崖っぷちOL、定食屋に居候する

小倉みち

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第4章

お汁粉

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 どうやら雛子家は常連のようで、随分ここの神社と親交があるらしい。
 
 
 雛子曰く、
「大晦日に行くと、いつも中に入れてくれるのよ」

 とのこと。
  

 禁忌とか、入っちゃいけないとか、そういうのはどうしたの?
  

 と思ったが、地方の小神社だ。

 あんまりそういうことは関係ないのかもしれない。
  

 神社の近くに建物があった。

 社務所だろうか。

 
 おそらく神主さんは、そこで寝泊まりしているのかもしれない。
  

 田舎にある祖父母の家のような造りであった。

 神社なのに、線香の匂いが充満している。


 目の前の梁に掛かっていた蟹の甲羅に、私は驚く。


「さあ、こっちこっち。お嬢さんも、お上がんなさいな」

 
 気さくな物言いで、私を誘う神主さん。

 雛子家は既に玄関口を突破していた。
 

 恐る恐る、

「お邪魔します」
 
 と靴を並べ、上がり框に足を懸けた。


「皆さん、今年もお汁粉飲んでいきますか?」

「おお、毎年どうもありがとう。あんたんとこのお汁粉は絶品なんだよなぁ」
 

 お汁粉? 
 
 
 雛子が私の耳に口を近づけた。

「うちのお父さんと神主さん、とても仲がいいの。いつも、正月に振舞うはずのお汁粉を、大晦日に飲ましてもらっているの」
 

 いい加減やめてほしい。恥ずかしいわと顔をしかめる雛子。
 
 まあでも、こんな寒い中、あと一時間弱待つのは忍びないから、遠慮なくいただくことにする。
 

 奥へ進むと、木材を使用した和やかな空間で、ますます祖父母の家感がある。

 畳の上には大きなこたつが置いてあり、みかんの入ったかごを中心に世界が回っているようだった。
 

 棚やタンスの上部に、様々なジャンルの置物が鎮座している。その中にお土産でもらったのであろう、小さな仏像があり、私はひどく驚いた。


「相変わらずむちゃくちゃだな。あんた神道だろ?」
 
 と、雛子のお父さんが言う。
 

 あっはっは、と神主さんは高笑いした。

「古い、古いよ、その考え方。今時、わっかい坊さんだって髪の毛はやしてバイクで走り出してんだよ。どう考えても煩悩に支配されてるよ。ねぇ?」
 
 
 急に振られて、思わずうなずいた。

「高木さん。あんた、借りてきた猫みたいだな」
 
 おかしそうに笑ってそう言った冬馬さんを、私はにらみつける。
 

 神主さんは、私たちにこたつを使わせると、奥に引っ込んだ。
 

 しばらくして、漆のお盆に漆の汁椀を六杯持ってきた。それぞれに湯気をたたえている。

 一杯ずつ、ゆっくりと私たちの前に置いていく。


 最後に空いているところに座り、神主さんは自分の目の前に置いた。

「それじゃあ、召し上がれ」
 

 神主さんの合図で、一斉にお汁粉をすする。

 遅ればせながら、私も汁椀に口を付けた。
 

 途端、目を見開く。
 

 寒い大晦日。

 かじかんだ身体を、お汁粉の温かさが内側から温めてくれる。


 濃厚な甘みが、寒さで縮み上がった私の器官を元通りに動かしてくれる。柔らかくなった小豆が、白玉と一緒に、喉へ吸収されていった。

 
 てかてかした深い小豆色が、椀から消えるのはすぐだった。


「お代わり、いるか? お嬢さん」
 

 神主さんの言葉に、強く首を縦に振る。
 

 白くてごつごつした手が、椀を持って、また奥へ引っ込んだ。
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