【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ

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~another~ 期限のない恋

6.シンクロ

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 家に帰っても、オレは試写会のドキドキが全然止まらなかった。
 胸がバクバクして、頭の中は映画のシーンと佐藤さんの笑顔でぐちゃぐちゃだ。
 
 机の上に置いてあったスケッチブックを手に取ってそっとページをめくると、撮影中に描いた海の絵が目に飛び込んできた。
 青とオレンジが混ざり合う夕陽、キラキラ光る波。
「青葉が絵を描いてると、本物の葵みたいだな」
 葵の役作りで始めたスケッチだったけど、佐藤さんが褒めてくれたのが嬉しくて、あの日から毎日描くようになった。
 
 佐藤さんが言ってくれたあの言葉が、まるで魔法みたいで……
 撮影の合間にちょこちょこ描いてるだけだったのに、描くのがどんどん楽しくなって、夢中になって絵を描くようになってた。
 
 ページをめくるだけで、撮影中のいろんな思い出がよみがえってくる。
 佐藤さんが休憩時間にコーヒーを飲んでる姿を、こっそりスケッチしたやつ。
 あのとき、佐藤さんのダークグレーの瞳が、ちょっと疲れたみたいに遠くを見てて……
 でも、笑うとキラッと光るのがかっこよくて、思わず鉛筆を動かしちゃった。
 
 監督が変なダンスをしてたからそれを描いたページもある。
 めっちゃヘタで、顔まで変になっちゃって、監督に見つかったときは「俺はもっとイケメンだ!」って怒られたっけ。
 でも、佐藤さんが「いやいや、ソックリだろ」って笑いながら肩を叩いてくれて、なんか心臓がドキッとしたんだよね。

 美咲さん……彩花さんをデフォルメして書いたイラストは、映画のシーンにも使ってもらえた。
 彩花さん自身が気に入ってくれて、「これでグッズ作りたい!」って言ってくれたっけ。
 
 スケッチブックのページをめくるたび、撮影中の些細な瞬間が、まるで昨日のことみたいに頭に浮かぶ。
 佐藤さんがスタジオの隅で台本を読んでる姿とか、休憩中に缶コーヒーを渡してくれて「青葉、ちゃんと水分取れよ」って言ってくれた声とか。
 絵に触れるたび、佐藤さんの笑顔がチラッと頭に浮かぶたび、胸が熱くなって好きって気持ちが溢れ出してくる。
 
 映画の中の葵が描いた海、夕陽、星空。
 あの絵には、葵の悠真さんへの愛がぎゅっと詰まってた。
 オレも、撮影中に佐藤さんの横顔を葵の絵を真似して描いてみたけど、ぜんぜん上手く描けなかった。
 人物って、めっちゃ難しいんだなって思った。
 特に、佐藤さんのあのダークグレーの瞳とか、唇の端に浮かぶ小さなえくぼとか、首筋の細い筋とか……
 全部、頭では覚えているし、イメージもできるのに、オレが絵にしようとすると全然表現できなかった。
 それでも、スケッチブックのページをめくるたび、佐藤さんが笑ってる絵があった。
 
 撮影の合間に、こっそり描いたやつ。
 ちょっと下手で、佐藤さんのカッコよさが全然出せてなくて、恥ずかしくて見せれなかったやつ。
 でも、試写会の後、なんか……見せたい気持ちがムクムク湧いてきた。
 佐藤さんがこの絵を見たら、どんな顔するかな?
 「これ、俺?」って、照れ笑いしながら言ってくれるかな?
 それとも、「俺はもっとカッコいいだろ?」って、監督みたいに文句言われちゃうかな?
 
 ……うん、知ってるよ。
 佐藤さんは、こんな絵じゃ表せないくらい、めちゃくちゃ素敵な人だ。
 ベッドに寝転がって、スケッチブックを胸に抱きしめる。
「はぁ……佐藤さんと海か……ほんと、夢みたいだなぁ」
 つい声に出して呟くと、試写会のあの海のシーンが頭に浮かぶ。
 葵が夕陽に染まる海で「ありがとう」って最後に呟いて、悠真さんの腕の中で逝っちゃう瞬間。
 スクリーン越しなのに、涙がポロポロ止まらなかった。
 佐藤さんがそっとハンカチを渡してくれて、「いいよ。青葉の涙は、誰よりも葵の気持ちを表してるから……」って囁いてくれた声が、耳の奥でまだ響いてる。
 
