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二章
第五話
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ヴィンセント港の目抜き通りに面した「喫茶・サフィール」。
落ち着いた木目調の店内には、挽きたてのコーヒー豆の芳醇な香りと、港を行き交う人々の喧騒を遠くに置いたような静寂が流れている。
その窓際の席で、リリィは対面に座る人物――聖教会の審問官カシアンに向かって、熱弁を振るっていた。
その手元には、前回食べ損ねた『特製完熟ベリーと濃厚バニラのパフェ』が、宝石のような輝きを放って鎮座している。
「……というわけで! 誠実な旦那様が、公金の横領なんて汚い真似をするはずがないとお嬢様がおっしゃいまして!」
リリィは話しながらもパフェ攻略に取り掛かっていた。銀のスプーンを差し入れ、きめ細かく泡立てられた純白の生クリームを掬い上げた。口に運べば、上質なミルクのコクがふんわりと溶け出し、リリィの頬が自然と緩む。
カシアンは優雅にカップを口に運び、細められた瞳に微かな笑みを浮かべて合いの手を入れた。
「お嬢様というと、領主様の一人娘――セレナ・ド・ラ・ヴァリエール伯爵令嬢のことかしら?」
「そうです! 私はセレナお嬢様の専属メイドなんですよ。普段はちょっと……いえ、かなりアレですけど、ドレスを着れば社交界の薔薇って言われるくらい、とっても美しい方なんです」
リリィは次に、真っ赤に熟した大粒のイチゴを口に入れる。果実の弾けるような甘酸っぱさと、官能的な香りが鼻へ抜ける。
「そのお嬢様が、誰かが旦那様に罪をなすりつけたに違いないと……。
それを聞いたヴィクターさんが、私に自警団への潜入調査を命じたんです」
「ヴィクターさんっていうのは、確か執事さんだったわね」
カシアンが記憶を紐解くようにつぶやくと、リリィは冷たく引き締まったバニラアイスに、温かくとろけるようなチョコソースをたっぷりと絡めながら、待っていましたとばかりに胸を張った。
「そうです、ヴィクター・グレイ。ヴァリエール家の筆頭執事さんなんです。仕事は完璧、頭脳明晰。容姿まで整っていて……」
「グレイ……。家名があるということは、男爵家のご出身かしら?」
「ええ、確か次男だから出稼ぎに出されたって言っていました。お兄さんとお姉さん、下には弟さんも二人いるそうですよ」
「まあ、随分詳しいのね」
カシアンが感心したように眉を上げると、リリィはスプーンを口にしたまま、とろけるようなアイスの温度感に目を細めて、声を潜めた。
「そりゃあ、あのルックスですからね。不愛想ですけど超イケメンなので、屋敷のメイドたちの間では噂が尽きないんです。まあ、その正体はドSなんですけどね!」
リリィの愚痴混じりの報告に、カシアンは楽しげにくすくすと笑った。
「うふふ、なるほど。それであなたは自警団本部の前で、あの『口髭』をつけてウロウロしていた訳ね」
「はい! 美少女探偵リリィ、爆誕の瞬間です!
