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可愛い僕の婚約者さま
握らされた紙片
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「はあ」
気の無い返事とともに、テオドラは声をかけてきた人物に目を向ける。
割り込んできたのは、三十は超えているだろう男性だった。長い銀髪を後ろで一つにまとめた美男だ。
彼の手がテオドラに差し出される。はめている指輪が見えるように細工された手袋が印象的だ。手袋から覗く大きな色石はどれも磨かれていて、施された装飾も美しい。高価なものらしいことは輝きからもわかる。
「俺はデーヴィッド・シーオボルト。貿易商をしている者です。見知りおきを」
「初めまして。私はテオドラ・マクダニエルズです」
握手をすると、手に何かを握らされた。
紙切れ?
アルフレッドに気づかれないように何かを知らせたいらしかった。デーヴィッドのにこやかそうな目は、それが本心なのかまったく見えない。
テオドラはひとまず紙切れを受け取っておくことにした。
「――私に何か用事でしょうか?」
不躾かとも思ったが、今は大事な話の途中だ。用事が済んだのであれば、早々に退場願いたい。
「あなたのお父さまの知り合いでして。今日はパーティに出席されるとお聞きしたものですから、ご挨拶を、と」
仕事のつながりであればアルフレッドとは顔見知りかもしれない。ちらりとアルフレッドの顔を見やると、ぎょっとした表情を浮かべていた。
「そうでしたか」
デーヴィッドと名乗った男は値踏みするかのような視線を向けてくる。爪先から頭のてっぺんまでを舐め回すように見つめられると気持ちが悪い。
「お噂どおりにお美しいですね。ダライアスさんも鼻が高いでしょうな」
言って、アルフレッドに顔を向ける。デーヴィッドのひんやりした目は何を思っているのかわからない。
「ええ、きっと自慢の嫁になりますよ」
威嚇するような声。こういうときの彼はたいていの者を震え上がらせる威圧感もある。加えて、さりげなくテオドラの腰を引き寄せた。
アルお兄さま?
いつもとは違う反応だ。こんなふうに触れることは、ダンスのとき以外にはなかったのに。
「本当にお似合いだ。いつまでも仲睦まじい家庭を築けるといいですね。今日はこれで失礼します」
去り際のデーヴィッドは仮面のような笑顔を浮かべていた。
なんだったのかしら。それに、この紙片……。
手の中にある紙切れが気になるが、アルフレッドが一緒にいるあいだは見ることができそうにない。なにか用事を告げて離れたときにこっそり確認しようとテオドラは思う。
デーヴィッドが人の波に飲まれて見えなくなるまで、アルフレッドは身体をぴったりくっつけていた。こんなことは初めてで、テオドラは胸がときめくのを感じる。
「あ、あの……」
「もういいか」
ほっとしたように息をつき、アルフレッドはテオドラを解放する。
「アルお兄さまとは面識があるかたですの?」
それとなく聞くと、静かにうなずいた。
「ああ。うちが傾いているのをいいことに、足元を見ているとしか思えない契約をふっかけてきてな。そこまで落ちぶれちゃいないって追っ払ったんだよ。なんのつもりでテアに声をかけたんだかわからんが、関わらないほうがいい」
「そうですか……」
「――で、さっきの話だが、なにを言おうとしたんだ? 政略結婚がどうの、なんて。僕は君以外との結婚は考えたことなんてないのに」
テオドラ以外との結婚は考えたことなんてないと言われても、不思議と胸に響かなかった。本心であると確証できない。父と一緒に仕事をしているから結婚したほうが都合がいいというくらいの理由なんじゃないかと、なぜかいまさらに思えてしまう。
そんなこと、これまで考えたこともなかったのに。どうして今……。
「それとも、お父上になにか言われたのかい?」
問われると、テオドラは慌てて首を振って否定した。
「そう? ならいいんだけど。気づかないうちにヘマをしているかなって心配した」
「そういうことではないんで、気になさらないでください。――あの、私、お手洗いに行ってきます。アルお兄さまは挨拶をしてきてくださいな」
「ああ、うん。顔色もよくないみたいだし、無理するな」
「はい。では、またあとで」
笑顔を作ってアルフレッドと別れる。握りしめた紙片がなんなのかを確認しようとテオドラは思った。
気の無い返事とともに、テオドラは声をかけてきた人物に目を向ける。
割り込んできたのは、三十は超えているだろう男性だった。長い銀髪を後ろで一つにまとめた美男だ。
彼の手がテオドラに差し出される。はめている指輪が見えるように細工された手袋が印象的だ。手袋から覗く大きな色石はどれも磨かれていて、施された装飾も美しい。高価なものらしいことは輝きからもわかる。
「俺はデーヴィッド・シーオボルト。貿易商をしている者です。見知りおきを」
「初めまして。私はテオドラ・マクダニエルズです」
握手をすると、手に何かを握らされた。
紙切れ?
