328 / 330
310 疎外と阻害③
しおりを挟む人種が違う獣人達ですら、焦っているのが丸わかりだ。そんな表情を浮かべては、碌な手段を持っていないと自白している様なものだ。
……ここで、無理やりにでも押し切り逃走を計れば、男にもまだ希望はあったかもしれない。
「■!?」
回り込んだ獣人達が<結界>を包囲し、逃げ道を完全に塞ぐ。そうして、<結界>を攻撃可能な範囲が埋まると、それを合図にしたかのように、獣人達は一斉に攻撃を開始した。
先ほどまでの、男の気を引く為の御座なりな攻撃ではなく、全速の連打。一撃の威力は先ほどとさして変わらないが、手数は比較するのも馬鹿らしい……そんな猛攻を、男は馬鹿正直に<絶対防御>を付与した<結界>で受けてしまう。
一撃毎に能力が適用し、必要な魔力を浪費する。
スキルを発動、維持したままの男は、途中でスキルを止めるなど考えたことも無ければ、考える間すらない。
唯でさえ消耗の激しいスキルだ……止める判断する暇すらなく、男に限界が訪れる。
「■■■!?」
まるで血を無理やり抜き取られるかのような喪失感……貧血に似た症状を前に、男はたまらず膝を付き、嘔吐する。
当然、そんな状態では能力を維持などできる筈もなく、<絶対防御>が解除される。それにより、<結界>を殴る打撃音が鳴り響き、亀裂が入る。
<絶対防御>が消えた今、男の身を守るものはなかった。
「フンヌ!」
後方で身構えていた牛人が前に出て、<結界>に向け大剣を振り下ろす。
魔道具で作られた<結界>など、易々と粉砕する。
その勢いのまま牛人が男の<結界>内に踏み入ると、足に込めた魔力を爆発させるかのように<突進>し、目にも留まらぬ速さで男との距離を詰める。
ふらつく男に、反応する余裕はない。牛人が水平に振り抜いた大剣が、無防備な男の顔面に叩きこまれた。
「ゥオ!?」
メキ、メキョ……と、男から骨肉が軋み潰れる音が鳴る。
寒気のする音だが、男の顔面を切断するには至らない。それどころか、たいした傷すらつかない事に、牛人が驚愕の声を漏らす。
…物質には留められる、込められる魔力には限界がある。それは生体も例外ではなく、人の肉体が自然に保有できる魔力はたかが知れている。
肉体にどの様な指向性を持った魔力を、どれ程留められるかは、魂の性能やスキルによるところが大きいが、人の肉体である限り限界がある。
一時的であれば、過剰に魔力を込める事で能力を底上する事ができるが、肉体への反動を緩和するスキルや、補助するスキルでも無ければ、反動で自滅しかねない。それよりも、体外に放出した魔力で相手の魔力を防ぐなり破るなりするのが普通だ。
では、今の男はどうだ?
魔力を急激に失った男は、道具も技術も、魔力による強化もない……にもかかわらず、牛人の全力の一撃を受け、たいしたダメージを受けていない。
男は<絶対防御>を発動できなくなるまで魔力を消費したが、魔力全てを失ったわけではない。魂や肉体に廻された余剰分を、自在に扱える魔力を失ったにすぎない。肉体は無事だが、血だけが急激に抜き取られた様な状態に近い。
男の症状は一時的なものであり、魔力の発生源である魂に余力が残っている限り、回復する。肉体に留まっている魔力は健在であり、それこそ、魂を維持するのに必要な魔力すらひり出さなければ、肉体へ廻される魔力が……それによって裏付けされたステータスが極端に下がる事はない。
つまりそれは、男が自然に纏っている魔力が、素のステータスが、牛人が全力で大剣に込めた魔力に勝っていることを意味していた。
故に牛人は、男への認識を改める。こいつは、人で括って良い存在ではないと。
「ブモォ!!」
斬れないと分かるや否や、牛人は大剣をそのまま振り上げると、大剣に引っ掛かった男を地面にたたきつける。
衝撃音と共に、粉塵が舞う。後頭部から落ち、瓦礫に埋まる男であるが、それでも男が死ぬまでは至らない。
……取り囲む獣人達からすれば、さぞ恐ろしい存在に映った事だろう。
<絶対防御>と<結界>が消えたことで、殺気に塗れた攻撃を男に向け振り下ろす獣人達だが、男は碌な防御をしていないにも関わらず、その命に届く気配が全くしないのだ。
殺せない……何かしらのからくりがあれば別だが、原因は純粋なステータス差だ。誰だって、敵として対峙したくはない。
「■、■……」
対して男は、混乱と恐怖のどん底に陥っていた。
男の人生の中で、痛みらしい痛みを受けた経験がなかった。
死を彷彿とさせる痛みに、免疫がなかった。
暴力を振るう意味を、理解していなかった。
暴力を振るわれる意味を、理解していなかった。
強力な能力を得た故に、命の危険に直面する事を想定していなかった。
己を律する法がないことを良いことに、傍若無人に振舞いながら、己を守ってくれる法も秩序もないことを理解していなかった。
本気で殺しに来る相手と、全力で挑む者と相対する……覚悟を持っていなかった。
「っち、また<絶対防御>か」
「構うな、寧ろ好機だ。殺せないなら、魔力を削ぎ落せ!」
魔力が回復する端から、自身の体に向けられる攻撃を<絶対防御>で防ぐ。痛みからは遠ざかる事はできるが、心までは守れない。
少しでも遠ざけたい思いに駆られ、男は再度<結界>を展開する。それが誤った選択だとしても、そうせずにはいられないのだ。