カシアンさんに頂いた情報から、私は王都から来た監査官様こそが旦那様に罪を着せた真犯人だと、華麗に見破ったのです!」
リリィは、香ばしく焼き上げられたサクサクのパイ生地をクリームにディップして、軽快な音を立ててかじった。しかし、カシアンの次の言葉で動きがピタリと止まる。
「あら、その『美少女探偵』は、推理を披露する前に喫茶店の代金を払わずに飛び出していっちゃったんじゃなかったかしら?」
リリィの喉が「ングッ」と鳴った。彼女は慌ててスプーンを置き、深く頭を下げる。
「ううっ、本当に、本当にすみませんでした! 今日こそは、オネエさんの分も合わせてきっちり飲食代をお支払いしますので、どうか許してください!」
「うふふ、冗談よ。そんなに畏まらないで。それで、その後はどうなったの?」
「それが……監査官様の後を追ったんですが、既に街を出発した後で、。半日も差をつけられていたんです」
リリィは顔を上げ、少し溶けかけたベリーのシャーベットを惜しそうに口へ運んで、悔しそうに唇を噛んだ。
「あら、それはタイミングが悪かったわね」
「はい。でも、お嬢様の知り合いのケインさんに依頼して、馬を飛ばして追いかけてもらったんです」
「ケインさん? 冒険者かしら」
「そうです! 冒険者パーティー『常勝の剣』のリーダーで、Bランクの凄腕さんです。
お嬢様は、普段はアレですけど、社交界の薔薇ですから、交流も広いんですよ」
リリィは、底の方から現れた、甘さ控えめのワインゼリーのぷるんとした食感に驚きつつ、誇らしげに語った。
カシアンは「交流が広いというより、類は友を呼ぶのかしらね」と心の中で苦笑した。
「それで、そのケインさんの報告では、監査官様は街道の森で魔物に襲われて亡くなっていたそうなんです……」
「あら……。それは困ったわね。唯一の糸口が消えて、領主様の無罪を立証するのが難しくなっちゃったじゃない」
カシアンが同情の色を見せると、リリィはグラスの底に残った最後のソースまで丁寧にすくい取り、机に身を乗り出して鼻息を荒くした。
「そうなんです! 普通ならここで詰みです! しかし、この美少女探偵の閃きから、事件には別の黒幕がいることが分かったんです!」
「どういうこと? 監査官が犯人じゃなかったの?」
「えーと、それはですね……セレナお嬢様の受け売りなんですけど」
リリィは、パフェの余韻が残る口元をナプキンで拭い、人差し指を立てた。
「監査官が魔物に襲われた際、荷物は無事だったのに、肝心の大金を持っていなかったのはおかしいと。つまり、この街の中に横領したお金を預かるか、換金できる『共犯者』がいたはずだっておっしゃってました」
「なるほど。死人に口なしと思われたけれど、金の流れから共犯者に行き着いたのね。……なかなかやるわね、そのお嬢様と執事さん」
カシアンは感心したようにうなずき、試すような視線をリリィに向けた。
「それで? 誰が共犯だったか分かったのかしら?」
「えっ。……えーと、自慢じゃありませんが、まったく全然、これっぽっちも見当もつきません!」
「……本当に誇れないわね、まあいいわ。もう一杯コーヒーをご馳走してくれたら、ヒントをあげる」
リリィの目が輝いた。
「ええっ! オネエさんは共犯者がわかっちゃったんですか!? 凄いです、天才です!」
「褒めてもタダじゃ教えないわよ。それに、全体像が見えてきただけで、私にもまだ確かな証拠があるわけじゃないし」
リリィはすぐさま店員を呼び、コーヒーを追加注文した。
「あの、今のパフェ、もう一回おかわり……!」と言いかけたが、流石に財布の厚みを思い出してグッと堪えた。
「ヒントでいいです! 何か、何か下さい!」
カシアンは新しく届いたコーヒーの香りを深く吸い込み、窓の外を流れる雲を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「わかったわ。そうね……。領主様が拘束されて、今回もっとも得をしたのは誰かしら?」
「ふぇ!?……それだけ、ですか?」
カシアンはカップを手に取り、ゆっくり口に運び、口をつけるとうなずく。
「ええ。あなたのところの、優秀な執事さんなら、これだけで充分なはずよ」
「……分かりました! ヴィクターさんに伝えてきます!」
リリィは空になったグラスに名残惜しそうに一瞥をくれ、テーブルに伝票を置き去りにしたまま、またしても旋風のように店を飛び出していった。
◇
数十分後、ヴァリエール邸。
息を切らして戻ったリリィの報告を聞き、ヴィクターは窓際で静かに眼鏡を押し上げた。
「……カシアン氏が、そんな事を」
ソファでふんぞり返っていたセレナが、苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「ヒントなんて出すくらいなら、その審問官はとっくに犯人が分かってんだろ。なんですぐに捕まえに行かねえんだよ」
