかなんぞ関係ない。全ては等しく、彼等の敵である。

「あれが、これの大本か?」
「他と違うからな……なら、あれを潰すぞ」

 彼等の言葉を分かっていないのか、軽薄な男は狙われている事に気付かず、嘲る様に指さし笑っている。
 修復される<結界>に阻まれ動けなくなっていく中、冷静に狙いを定めると、即座に行動に移る。修復される結界を押し広げ道を作ると、奥に居た彼等の内の一人が手を伸ばし、壊れない<結界>へと触れた。

「『魔力同調』」
「■?」
『閃光』フラッシュ『衝撃』バン

 <結界>に触れた者が、ポツリと一言呟く。その声に軽薄な男が反応するが、その返答とばかりに<結界>内を閃光と衝撃が駆け巡った。




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「スタングレネード!!」
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