【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ

文字の大きさ
36 / 42
~another~ 期限のない恋

7.楽しい予感

しおりを挟む
 試写会の翌日、窓から差し込む秋晴れの光が部屋を温かく照らしてるのに、オレの心は朝からザワザワして落ち着かない。
 映画の撮影はもう半年も前に終わったはずなのに、映画の役である葵が抜けない。
 昨日のYURUTTOシネマズのスクリーンで映画を見てから、葵の感情が頭の中でぐるぐると渦巻いて、どっちが本当のオレの気持ちなのかわからなくなっていた。
 昨日は演技なんて全然やってないのに、悠真さん……佐藤さんのことを考えるだけで胸が熱くなって、気持ちが溢れ出してしまう。
 これ、ほんとにオレの気持ち?
 それとも、葵の悠真さんへの愛がまだ抜けきってないだけ?
 
 多分、理由は昨日見た映画のせいだ。
 試写会で見た映画のあのシーンが、頭の中で何度もリピートされる。
 葵のスケッチブックに描かれたキラキラした海。
 悠真さんが葵の手を握る、温かい感触。
 夕陽に染まる最後の瞬間。
 葵の「ありがとう」が、波の音と一緒に胸に響いて、まるでオレの心まで揺さぶってくる。
 葵の悠真さんへの気持ちが波のように流れ込んできて、役者である青葉 葵の感情と混ざる。
 
 いやだ、死にたくない。
 そばにいて……
 ひとりに、しないで……
『  』さん、大好き。ずっと好き。オレ、幸せだったよ。
 
 あの台詞、葵の声が、スクリーン越しに耳に響いて、胸がギュッて締め付けられた。
 この感情はどっちのだろう。
 この気持ち、葵のものだよね?
 わからない。悲しい。でも、なんで……オレまでこんなに苦しいんだろう?
 気づけば、頬を涙がポロポロと流れ落ちていた。
 葵の感情に引っ張られて、動けなくなりそうになった瞬間、ベッドからポトリと何かが落ちる音がした。
 佐藤さんが試写会で渡してくれたハンカチだ。
 オレはそのハンカチをそっと拾い上げ、縋るように口元に当てる。
 佐藤さんのウッディな甘い匂いがふわっとして、映画館の暗闇の中で囁いてくれた言葉が木魂する。
「いいよ。青葉の涙は、誰よりも葵の気持ちを表してるから……」
 その声が、まるで映画の悠真さんみたいで、でも佐藤さんそのものだった。
 
 あぁ、違う。これは、映画の葵と悠真の物語だ。
 俺と佐藤さんの現実の世界じゃない。
 オレは、神崎 葵じゃない。
 オレは、青葉 葵だ。

 ハンカチの匂いをもう一度深く吸い込むと、胸のモヤモヤが少しずつ晴れていく。
 窓から見える秋の青空が、なんだか優しく感じる。

 うん。もう、大丈夫。この匂いが、オレを現実に、葵から引き戻してくれる。
 
 ◇ ◇ ◇

 昼過ぎ、スマホがピロンと軽やかな音で鳴った。
 画面を見ると、彩花さんからの着信だ。
 彩花さんは、映画で美咲さん役を演じてた、めっちゃ明るくて優しい女優さんだ。

 映画の美咲さんは、葵をずっと勇気づけてくれる笑顔の素敵な看護婦さんなんだけど、葵と同じフェロモン崩壊症で弟を亡くした悲しい過去を持っていた。
 葵のことを本当の弟みたいに大切にしてくれていた、すっごく素敵な人。
 彩花さん自身も、実は弟を病気で亡くしてて……
 撮影中、葵のシーンで何度も目が赤くなってたっけ。
 オレも、葵の気持ちに入り込みすぎて泣いちゃうことが多かったから、彩花さんの気持ち、なんか分かる気がする。
 
「もしもし、葵くん! 昨日の試写会、めっちゃ感動したよ~!」
 彩花さんの声は、いつもみたいに明るいけど、ちょっと鼻声っぽい。
 電話越しでも、目元が微かに赤く腫れてるのが想像できちゃう。
 オレだって昨日はいっぱい泣いたから、人のこと言えないんだけど……
「葵くんのスケッチブックのシーンとか、最後の展示会のシーンとか……ほんと、心に刺さっちゃって。彩花ちゃん、昨日から涙止まんないんだから!」
 彩花さんの声はちょっと震えてて、また泣きそうなのがわかる。
 映画の葵のスケッチブックには、悠真さんへの愛がぎゅっと詰まってた。
 悠真さんとの思い出も、美咲さんとの思い出も、キラキラ輝いてたように見えた。
 彩花さんの弟さんとの思い出も、きっとそんな風にキラキラしてるんだろうなぁ……
 