 あのハンカチから漂う、佐藤さんのウッディーなコロンの香りが、葵として悠真さんに抱きしめてもらったときのことを思い出ちゃって……
 なぜか、胸がギュッて締め付けられたみたいに苦しくなる。
 大好きなシーンだけど、切なくて、悔しくて、葵にはもっと幸せになってほしかった。
 悠真さんと、ずっと一緒にいてほしかった。
 台本で決められたストーリーだけど、心の底から、幸せになってほしかった。
 映画のふたりにとって、あの海は、最期のお別れのための海だった。 
 でも、オレと佐藤さんが見る海は、葵と悠真さんの海とは違うよね。
 悲しい結末じゃなくて、幸せな始まりにしたい。
 
 ……なんて、かっこいいこと考えてるけど、正直、佐藤さんにオレの気持ちを告白する勇気なんて、ぜんっぜんないんだけど!
 試写会で佐藤さんの隣に座って、肩がちょっと触れるだけで心臓バクバクだったのに、告白なんて……無理ゲーすぎる!
 
 でも、もし、ほんのちょっとだけ勇気がもらえるなら……
 海辺で佐藤さんとふたりきりになったら、波の音に紛れて「好きです」って、こっそり囁いてみようかな。
 ちっちゃい声で、佐藤さんに聞こえないくらいちっちゃな声で……
 それなら、フラれる心配もないし……オレの心臓も爆発しないで済むよね。
 うん、そうしよう!
 勇気が出たら、絶対そうしてみよう!
 
 そう思うと、明後日の海が楽しみで、でもちょっとだけ怖い。
 だって、佐藤さんとふたりで海に行くなんて、なんか……映画のワンシーンみたいだもん。
「青葉、約束覚えてるよな?海に行く約束だっただろ?」
 試写会の後に佐藤さんが言ってくれた言葉が嬉しくてしかたなかった。
 半年以上前の約束なのにちゃんと覚えててくれたんだってわかって、めちゃくちゃ嬉しかった。
 あのときの佐藤さんの笑顔、映画の悠真さんみたいにキラキラしてて、でももっと温かくて……
 
 スケッチブックを抱きしめながら、試写会のロビーで見た海の光を思い出す。
 ガラスに映る揺れる波紋が、まるでオレの心みたいにキラキラ揺れてた。
 あの海の光と、佐藤さんのダークグレーの瞳が、頭の中で混ざり合って、胸がドキドキした。
 
 ふと、スケッチブックの端っこに、屋上庭園のシーンのラフスケッチを見つける。
 あのシーン、葵が悠真さんに「愛してる」って言った瞬間。
 撮影のとき、佐藤さんの目がめっちゃ真剣で、演技なのにほんとに愛されてる気がした。
 唇が触れ合ったとき、本当に佐藤さんの恋人になれたんじゃないかって勘違いしそうになった。
 舌を絡めるようなキスをされて、台本にはそんなの一言も書いてなかったから驚いたけど、気持ち良くて、撮影のことなんて忘れてしまってた。
 庭園に咲き誇った花々の甘い匂いと、佐藤さんの深緑の落ち着いた香りが混ざり合って、頭がクラクラしたんだ。
 スケッチブックのラフスケッチには、佐藤さんの横顔と、星空の下で微笑む葵の姿が描かれてる。
 
 ……これ、佐藤さんに見せたら、なんて言うかな?
「青葉、こんな絵も描いてたのか」って、優しく笑ってくれるかな?
 でも、もしこの絵を見て、佐藤さんがオレの気持ちに気づいたら……?
 そんなの恥ずかしくて、死んじゃうかもしれない!
 でも、なんか……見せたい。
 
 佐藤さんに、オレの全部を知ってほしいって、どこかで思ってる。
 スケッチブックを胸に抱きしめたまま、ベッドの上でゴロゴロする。
 海のデート、どんな感じになるんだろう。
 って、勝手にデートって言っちゃっていいのかわからないけど……デートって、言いたいなぁ……
 佐藤さんと並んで波打ち際を歩いて、夕陽を見ながらスケッチして……
 映画の葵がやりたかったこと、全部やってみたい。
 
 あの海で、佐藤さんにこのスケッチブックを見せたら、どんな言葉をくれるんだろう。
「青葉の絵、めっちゃいいな」って、頭ポンポンしてくれたら、嬉しくて泣いちゃうかもしれない。
 ……うん、絶対スケッチブック持って行こう。
 下手くそでも、オレの気持ちが詰まった絵を、佐藤さんに見てもらおう。
 海の風に吹かれながら、佐藤さんの隣で笑ってたい。
 映画の切ない結末を、幸せな始まりに変えたい。
 そんなことを考えながら、スケッチブックを抱いたまま、ドキドキが止まらない夜を過ごした。
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