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本編

02.見合いに挑みましょう

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 ラ・トゥール家。
当主の爵位は伯爵位とそう高くないものの、近年は何かと話題に上ることの多い家だ。
しかし、二十年と少し前までは、よくある中位貴族の一つだった。
それが変わったきっかけは、今の当主が若かりし頃、一人の娘と恋に落ちたことにある。
今の当主である若君も鳶が鷹を生んだと言われるほど優秀な美丈夫だったが、その恋が世間を騒がせたのは娘の方に理由があった。
その娘は精霊王と人間の女性との間に生まれた一人娘だったのだ。
この精霊王と人間の女性の紆余曲折も長編恋愛物語を書けるほどだったが、ラ・トゥール家の若君と精霊王の一人娘が納まる所に納まるまでも、それはもう色々とあったらしい。
当時の王太子であった現国王や、精霊王の一人娘の友人であった現王妃も騒動に関わったと聞いている。
クロエがまだ幼かった頃の出来事だが、未だに語りぐさになっていることからも当時の混乱ぶりが分かろうというものだ。
今回、クロエに持ちかけられた縁談は、そのラ・トゥール家の現当主と精霊王の一人娘の間に生まれた三男。
精霊王の孫にあたる少年だ。
そして、ここ数年のラ・トゥール家にまつわる噂の渦中にいる人物でもある。
この縁談を大変うさんくさく厄介だと思っているクロエは、見合い当日も騎士の正装を着て一人で向かうつもりだったが、王妃から早々に両親へ根回しされてしまった。
父は行き遅れの長女に降ってわいた一回り近く年下の少年との縁談をクロエと同様うさんくさいと思っているようだが、他の家族の反応は違った。
特に女性陣、母を筆頭に兄嫁、弟嫁、嫁いだはずの妹まで王都の屋敷に勢揃いし、クロエをよってたかって飾り付ける為に口出ししたのである。
「お義姉様ねえさまには、こちらの緑のドレスが似合うのではありません?」
「似合っていても深緑はおばさんみたいだわ。こちらの水色のドレスの方がよくないかしら?」
「差し色が淡いから、そこまでおばさんに見えないわよ、母様」
「えぇ。お義姉様の魅力をうんと引き立てるには、こちらの緑のドレスですわ」
弟嫁にはともかく、年下とはいえ兄嫁にまで『お義姉様』呼びされているが、いつものことだ。
クロエは差し出された濃い緑のドレスに目を向け、うなずいた。
「ドレスはそれでいいわ。装飾品はそちらの銀細工の一式、靴はこの前新調したそれ。他の細かい所は任せるけど、華美にならないように」
一通りをさっさと決め侍女に命じ終えたクロエが振り返ると、母たちは不完全燃焼といった様子でむくれていた。
「もっとあれこれ比べて見ても良いのではないかしら?」
母が代表して文句を言ってくる。
クロエは肩をすくめて答えた。
「お断りしに行くのに、気合いを入れ過ぎる必要はないわ。ドレス選びはさせてあげたのだからいいでしょう?」
クロエも着飾るのは嫌いではないが、いい年して未婚だと着る物も神経を使う。
特に母が暴走するとお嬢さんお嬢さんした格好にさせられるので、自分でさっさと決めるに限るのだ。
「お断りって、そう決めつけなくても……」
ねぇ、と言い合う母と妹たち。
彼女たちはこの縁談に前向きなのだ。
目眩を覚えたクロエは、はぁっとため息を吐いた。
「嫁のもらい手がないからといって九つも下の婿をもらったりしたら、指さしてわらわれるわ」
「あら。そんなことはありませんわ。お義姉様」
「そうですわ、お義姉様。少なくともお義姉様のことを知っている人なら笑ったりなど致しません」
「そうそう。それに姉様がきっかけになって、年下夫が流行するかもしれないじゃない」
きゃらきゃらと微笑みながら暢気なことを言う妹たちに、クロエはもう一度、大きなため息を吐いた。
「あなたたちの意見は、所詮身内の欲目だからね。世間はそれほど甘くはないの」
母や妹たちの周りの貴婦人方は、王妃の覚えもめでたく筆頭女性騎士を努めるクロエに好意的だ。
そこでなら、受け入れられることもあるかもしれない。
しかし、世間全体からすればそれはごく一部でしかないのだ。
兄と弟はそれを知っているが、クロエが結婚する最後の機会なのだから世間と違っても有りではないか、と妻を諫めないので頭が痛い。
父はほぼクロエと同意見だが、領地経営の才はあっても権力には弱い人なので、国王と王妃が押し進めている縁談だからと破談には及び腰だ。
断るなら自力で、と当主として情けないことを告げてきた。
(明日の見合いは父様と母様も一緒だけど、背中から撃たれることを覚悟しておくべきね)
侍女に目配せして母妹たちを部屋から追い出し、にぶく痛む米噛をもみながら、クロエは長椅子にぐったりともたれかかった。