「おそらく、決定的な証拠がないのでしょう。聖教会の審問官といえど、この地で軽率に動けば政治的な摩擦を招きます」
「つまり犯人は、聖教会の審問官すら慎重になるような立場の人間ってことだよな」
セレナの言葉に、ヴィクターが冷徹な声で同意する。
「旦那様には、確かに政敵は少なくありません。しかし、このヴァリエール港領は王国の流通の要です。旦那様が拘束されたことで起こる市場の停滞は、多くの商人や貴族にとって本来なら痛手のはず。……その上で、現状を維持しつつ利益を得られる人間となると、候補はかなり絞り込まれてきます」
「回りくどいな、ヴィクター! はっきり言えよ。……バルトロ叔父上だろ。一番怪しいのは」
セレナが挙げた名――バルトロ・ド・ラ・ヴァリエール。
領主ロランの弟であり、昔から放蕩三昧が目立つ男だ。兄のような知性もカリスマ性もないが、権力への執着心だけは人一倍強く、常に兄の座を羨んでいた。
「その通りです。バルトロ様は旦那様の拘束直後、領主代行の座に就き、ヴァリエール港領の実権をその手に収めました。現在、この混乱で最も『得』をした人物を挙げるなら、彼を置いて他にいないでしょう」
「だけどよ、叔父上と監査官がつるんでた証拠は何もねえんだろ?」
「ええ。繋がりを証明するものは、現時点では皆無です」
セレナはガリガリと頭をかくと、獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。
「こうなったら、代行官邸に殴り込んで無理やり吐かせるしかねえな。アタシの拳で全部ゲロらせてやるぜ」
「そんな蛮行、できるはずがないでしょう。令嬢の自覚を持ってください」
「じゃあどうしろって言うんだよ! 指をくわえて叔父上のデカい面を見てろってのか!?」
二人が火花を散らす中、リリィがひょいと二人の間に割って入った。
「ふふふ。美少女探偵の出番ですね!
パフェで糖分を補給して、今の私の脳細胞はフル回転ですよ! 私がササッと情報を収集してきます!」
「……調子に乗るなよ、食い逃げ探偵。今度ヘマしたら、その鼻の下に消えない髭を墨で書いてやるからな」
セレナの呆れ声が響く中、リリィは意気揚々と作戦を練り始める。
ヴァリエール家の逆襲は、まだ始まったばかりだった。
落ち着いた木目調の店内には、挽きたてのコーヒー豆の芳醇な香りと、港を行き交う人々の喧騒を遠くに置いたような静寂が流れている。
その窓際の席で、リリィは対面に座る人物――聖教会の審問官カシアンに向かって、熱弁を振るっていた。
その手元には、前回食べ損ねた『特製完熟ベリーと濃厚バニラのパフェ』が、宝石のような輝きを放って鎮座している。
「……というわけで! 誠実な旦那様が、公金の横領なんて汚い真似をするはずがないとお嬢様がおっしゃいまして!」
リリィは話しながらもパフェ攻略に取り掛かっていた。銀のスプーンを差し入れ、きめ細かく泡立てられた純白の生クリームを掬い上げた。口に運べば、上質なミルクのコクがふんわりと溶け出し、リリィの頬が自然と緩む。
カシアンは優雅にカップを口に運び、細められた瞳に微かな笑みを浮かべて合いの手を入れた。
「お嬢様というと、領主様の一人娘――セレナ・ド・ラ・ヴァリエール伯爵令嬢のことかしら?」
「そうです! 私はセレナお嬢様の専属メイドなんですよ。普段はちょっと……いえ、かなりアレですけど、ドレスを着れば社交界の薔薇って言われるくらい、とっても美しい方なんです」
リリィは次に、真っ赤に熟した大粒のイチゴを口に入れる。果実の弾けるような甘酸っぱさと、官能的な香りが鼻へ抜ける。
「そのお嬢様が、誰かが旦那様に罪をなすりつけたに違いないと……。
それを聞いたヴィクターさんが、私に自警団への潜入調査を命じたんです」
「ヴィクターさんっていうのは、確か執事さんだったわね」
カシアンが記憶を紐解くようにつぶやくと、リリィは冷たく引き締まったバニラアイスに、温かくとろけるようなチョコソースをたっぷりと絡めながら、待っていましたとばかりに胸を張った。
「そうです、ヴィクター・グレイ。ヴァリエール家の筆頭執事さんなんです。仕事は完璧、頭脳明晰。容姿まで整っていて……」
「グレイ……。家名があるということは、男爵家のご出身かしら?」
「ええ、確か次男だから出稼ぎに出されたって言っていました。お兄さんとお姉さん、下には弟さんも二人いるそうですよ」
「まあ、随分詳しいのね」
カシアンが感心したように眉を上げると、リリィはスプーンを口にしたまま、とろけるようなアイスの温度感に目を細めて、声を潜めた。
「そりゃあ、あのルックスですからね。不愛想ですけど超イケメンなので、屋敷のメイドたちの間では噂が尽きないんです。まあ、その正体はドSなんですけどね!」
リリィの愚痴混じりの報告に、カシアンは楽しげにくすくすと笑った。
「うふふ、なるほど。それであなたは自警団本部の前で、あの『口髭』をつけてウロウロしていた訳ね」
「はい! 美少女探偵リリィ、爆誕の瞬間です!
