ぴるぴる小動物系夫の守り方

駒元いずみ

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本編

03.事情を聞きましょう

「は?」
紹介もなく、いきなり求婚をされたクロエは、面食らって目を瞬かせた。
あまりに驚き過ぎて、美少年の呪縛から解き放たれる。
とりあえず椅子に座り、主催である王妃に助けを求める視線を向けた。
王妃もあっけにとられた顔をしていたが、隣に座る国王に肘でつつかれて慌てて場を繕い出す。
「あ、あら。リュカってば焦り過ぎよ!」
「本当にねぇ。憧れのクロエさんにお会い出来たからって、空回りし過ぎよねぇ。まだきちんとご挨拶も紹介もしていないっていうのに」
王妃の向かいに座る優しげな女性が、ころころと笑う。
「すっ、すみません……」
顔を真っ赤にした少年が肩をすぼめ、うつむいた。
髪の隙間からのぞく滑らかな耳まで赤く染まっていた。
大変庇護欲をそそる少年の様子に、クロエはごくりと唾を飲み込む。
ふるいつきたくなるほどの激情を起こさせる何かを、少年は持っていた。
そっと抱き寄せ、優しく慰めてあげたい。
それは母性と呼ぶには、多分にやましいものを含む感情だった。
ぴくりと、自身の右手が少年に伸びそうになる。
「ブランセル嬢、息子が失礼をした」
王妃の斜め向かいに座る苦み走った男性が堅い表情で頭を下げてきた。
(!? 私は何を!)
はっと気づいたクロエは、ぎゅっと拳を握りしめる。
短く切りそろえた爪が手の平に食い込む。
その痛みでいくらか正気が戻ってきた。
クロエは静かに深呼吸し、なんとか余裕のある笑みを浮かべる。
「いえ。大丈夫です」
何が大丈夫なのかはクロエ自身にも分からないが、とりあえずそう答え、そっと少年から視線をそらした。
まだ内心動揺が収まらない。
今の状態のまま少年を直視してはまずいと判断する。
微妙な空気が流れるなか、王妃がわざとらしく咳払いをした。
「えーと、ともかく紹介するわね。こちらブランセル子爵夫妻と長女のクロエ。そちらがラ・トゥール伯爵夫妻と三男のリュカよ」
大雑把な紹介だが、今はとにかく場が保てば良い。
共通理解の元、お互いの家族が会釈し合い、他愛ない雑談が始まる。
その間に美少年――リュカも会話に加わらないまでも相づちを打つまでに気持ちを建て直したようだ。
しばし穏やかな時間が流れた後、口火を切ったのはクロエの父だった。
父もリュカを直視出来ないらしく、ちらりと一瞬目を向けてからラ・トゥール伯爵へ問いかけた。
「その、失礼ですが、ご子息はもうすぐ十六歳になられると伺っていたのですが……」
その問いにクロエもはっとする。
リュカの魔性の美少年ぶりに混乱していたが、彼はどう見ても十六歳には見えない。
今年入った見習い騎士たちと同い年とは思えないほど、全体的に幼く見える。
座っているので正しい身長は分からないが、女性の平均身長ほどのクロエより拳一つ分ほど小さいのではないだろうか。
(見習いたちが騎士学校を卒業するまでにガタイが良くなるのは当たり前だけど、この子は声変わりもまだよね)
つるりとした頬は、髭の剃り跡どころか白粉おしろいをはたいているわけでもないだろうに、毛穴すら見つからない瑞々しく張りのある肌。
対するクロエは仕事柄外を駆けずり回ることが多く、今朝も侍女に肌の不調を嘆かれながら支度したことを思い出し、完全に負けた気分になる。
(いえ、そもそも比べようと思うこと自体、おこがましいのかしら)
クロエもリュカをちらっと見てから、ラ・トゥール伯爵へ視線を向ける。
伯爵はクロエたちの意図を汲み取り「疑問に思われるのもごもっともです」とうなずくと、難しい顔で続けた。
「リュカはまだ幼体なのです」
「「「幼体……」」」
クロエと両親は揃って目を瞬かせた。
どういうことか、と視線で問う。
すると、今まで黙っていたリュカが声を上げた。
「あのっ」
皆の視線がリュカに一斉に集まり、ラ・トゥール伯爵夫妻以外が一瞬で目をそらした。
若干目が潤んでいるリュカの様は、目に毒という表現がぴったりだった。
見慣れているからか動揺のない伯爵がどうしたのかと尋ねる。
リュカはクロエの方をじっと見つめて答えた。
「ク、クロエ様には僕から説明したいです」
「……ふむ、ブランセル嬢、息子からの説明で構いませんか?」
普通はこうした場で父親を差し置いて子が出しゃばることはない。
本人同士の見合いであってもだ。
しかし、ラ・トゥール伯爵が三男坊に甘いのか、王妃主催とはいえ私的な茶会という名目だからか、彼は息子に話の主導権を譲るようだ。
騎士として参加し意見を求められたのなら自らの意志で答えるところだが、今日はブランセル子爵家の令嬢として完璧に振る舞うと心がけている。
クロエは一応、父にちらりと視線を向けた。
父がうなずくのを見て、伯爵に微笑みを返す。
「えぇ。構いません」
「ありがとうございます。……リュカ」