そして翌日。見合いは王家所有の王都の外れにある離宮で行われた。
表向きは王妃主催の個人的なお茶会だ。
王妃の長年の友人であるラ・トゥール伯爵夫人の家族と、王妃の懐刀とされている女性騎士ブランセルの家族を呼んで公務で溜まった精神的な疲れを吹き飛ばす、という名目だそうだ。
(王妃陛下が突然、突飛なことをなさるのはよくあることだから、いきなり個人的なお茶会を開くと言ってもたいして注目されないのは有難いわね)
その突然の思いつきの被害に何度かあっているクロエは、馬車の窓から離宮の門を見上げ、皮肉げに口元をゆがめた。
それを見咎めた向かいの席に座る母から叱咤が飛ぶ。
「クロエ、そんな人生に疲れきった官吏みたいな顔をしないの」
「えぇ。気をつけるわ」
軽く答えたクロエは、淑女らしい微笑みを浮かべる。
(あとはキビキビ動き過ぎないで、柔らかい物言いを心がける、と)
意識して気をつけていないと、騎士らしく雄々しい振る舞いになってしまう。
縁談が壊れるのは望むところだが、悪評を振りまきたいわけでもないのだ。
馬車は離宮の停車場へ停まった。
出迎えた侍従によれば、茶会は中庭で行われるらしい。
案内の侍従の後に着いて中庭へと向かう。
どうやら、主催の国王夫妻だけではなく、ラ・トゥール家の人たちも先に着いていたようだ。
「ブランセル子爵ご夫妻ならびにご令嬢がお着きになりました」
この年になってまでご令嬢と呼ばれるのは恥ずかしいが、こうした場では他に呼び名がない。
今日は騎士として招待されたわけではないからだ。
諦め半分、恥ずかしさ半分の気持ちを押し込め、クロエは優雅に見えるよう淑女の礼をする。
「わたしのお茶会へようこそ。歓迎するわ」
王妃がにっこりと笑い、クロエたちに席を勧める。
「失礼致しま……」
クロエは促されるまま席に着こうとして、固まった。
向かいの席に座る少年に目を奪われる。
白皙はくせきの美少年、だった。
肌は透けるように白いが、薔薇色に染まった頬が不健康さを微塵も感じなくさせている。
さらさらの亜麻色の髪は耳の下で切り揃えられており、長いまつげに縁取られた瞳は薄藍。陽の光を受けてきらきらと輝く様はまるで宝石のようだ。
ふっくらとした唇も形よく、自然な薄紅色をしていた。
年の頃は十二、三に見える、まごうことなき美少年だった。
これほどまでの美少年は、二十五年の人生の中でお目にかかったことがない。
陳腐な表現しか出来ないが、天使が舞い降りたのかと思った。
中腰のままぽかんと口を開けて見入るクロエに、少年は頬を一層赤く染め、上目遣いの潤んだ瞳で見返してくる。
意図せず見つめ合うこと数瞬。
もじもじと恥じらう様子を見せた少年は、決意を込めるように小さく「よし」とつぶやくと、キリッと表情を引き締め、言った。
「クロエ・ブランセル様! ぼ、僕と結婚してくだひゃい!」
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