カシアンさんに頂いた情報から、私は王都から来た監査官様こそが旦那様に罪を着せた真犯人だと、華麗に見破ったのです!」
リリィは、香ばしく焼き上げられたサクサクのパイ生地をクリームにディップして、軽快な音を立ててかじった。しかし、カシアンの次の言葉で動きがピタリと止まる。
「あら、その『美少女探偵』は、推理を披露する前に喫茶店の代金を払わずに飛び出していっちゃったんじゃなかったかしら?」
リリィの喉が「ングッ」と鳴った。彼女は慌ててスプーンを置き、深く頭を下げる。
「ううっ、本当に、本当にすみませんでした! 今日こそは、オネエさんの分も合わせてきっちり飲食代をお支払いしますので、どうか許してください!」
「うふふ、冗談よ。そんなに畏まらないで。それで、その後はどうなったの?」
「それが……監査官様の後を追ったんですが、既に街を出発した後で、。半日も差をつけられていたんです」
リリィは顔を上げ、少し溶けかけたベリーのシャーベットを惜しそうに口へ運んで、悔しそうに唇を噛んだ。
「あら、それはタイミングが悪かったわね」
「はい。でも、お嬢様の知り合いのケインさんに依頼して、馬を飛ばして追いかけてもらったんです」
「ケインさん? 冒険者かしら」
「そうです! 冒険者パーティー『常勝の剣』のリーダーで、Bランクの凄腕さんです。
お嬢様は、普段はアレですけど、社交界の薔薇ですから、交流も広いんですよ」
リリィは、底の方から現れた、甘さ控えめのワインゼリーのぷるんとした食感に驚きつつ、誇らしげに語った。
カシアンは「交流が広いというより、類は友を呼ぶのかしらね」と心の中で苦笑した。
「それで、そのケインさんの報告では、監査官様は街道の森で魔物に襲われて亡くなっていたそうなんです……」
「あら……。それは困ったわね。唯一の糸口が消えて、領主様の無罪を立証するのが難しくなっちゃったじゃない」
カシアンが同情の色を見せると、リリィはグラスの底に残った最後のソースまで丁寧にすくい取り、机に身を乗り出して鼻息を荒くした。
「そうなんです! 普通ならここで詰みです! しかし、この美少女探偵の閃きから、事件には別の黒幕がいることが分かったんです!」
「どういうこと? 監査官が犯人じゃなかったの?」
「えーと、それはですね……セレナお嬢様の受け売りなんですけど」
リリィは、パフェの余韻が残る口元をナプキンで拭い、人差し指を立てた。
「監査官が魔物に襲われた際、荷物は無事だったのに、肝心の大金を持っていなかったのはおかしいと。つまり、この街の中に横領したお金を預かるか、換金できる『共犯者』がいたはずだっておっしゃってました」
「なるほど。死人に口なしと思われたけれど、金の流れから共犯者に行き着いたのね。……なかなかやるわね、そのお嬢様と執事さん」
カシアンは感心したようにうなずき、試すような視線をリリィに向けた。
「それで? 誰が共犯だったか分かったのかしら?」
「えっ。……えーと、自慢じゃありませんが、まったく全然、これっぽっちも見当もつきません!」
「……本当に誇れないわね、まあいいわ。もう一杯コーヒーをご馳走してくれたら、ヒントをあげる」
リリィの目が輝いた。
「ええっ! オネエさんは共犯者がわかっちゃったんですか!? 凄いです、天才です!」
「褒めてもタダじゃ教えないわよ。それに、全体像が見えてきただけで、私にもまだ確かな証拠があるわけじゃないし」
リリィはすぐさま店員を呼び、コーヒーを追加注文した。
「あの、今のパフェ、もう一回おかわり……!」と言いかけたが、流石に財布の厚みを思い出してグッと堪えた。