「彩花さん……ありがとう。葵の絵、彩花さんにそう言ってもらえると、めっちゃ嬉しいっす!」
 映画のスケッチブックの絵、半分以上はオレが本当に描いたやつだから、彩花さんに褒められると、なんか胸が熱くなって泣きそうになる。
「ふふっ、葵くんってほんと元気だよね。彩花お姉さんは葵くんの声を聞いてるだけで元気が出てくるよ~!」
 彩花さんの声が、涙声からちょっと笑い声に変わって、オレもついクスクス笑っちゃう。
「でね、葵くん!今日、今からちょ~っとお姉さんとお茶でもしない?葵くんに重大な提案があってね。その作戦会議をしたいと思います!」
 美咲さんを彷彿させる、彩花さんの元気な声についプッと噴き出してしまった。

「ちょっ!吹くなんて葵くん失礼だぞ~!まぁ、いいや。15……16時に駅前のにゃんこカフェで待ち合わせね。遅れたらお仕置きしちゃうから」
 彩花さんの軽快な口調に、頭の中で美咲さんが葵をからかうシーンがフラッシュバックする。
「え、うそ、にゃんこカフェ!?待って、彩花さん、お仕置きって何!?」
 オレが慌てて何か言おうとしたけど、彩花さんは「じゃ、絶対遅れるなよ~!」って一方的に予定を決めて、プチッと電話を切っちゃった。
 
 うわぁ……彩花さん、めっちゃ強引!
 でも、なんか……美咲さんみたいで、めちゃくちゃ楽しそう!
 
 スマホを握りしめて、オレはニヤニヤが止まらなかった。
 撮影が終わったのに、またこうして彩花さんと話しをするなんて、なんかワクワクするな。
 しかも、場所がにゃんこカフェかぁ……
 オレもネコ、好きなんだよね。
 最近、少しずつお仕事をもらえるようになったから、全然行けてないんだよね。
 駅前のにゃんこカフェ、本当に久々かも……

 オレは急いで準備して、クローゼットから適当なTシャツとジーンズを引っ張り出す。
 ……いや、待てよ。
 こんな適当な服装で、佐藤さんに「青葉、似合ってるな」って言われたらどうしよう?
 って、考えた瞬間、顔がカッと熱くなって、鏡の前で頭を抱えちゃった。
 いやいや、佐藤さんとは明日だし!今日の相手は彩花さんだよ!落ち着け、オレ!
 
 でも、念のため……白いTシャツに薄いブルーのデニムなら、彩花さんに「葵くん、カッコいいじゃん!」って言ってくれるかな?
 うわ、ダメダメ!何考えてんだ!
 スケッチブックと葵の色鉛筆をカバンに突っ込んで、佐藤さんのハンカチも……って、あ、これ洗っちゃったんだっけ。
 昨夜、泣く泣く洗濯したけど、干しながらちょっと匂い嗅いじゃったのは、絶対誰にも言えない秘密だ。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

この運命を、あなたに。

皆中透
BL
オメガが治める国、オルサラータ。この国は、王がアルファを側室に迎える形式で子孫を残し、繁栄して来た。 イセイは現王ジュオの運命のつがいとの間の息子で、ジュオの二番目の子供にあたる。彼には兄が一人と弟が二人いるのだが、その弟の父であるイファに長年恋心を寄せていた。 しかし、実父の側室であり、弟たちの父親である人を奪ってまで幸せになる事など出来ないと思い、一度もその想いを告げたことはなかった。そして、成人後には遠くの領地をもらい、イファから離れる道を選ぶと決めている。そうして想いに蓋をしたまま、彼は成人の日を迎えた。 祝宴の日の朝、正装をした四兄弟は杯を交わし、これからも変わらずにいることを誓い合おうとしていた。すると、その杯を飲み干したイセイは、そのままその場に倒れ込んでしまう。 暗殺かと思われたその出来事は、イセイが翌日目を覚ましたことで杞憂に終わったのだが、目覚めたイセイはなぜかオメガになっていて……。 秘めた想いが絡まり合い、真っ直ぐに繋がれない恋。 不器用な二人が番うまでの日々を綴る、訳ありオメガバース。

【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末

竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。 巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。 時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。 しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。 どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。 そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ…… ★『小説家になろう』さんでも掲載しています。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

大嫌いなアルファと結婚しまして

リミル
BL
面倒見のいい隠れSなα×アルファから転化したΩ 久世優生と神崎基城はアルファの幼馴染みで、互いのスペックを競い合うライバル同士でもあった。 パーティーの最中、基城は原因不明の体調不良に襲われ、第二性がアルファからオメガに転化したと告げられる。 オメガになったことで、優生に馬鹿にされるかと思えば、何故かプロポーズを申し込まれてしまい──!?

(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依
BL
 名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。  一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。  青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。 《届かぬ調べに、心が響き合い》 https://estar.jp/novels/26414089 https://blove.jp/novel/265056/ https://www.neopage.com/book/32111833029792800 (ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)

さよならの向こう側

よんど
BL
【お知らせ】 今作に番外編を加えて大幅に加筆修正したものをJ庭58で販売しました。此方の本編を直す予定は御座いません。 BOOTH https://yonsanbooth-444.booth.pm/items/7436395 ''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

処理中です...