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第1章

旧友

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「……えっ」


 俺は、かすれた声を出した。


 確かに俺の苗字は、羽柴だ。


 羽柴 浩輔(はしば こうすけ)。

 26歳。


 豊臣秀吉が持っていたかつての苗字と同じだったが、彼とは全く関係ない家系。

 月とすっぽん、雲泥の差。


 俺はただのゴミ人間だ。


「……なんで、俺の名前」


 アルコールと吐き気でくらくらする頭を、必死に回転させる。

 小さい脳みそを全部スキャンしても、こんな天使みたいな綺麗な人は、見つからなかった。


 元勤め先の同僚でも、取引先の相手でもない。

 大学時代にも、荒んでいない同級生はいなかった。


 そうして、高校時代、中学時代と遡っていくうち――。


 「羽柴君」。

 そういう呼び方をする、ただ1人の女子生徒を思い出した。


 みんな、俺を「羽柴」と呼び捨てにしていた。

 「君」などと、いちいち丁寧につけてくれる友人は、彼女しかいなかった。


 小学校、中学校時代。

 神童と呼ばれ、みんなから崇められていた俺。


 その俺の、唯一のライバル――。


「やっぱり、羽柴君だね」


 彼女は微笑んだ。


 実際、逆光のせいで、彼女の顔はよく見えない。

 だけど彼女は、あのころと同じような屈託のない笑顔を浮かべていた。


「……もしかして」


 俺は、目を見開く。

「お、お前……。竹中か?」


「ええ」

 天使――竹中は、大きく頷いた。

「竹中 美月(たけなか みつき)。あなたの、小学校と中学校時代の同級生よ」

 
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