「ヒントでいいです! 何か、何か下さい!」
カシアンは新しく届いたコーヒーの香りを深く吸い込み、窓の外を流れる雲を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「わかったわ。そうね……。領主様が拘束されて、今回もっとも得をしたのは誰かしら?」
「ふぇ!?……それだけ、ですか?」
カシアンはカップを手に取り、ゆっくり口に運び、口をつけるとうなずく。
「ええ。あなたのところの、優秀な執事さんなら、これだけで充分なはずよ」
「……分かりました! ヴィクターさんに伝えてきます!」
リリィは空になったグラスに名残惜しそうに一瞥をくれ、テーブルに伝票を置き去りにしたまま、またしても旋風のように店を飛び出していった。
◇
数十分後、ヴァリエール邸。
息を切らして戻ったリリィの報告を聞き、ヴィクターは窓際で静かに眼鏡を押し上げた。
「……カシアン氏が、そんな事を」
ソファでふんぞり返っていたセレナが、苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「ヒントなんて出すくらいなら、その審問官はとっくに犯人が分かってんだろ。なんですぐに捕まえに行かねえんだよ」
「おそらく、決定的な証拠がないのでしょう。聖教会の審問官といえど、この地で軽率に動けば政治的な摩擦を招きます」
「つまり犯人は、聖教会の審問官すら慎重になるような立場の人間ってことだよな」
セレナの言葉に、ヴィクターが冷徹な声で同意する。
「旦那様には、確かに政敵は少なくありません。しかし、このヴァリエール港領は王国の流通の要です。旦那様が拘束されたことで起こる市場の停滞は、多くの商人や貴族にとって本来なら痛手のはず。……その上で、現状を維持しつつ利益を得られる人間となると、候補はかなり絞り込まれてきます」
「回りくどいな、ヴィクター! はっきり言えよ。……バルトロ叔父上だろ。一番怪しいのは」
セレナが挙げた名――バルトロ・ド・ラ・ヴァリエール。
領主ロランの弟であり、昔から放蕩三昧が目立つ男だ。兄のような知性もカリスマ性もないが、権力への執着心だけは人一倍強く、常に兄の座を羨んでいた。
「その通りです。バルトロ様は旦那様の拘束直後、領主代行の座に就き、ヴァリエール港領の実権をその手に収めました。現在、この混乱で最も『得』をした人物を挙げるなら、彼を置いて他にいないでしょう」
「だけどよ、叔父上と監査官がつるんでた証拠は何もねえんだろ?」
「ええ。繋がりを証明するものは、現時点では皆無です」
セレナはガリガリと頭をかくと、獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。
「こうなったら、代行官邸に殴り込んで無理やり吐かせるしかねえな。アタシの拳で全部ゲロらせてやるぜ」
「そんな蛮行、できるはずがないでしょう。令嬢の自覚を持ってください」
「じゃあどうしろって言うんだよ! 指をくわえて叔父上のデカい面を見てろってのか!?」
二人が火花を散らす中、リリィがひょいと二人の間に割って入った。
「ふふふ。美少女探偵の出番ですね!
パフェで糖分を補給して、今の私の脳細胞はフル回転ですよ! 私がササッと情報を収集してきます!」
「……調子に乗るなよ、食い逃げ探偵。今度ヘマしたら、その鼻の下に消えない髭を墨で書いてやるからな」
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