伯爵の視線を追ってそろそろとリュカを見ると、薔薇色の頬をぷっくりと膨らませ、恨みがましい目で伯爵のことを見ていた。
伯爵は呆れ顔で息を吐き、クロエたちに目礼した。
「申し訳ない。この息子は精霊の性質を多分に引き継いでいて、少々自分の欲に正直過ぎるきらいがあります。この辺りは成体になれば収まるだろうと精霊王が言っていましたが……。ブランセル嬢が私に微笑みかけたことが気に入らなかったようです」
「父様! 僕が説明しようとしてたんですよ!」
ますます頬を膨らませるリュカ。
怪しい色香が押さえられ、駄々っ子の印象が強くなる。
リュカを直視出来るようになったクロエは、なるほどとうなずいた。
「お祖父様の血が強く出たということですか。人としては成人する年であっても、精霊としてはまだ子供だと」
「せ、精霊は成体になる前の数年は成長しないので、僕もそうだろうと言われています! 十二歳の頃から姿は変わっていないですが、この一、二年の内には成体になるはずです! あ、あと見た目の成長具合と人や精霊に好かれやすいのを除けば、他はほとんど人に近いので! そこまで子供じゃないです!」
ぷすぴっ、と擬音が付きそうな勢いでリュカが憤慨する。
しかし、リュカを見る皆の視線は生暖かい。
本人の自覚は薄いようだが、やはりリュカは人としての年齢より幾分も幼いようだ。
見た目よりも幼いかも知れない。
「結婚と先ほどリュカ様はおっしゃいましたが、成体になられてから年のつり合うご令嬢となさった方がよろしいのではありませんか?」
令嬢らしく振る舞うつもりが、リュカの幼さに毒気を抜かれてつい率直な意見を口にしてしまった。
クロエの言葉を聞いた途端、リュカは傷ついたような表情を浮かべ、目もうるうると潤ってくる。
(うっ)
とてつもなくひどいことを言った気分になり、クロエは顔を強張らせた。
口には出さないが、クロエの両親まで非難がましい目でクロエのことを見てくる。
反射的に謝りそうになったが、ぐっと踏みとどまった。
多少嫌みっぽいことは言ったが、率直な意見である。
今でもこの美少年ぶりなのだ。
成体となればとてつもない美青年になるだろう。
女性の結婚適齢期は十代の内だが、男性の適齢期は二十代後半まで。
まだたっぷりと時間はある。
何も今焦って九つも上の女に婿入りしなくとも良いではないか。
令嬢の仮面が剥がれたクロエは開き直り、泰然とリュカの答えを待った。
「ぼ、僕は結婚するならクロエ様がいいです!」
「何故、私なのですか?」
クロエの記憶では、リュカとは初対面のはずだ。
ここまで頑固に主張されるような心当たりはなかった。
リュカはクロエの問いかけに、恥ずかしげに頬を染めて答える。
「一昨年、僕が道で絡まれている所をクロエ様に助けて頂きました」
「…………人違いでは?」
クロエは記憶を漁るが、まったく思い出せなかった。
街で絡まれている人を助けることなどよくあることだが、これほどの美少年を助けて覚えていないのもおかしい。
クロエはうろんげな目線をリュカに向ける。
リュカはふるふると首を横に振った。
「そんな! 僕はクロエ様のことをよく覚えています! 人違いなんてあり得ません!」
「しかし、私はあなたのことを覚えていません」
クロエがきっぱりと言い切ると、リュカははっと何かに気づいたようだ。
「ぼ、僕はその時、外套がいとうのフードをかぶっていたので。それでクロエ様は僕の顔を覚えてないのだと思います!」
「はぁ。まぁ、それなら私が顔を覚えていないことも説明はつきますが……。絡まれている人を助けるのは騎士として当然のことですし。私は特別なことはしていなかったはずです」
特別な何かがあったなら、さすがに覚えている。
助けただけで結婚したいと思うのは、安直過ぎやしないだろうか。
ますます疑わしい目になるクロエに、リュカは焦ったように言い募る。
「その時は名前も存じ上げなかったのですが、凛々しいクロエ様に僕は憧れを抱きました。でも僕は年下ですし、きっとこれほど素敵な方なら結婚されているだろうと思って、誰にも言わず想いを胸に秘めていたんです。でも今回結婚しなくてはならなくなって、あの時の女性騎士様以外の相手は思い浮かばなくて……。両親に特徴を伝えた所、それはクロエ様だろうと。独身でいらっしゃると聞いて、王妃様を通じて結婚を申し込ませて頂いたんです!」
二十代で未婚の女性などほとんどいないと暗に言われ、クロエの頬が引きつる。
リュカに悪気はなさそうだが、悪気がないからと言って言われた方が傷つかないわけではないのだ。
それにリュカは『結婚しなくてはならなくなった』と言った。
これが今回の縁談の肝だろう。
聞き流すには重大過ぎる一言だ。
潤んだ瞳に上目遣いの上気した顔をしたリュカは、再び魔性の色気を漂わせ始めている。
うっかり気を抜くとぽうっと魅了されそうになるが、テーブルの下で太股をつねってなんとか正気を保ち、クロエはリュカを見据えた。
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