アルフレッドに気づかれないように何かを知らせたいらしかった。デーヴィッドのにこやかそうな目は、それが本心なのかまったく見えない。
テオドラはひとまず紙切れを受け取っておくことにした。
「――私に何か用事でしょうか?」
不躾かとも思ったが、今は大事な話の途中だ。用事が済んだのであれば、早々に退場願いたい。
「あなたのお父さまの知り合いでして。今日はパーティに出席されるとお聞きしたものですから、ご挨拶を、と」
仕事のつながりであればアルフレッドとは顔見知りかもしれない。ちらりとアルフレッドの顔を見やると、ぎょっとした表情を浮かべていた。
「そうでしたか」
デーヴィッドと名乗った男は値踏みするかのような視線を向けてくる。爪先から頭のてっぺんまでを舐め回すように見つめられると気持ちが悪い。
「お噂どおりにお美しいですね。ダライアスさんも鼻が高いでしょうな」
言って、アルフレッドに顔を向ける。デーヴィッドのひんやりした目は何を思っているのかわからない。
「ええ、きっと自慢の嫁になりますよ」
威嚇するような声。こういうときの彼はたいていの者を震え上がらせる威圧感もある。加えて、さりげなくテオドラの腰を引き寄せた。
アルお兄さま?
いつもとは違う反応だ。こんなふうに触れることは、ダンスのとき以外にはなかったのに。
「本当にお似合いだ。いつまでも仲睦まじい家庭を築けるといいですね。今日はこれで失礼します」
去り際のデーヴィッドは仮面のような笑顔を浮かべていた。
なんだったのかしら。それに、この紙片……。
手の中にある紙切れが気になるが、アルフレッドが一緒にいるあいだは見ることができそうにない。なにか用事を告げて離れたときにこっそり確認しようとテオドラは思う。
デーヴィッドが人の波に飲まれて見えなくなるまで、アルフレッドは身体をぴったりくっつけていた。こんなことは初めてで、テオドラは胸がときめくのを感じる。
「あ、あの……」
「もういいか」
ほっとしたように息をつき、アルフレッドはテオドラを解放する。
「アルお兄さまとは面識があるかたですの?」
それとなく聞くと、静かにうなずいた。
「ああ。うちが傾いているのをいいことに、足元を見ているとしか思えない契約をふっかけてきてな。そこまで落ちぶれちゃいないって追っ払ったんだよ。なんのつもりでテアに声をかけたんだかわからんが、関わらないほうがいい」
「そうですか……」
「――で、さっきの話だが、なにを言おうとしたんだ? 政略結婚がどうの、なんて。僕は君以外との結婚は考えたことなんてないのに」
テオドラ以外との結婚は考えたことなんてないと言われても、不思議と胸に響かなかった。本心であると確証できない。父と一緒に仕事をしているから結婚したほうが都合がいいというくらいの理由なんじゃないかと、なぜかいまさらに思えてしまう。
そんなこと、これまで考えたこともなかったのに。どうして今……。
「それとも、お父上になにか言われたのかい?」
問われると、テオドラは慌てて首を振って否定した。
「そう? ならいいんだけど。気づかないうちにヘマをしているかなって心配した」
「そういうことではないんで、気になさらないでください。――あの、私、お手洗いに行ってきます。アルお兄さまは挨拶をしてきてくださいな」
「ああ、うん。顔色もよくないみたいだし、無理するな」
「はい。では、またあとで」
笑顔を作ってアルフレッドと別れる。握りしめた紙片がなんなのかを確認しようとテオドラは思った。
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