怖い。恐ろしい。逃げ出したい……男の心を恐怖が塗り潰す。初めて本当の、本物の殺気に曝された男は、委縮してしまっていた。
<絶対防御>が付与された<結界>によって、一時的に獣人達と距離を取る事はできた男だが、その代償に、獣人達の猛攻に再度晒される。
<絶対防御>は、確かに強力なスキルだ。
安心、安全……魔力が続く限り、苦痛も怪我も負う事はない。特権と言っても過言ではないその甘美な力は、人の心を虜にして依存させる。それこそ、他の手段を模索するなど考えない程に。
「■■■!?」
だが、そのスキルの代償は決して軽いものではない。
それを何度も賄えることが異常なのだが……どれ程大量の魔力を所持して居ようと、一度に使用できる魔力の量には限度がある。
先程の二の舞を演じ、魔力を急激に失った男は、再度牛人が振るう強烈な一撃を、<絶対防御>なく受け、地面に叩きつけられる。
衝撃と苦痛……他の手段を持たない男の軟弱な心から、ぽっきりと折れる音が鳴った。
「■―――!!」
頭を抱え、その場で蹲っていた男は、回復した魔力を使い<結界>を展開する。ただし今度は、維持せずにすぐ解除。叫び声を上げながら、這う這うの体で外へ向かって駆け出した。
逃亡……彼の中に残された、最後で唯一の選択だった。
「逃げたぞ、通すな!」
「■■―――!!」
だがしかし、周囲を獣人達に囲まれている為、逃げ道は無い。頭上は開いているが……飛び超えようとしても、叩き落とされるのが関の山だったろうし、錯乱し視野の狭くなった男には、そもそも見えてすらいない。
自身を対象に<絶対防御>を施せば、押し通る事ができたかもしれないが、恐怖心から獣人達に近付くことを拒絶した男は、<結界>で押しのけ道を作ろうとする。
馬鹿の一つ覚えだが、男にはそれ以外の手段がないのだから仕方がない。
「盾兵、前へ!」
だが、何度も同じ手段が通用する程、世の中とは甘くはない。強力なスキルはそれだけ有名であり、羨望の対象となる。そしてそれらは、往々にして対策が模索されているものだ。
体格にも膂力にも優れているにもかかわらず、男への攻撃に加わらず後方で待機していた獣人が、大盾を持ち男の前に立ちはだかる。
<絶対防御>自体に、相手を押しのける力はない。それはあくまで、魔道具の<結界>によるものだ。<結界>に向けられた攻撃を、無かった事にしているだけなのだ。
では、<結界>に掛かる力が攻撃ではなかったら、どうなるだろうか?
「防御体勢!」
「「「『城壁』!」」」
スキル<城壁>を展開。魔力の壁を前面に構え、その場で<踏ん張り>踏み留まる。
広がり迫る<結界>に接触したとして、迎撃するでもなく、押し返すのでもなく、その場に留まる事を選択したならば……広がる<結界>に、干渉するのではなく干渉される側に回るのであれば、<結界>に付与された<絶対防御>は、どの様な反応を示すのか?
……その結果は、<結界>の自壊と言う形で示される。
「……■?」
<絶対防御>を付与した<結界>が壊れた事に、男が呆けた声を上げる。
<絶対防御>は、あくまで攻撃を受けたとき、過程を無視し防いだ結果だけを齎すスキルだ。そもそも加わった力が攻撃でなければ、攻撃を防いだ過程も結果も無い。つまり、自分の力や行いでの自爆には、適応されないのだ。
故に、<絶対防御>を付与された<結界>も、攻撃でなければ普通の<結界>と変わらない。獣人達の<防壁>スキルによって建てられた、幾本もの魔力の柱。男の前後で囲うように建てられたそれに向かって、力任せに<結界>を広げれば、本来球状に広がる予定の<結界>は、歪に広がり負荷かかかる。
柱の間で、風船を無理やり膨らませたかのようなもの……無理に力が加わり、本来の広さに達する前に自壊してしまったのだ。
これが、因果スキルの弱点……絶対故に条件に合わなければ、融通が利かないのだ。
「■、■?」
<絶対防御>への魔力供給が追い付かず、強制解除された先ほどまでとは違う。<結界>が直接壊された為、魔力が枯渇したことによる不調もないことも、男の困惑に拍車をかけた。
何が起こったのか理解できない男は、動かない獣人達に怯み、踏鞴を踏みながら立ち止まってしまう。
「フン!」
現実に思考が追いつかず立ち尽くす男へ向け、盾を持った眼前の獣人が、その盾を叩きつける。
ほぼノーモーションで放たれたシールドバッシュ。それを無防備に受けた男は、綺麗な放物線を描き吹き飛んだ。
「逃げてんじゃねぇ!」
「■■!?」
そこへ、大剣を振り被り待ち構えていた牛人が、飛翔する男を叩き落とすかの様に大剣を振り下ろす。
状況の変化に付いて行けない男はなすがままに、ギロチンめいた一撃を受け、定位置となった場所へと叩きつけられる。
「■、■……■!」
「……死ぬまで嬲り続けろ」
<絶対防御>以外の手段を持たない男には、すでに現状を打開する術も気力もない。もう痛いのは嫌だと、<絶対防御>を自身に発動し、身を守る様に眼前に両腕を構えて悄然とするばかりだ。
……その後の男と獣人達の攻防は、集団リンチの様相を呈した。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
5,410
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる