偽りの僕を君は求めて

くれと

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見えない彼を想う

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俺は君島俊輔。

二十五歳。社会人三年目。

今日は休日だ。

ベッドの中で目が覚めたことに気づき、瞼を開ける。

外はもう明るいようで、カーテンの隙間からは光が差し込んでいる。

時刻は午前十一時。昨夜は仕事に疲れて"いつもの日課"もできずに二十一時には寝てしまった。大分寝てしまっていたようだ。

寝すぎたせいか頭が痛い。早くベッドから出なければ。そう思っていてもベッドから出る気にはなれず、俺は自らの体温で温められたベッドの中で微睡んでいた。

気怠い体と寝ぼけた頭でも、考えてしまうのは彼のことだった。

Tという大学生。彼は知り合ってからというものの俺と会いたいと言い続けている。顔や住所もしきりに知りたがる。俺はその度にはぐらかしているが、それでも彼はやり取りを止めなかった。

彼はそういった界隈の中では大分優しい部類ではないだろうか。

普通はいつまでも出会えなければ早々に諦めて次を探すものだ。出会い目的の人間は特定の人間には固執しない。ヤれれば誰でもいい、性的な欲求を満たせればいいのだ。思うように出会えない場合は冷たい言葉を投げかけたりもするだろう。

だが、彼はそんなことはしなかった。やり取りは続いているし、酷い言葉をかけられることもなかった。俺は彼の体だけではなく、そんな優しいところにもどこかで気づき惹かれていたのかもしれない。

昨日はいつもの日課である画像の見せ合いはしていない。だが、先程の「できずに」という表現は違っている。起きていられる時も最近はその日課をしていないことも多い。

彼のことばかりが頭を埋め尽くし、彼に送られてきた文字を脳内で音声化して繰り返し再生しては彼のことを想っていた。

他の誰かのことは気にもならない。TMは日に日に何件も溜まってはいくが、それには返す気にもならず彼のことばかりを考えていた。

彼とは会ったこともない。顔も知らない。

ある日、ていっターのアカウントが無くなったらそれだけで切れてしまうような薄っぺらい関係。

それなのに、俺はもう彼なしでは生きていけないようだ。

このやり取りをずっと続けていきたい。彼に会えなくてもいい。彼の優しさに触れることさえできれば、体に触れあえなくても構わない。

こんなことはおかしいとわかっている。頭ではおかしい、ばかげていると思っているのに自分の気持ちを抑えることができないでいる。

でも、彼がいくら優しいといってもそんな関係になることは求めてはいないだろう。そこだけは他の有象無象の者達と変わらず、彼もまた出会いを求めている。結局は、肉体的な接触を求めているのだ。

もし、彼に自分の想いを伝えたら、彼はどうするだろうか。

このやり取りが終わってしまうことは想像に難くない。

でも、そんなのは嫌だ。彼の優しさに触れることができなくなれば俺はきっと生きていくことはできないのだろう。

実際には彼とのやり取りが途絶えたところで俺は生き続けていくのだが、生き続けていかなければならないという表現の方が正しいのかもしれない。日々を生きていくための希望とかそういったものを失って、気力を失った状態でそれでも尚生きていかなければならないのだから。

人はどれだけ悲しいことがあってもそれだけで命が果てることはない。

だから、彼が俺の日々からいなくなってしまっても俺は生きていかなければならない。どれだけ悲しくても辛くても、俺の命は尽きることなく意思に反して続いていく。

そんなことを思うと、自分の想いを伝えるということが怖くて仕方がない。

俺はどうしたらいいのだろうか。

別に、俺は彼と会いたくないというわけではない。むしろ、会いたいのだと思う。

彼と会うことが憚られるのは、自信がないからじゃない。俺が自らの素性を偽っていることが理由だ。

俺は二十五歳で社会人だ。学生でもないし、アラサーに突入しもう若いとも言ってはいられないようないい歳だ。

それをニ十歳の大学生と偽っているのだ。

実際に会えばそれほど若くはないということはわかってしまう。上手く誤魔化せたとしても雰囲気とかそういったものでバレてしまう。俺は中性的な顔立ちをしていてかわいいと言われることも多く実際の年齢よりも多少は若く見えることもあるかもしれないが、社会人として働いて生きている以上、学生を名乗るのは無理がある。立ち振る舞いだとか言葉遣いだとか、そういった部分はどうしても素の部分が出てしまうものだ。

素性を偽った状態で彼と会っても、がっかりされて終わりだろう。俺を冷ややかな目で見つめる彼の姿が目に浮かぶ。

俺が素性を偽ってていっターを始めたのは単純に若い方が人気になれるからだ。

年齢を重ねても魅力的な人は多いかもしれない。でも世間ではDKブランドという言葉もあるように、やはり若い方が好まれる。特に"この界隈"では若い男は特に人気だ。三十代を超えると相手にされないということもよく聞く話だ。

それに俺は誰とも会うつもりなんてなかったのだ。会わなければ素性がバレることもないから大した問題ではない。そう思って特に何も考えずにプロフィールの年齢を偽っていた。

そのことがこんな風に影響してくるなんて思ってもみなかった。今更ながら後悔している。

だが、年齢を偽っていない状態で彼は俺に興味を抱いてくれていただろうか。二十五歳の社会人での俺を、彼は同じように求めてくれるのだろうか。

そう思うと、どうあっても俺は彼と一緒にいることはできないということを突き付けられるような、現実を思い知らされるようなそんな気分になる。もっと自分が生まれるのが遅かったらとか、そんなどうしようもないことさえ考えてしまう。

なんで俺はこんな思いをしているのだろうか。いい歳をして何をしているのだろう。

もう子供という年齢でもないのに、泣きそうになってくるようで情けなくなってくる。

こんな気持ちになるのなら、彼とは繋がるべきではなかった。

でも、今の俺はとても彼なしでは生きてはいけない。いつの間にかそれほどに彼の優しさを求めていたのだ。

もう後には引けない。

時刻は午後一時。

ベッドから出た俺は夜を待たずに「しゅんや」になって彼への返信を打った。
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