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第1章
治療
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男はしばらくして、風呂から上がってきた。
どうやら多少手間取ったみたいだけど、最後はちゃんと身体を洗えたようだ。
ヒリヒリと痛んでいるのだろう、顔を歪ませて彼はリビングにやって来る。
「お風呂、ありがとうございます……」
男はか細い声で礼を言った。
「どういたしまして。傷、痛みますか?」
「ええ……。少々。ですが、砂まみれよりもこちらの方が断然良いです」
「それは良かった」
ではこっちに座ってくださいと、私は彼をフローリングの上に座らせる。
「今から出来る分は治療します。傷、服の内側にはなくて良かったですね」
さすがに男をまた裸にして、治療してやるわけにはいかない。
「ああ、ありがとうございます」
男は左の袖をめくる。
私はそこから、目立つ場所に消毒液をつけた。
「……っ」
男は声にならない悲鳴をあげる。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫です。大丈夫です」
そう言うが、彼はすでに涙目だった。
「何か、話をしてくれませんか?」
と、男は突然不思議なことを言う。
「話ですか?」
「ええ。ちょっと、痛みが紛れるような」
なんだろう。
話って言われても……。
私は両親のお骨をチラリと見やる。
あの話しか思いつかない。
「先日」
気まずくなるだろうなと思いながら、この男の雰囲気に負けて私は話し始めた。
もしかすると、この行き場のない憤りをこの可哀想な男にぶつけたかったのかもしれない。
「両親が死にました。交通事故で」
「……」
案の定、男は黙りこくった。
だが、彼は意外なことを言う。
「僕も、両親を事故で亡くしました」
「そ、そうなんですか……」
返り討ちに会い、私は驚いた。
「僕の場合、両親と一緒に事故に巻き込まれて。僕以外の2人が。幼い妹を残して」
「近いですね、私たち」
「そうですね」
彼はフッと笑った。
「私の本当の両親も、交通事故に巻き込まれたんです」
「本当の?」
男は不思議そうな顔をする。
「ええ。先日亡くなったのが義理の両親で、その前――10年以上前にも、本当の両親は事故でなくなってるんです」
「それは……」
「あっ、別に気にしないでください。記憶もないころの話なんで。でも、不思議なのは、そこに兄がいたはずなんです」
「兄?」
「ええ。兄も一緒に事故に巻き込まれたはずなんですけど、その場からいなくなっていて。両親だけが」
「……」
「不思議ですよね? もしかして私たち――いや、まさか」
大方兄は、両親と一緒になって死んでしまったのだろう。
あのころの兄は、多分小学生くらいか。
小さかったから、遺族に説明出来ないくらいの酷い姿で発見されたのかもしれない。
「……」
「どうしました?」
男はじっと、私を見つめる。
「何か?」
「あの、君」
男は口を開いた。
「もしかして」
「もしかして?」
「名前、『花』だったりしない……?」
どうやら多少手間取ったみたいだけど、最後はちゃんと身体を洗えたようだ。
ヒリヒリと痛んでいるのだろう、顔を歪ませて彼はリビングにやって来る。
「お風呂、ありがとうございます……」
男はか細い声で礼を言った。
「どういたしまして。傷、痛みますか?」
「ええ……。少々。ですが、砂まみれよりもこちらの方が断然良いです」
「それは良かった」
ではこっちに座ってくださいと、私は彼をフローリングの上に座らせる。
「今から出来る分は治療します。傷、服の内側にはなくて良かったですね」
さすがに男をまた裸にして、治療してやるわけにはいかない。
「ああ、ありがとうございます」
男は左の袖をめくる。
私はそこから、目立つ場所に消毒液をつけた。
「……っ」
男は声にならない悲鳴をあげる。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫です。大丈夫です」
そう言うが、彼はすでに涙目だった。
「何か、話をしてくれませんか?」
と、男は突然不思議なことを言う。
「話ですか?」
「ええ。ちょっと、痛みが紛れるような」
なんだろう。
話って言われても……。
私は両親のお骨をチラリと見やる。
あの話しか思いつかない。
「先日」
気まずくなるだろうなと思いながら、この男の雰囲気に負けて私は話し始めた。
もしかすると、この行き場のない憤りをこの可哀想な男にぶつけたかったのかもしれない。
「両親が死にました。交通事故で」
「……」
案の定、男は黙りこくった。
だが、彼は意外なことを言う。
「僕も、両親を事故で亡くしました」
「そ、そうなんですか……」
返り討ちに会い、私は驚いた。
「僕の場合、両親と一緒に事故に巻き込まれて。僕以外の2人が。幼い妹を残して」
「近いですね、私たち」
「そうですね」
彼はフッと笑った。
「私の本当の両親も、交通事故に巻き込まれたんです」
「本当の?」
男は不思議そうな顔をする。
「ええ。先日亡くなったのが義理の両親で、その前――10年以上前にも、本当の両親は事故でなくなってるんです」
「それは……」
「あっ、別に気にしないでください。記憶もないころの話なんで。でも、不思議なのは、そこに兄がいたはずなんです」
「兄?」
「ええ。兄も一緒に事故に巻き込まれたはずなんですけど、その場からいなくなっていて。両親だけが」
「……」
「不思議ですよね? もしかして私たち――いや、まさか」
大方兄は、両親と一緒になって死んでしまったのだろう。
あのころの兄は、多分小学生くらいか。
小さかったから、遺族に説明出来ないくらいの酷い姿で発見されたのかもしれない。
「……」
「どうしました?」
男はじっと、私を見つめる。
「何か?」
「あの、君」
男は口を開いた。
「もしかして」
「もしかして?」
「名前、『花』だったりしない……?」
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