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Ⅷ 試験+試験-試験×試験÷試験=それは人生の波状攻撃!
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テストのときほど教室が広々と感じることはない。それは埋められない解答欄の数に比例して拡大してゆく。つまり頭蓋と脳味噌の間に生じる空隙に比例するわけ。わたしは遠のく天井を見つめつつ、解答用紙に並んだ設問を諳んじる。もうすぐ終了時間だというのに解答欄はまだ半分も埋まっていない。決して不勉強のせいじゃない。わからない設問の大半は教科書や参考書で暗記した覚えがある。思い出せないのは……、そう、風邪による体調不良のせいだ。
昨夜はとうとう一睡もできなかった。
体温を計ったら三八度。何度か寝返りを打った挙句、眠れずに参考書片手に考え込んだ。寝る前に読書をすると、すぐに寝付けるということは経験上よく知っている。でも活字なんて頭に入らない。眠らなければという焦りが頭の中を独占していた。結局、朝方ウトウトしただけ。
「おや、テスト前日に徹夜でお勉強? 一夜漬けが通じるほど甘かあないわよ。そのことはあんただってよく知ってるくせに」
わたしの冴えない顔を見て、涼子が遠慮ないツッコミを入れてくる。それにしてもこの娘、なんか今回に限って、やけに自信があるような。いつもは神様にでも縋るような絶望的な醜態を晒しているくせに。
「風邪ひいて体調悪いんだ。だから」
「風邪? こんな大事なときにうつさないでよ。なんなら保健室で受けたら?」
なんて友達がいのないやつ。こんなときだからこそ励ましてくれてもよさそうなものを。
まあ、多かれ少なかれ、これがクラス全員の総意なのだろう。テストとなれば皆がライバル。これこそ進学校の厳しい現実。反対の立場なら、わたしも皆と同様の感想を持つだろう。
醜態は鼻水だけではなかった。さてはて埋まらない解答欄になんて書き込もうか? せめて選択問題だけでもやっとこ。勘で当たるかも。菅原道真のご加護があらんことを……。
思わず口から欠伸が漏れた。残り時間はあと十分。このまま解答用紙を提出すれば、テスト勉強のための早退という、あの不名誉な噂は立ち消えとなるだろう。でもここ数か月間の学習成果が代償となるのだ。どう考えても分の悪い取引だった。
■■■
「ねえ、テスト、どうだった?」
訊かれるまでもない。京子、あんたといい勝負。同類相哀れもうではないか。
「昨日の事、噂になってるよ。早退してテスト勉強かって」
やっぱり、つまらないことばかり気にして……。
他人の点数が気になるのは、相対評価による生徒VS生徒の図式が成立しているからだ。教師は生徒同士を争わせて高みの見物を決め込んでいる。教師VS生徒の図式が成立する絶対評価なら、設問者の設定したハードルを跳び越えるだけ。他人の点数なんて気にする必要ないんだけど。いっそのこと、皆で示し合わせて零点取ったら面白いんだろうなぁ。相対評価では成績の付けようがない。現代教育の矛盾を突く鋭い企画なんだけど。ハハッ、誰も乗らないか。
「瀬名さんも早退したんだ? やっぱテスト勉強かなぁ」
「涼子、他人のことはいいから少しは自分のこと心配したら? あんた、今度赤点取ると危ないんでしょ?」
「なんとかね。その危険性は回避できたと思うんだ」
いつもはテストの結果に無頓着な彼女だが、やはり留年は怖いらしい。思い詰めた顔して解答の成否をわたしに尋ねてきた。困ったな。教えてほしいのはむしろわたしの方なのに。しょうがない、誰かに教えてもらおうか。そうだ、瀬名さんに……。
ちょっと顔を合わせるのが辛い気がする。万引きしたというカエルの縫いぐるみが、二人の間に気まずい雰囲気を醸成した。今日もまだ一言も口を利いていない。でも他に勉強のできる人といったら、なぜかわたしと余り気の合わない人ばかりで。涼子も同様に余り話さない人ばかりだ。
やっぱここは瀬名さんに頼もうか。そう思って周囲を見渡すと、どこへ行ったのか、彼女の姿は見当たらない。
長身で目立つ人だけに、教室にいればすぐに目に付くのに。
「もう帰ったよ。病院に行くとか言ってたけど」
彼女の隣の席の美奈子が、わたしにそう教えてくれた。
病院? ちょっとばかり引っかかる。宿痾でも患っているんだろうか? 昔の深窓の令嬢みたいに……、まさかね。
「真に受けることないよ。きっとテスト勉強の口実なんだから」
そうだろか? あの人、そんな稚拙な言い訳するとは思えないけど。そのことを涼子に話すと、彼女、いきなりわたしの背中を強く叩いた。
「あんたは偉い! なんの言い訳もせずに堂々と早退しちゃうんだから」
だからそれは誤解だって。
やはりガリ勉と思われるのには抵抗がある。おまけにテストの成績が悪いとくりゃ、ほんと救いようがない。でもあえて抗弁はしないけど。事実を言ったところで誰も耳を貸さないし。ポカポカ陽気に誘われて、なんてこのゆとりのない世界では言い訳にもならない。
「まあ、やることはやったんだから、こうなったら腹括ってさぁ。結果を待つしかないよ」
涼子君、過程を自慢したってさぁ、誰も褒めちゃくれないよ。
要は結果がすべてなんだから。
言葉にならない言葉、たぶんそれはため息だ。
なんか、わたしつまらないこと考えてる。そんな理屈で人生を割り切ってしまえるほど、器用な生き方していないのに。
過程を楽しむゆとりが欲しい。今は嫌いな勉強だって、あるいは好きになれるかもしれない。趣味のように取り組める学問って、とてもラッキーなことだと思う。そんな幸運な出会いを期待するには、まず受験という桎梏から解き放たれることが必要だ。義務と強制があたら才能を駄目にする。偉い学者が子供の頃は劣等生、なんてよく耳にする言葉だ。無理やり覚えさせられるのは四則の計算と読み書きだけで沢山だ。あとは風の向くまま気の向くまま。個人の興味の赴くところに新しい発見がある。教科書に記載された知識の多くは、そんな自儘な過程を経て生まれたように思えるのだ
昨夜はとうとう一睡もできなかった。
体温を計ったら三八度。何度か寝返りを打った挙句、眠れずに参考書片手に考え込んだ。寝る前に読書をすると、すぐに寝付けるということは経験上よく知っている。でも活字なんて頭に入らない。眠らなければという焦りが頭の中を独占していた。結局、朝方ウトウトしただけ。
「おや、テスト前日に徹夜でお勉強? 一夜漬けが通じるほど甘かあないわよ。そのことはあんただってよく知ってるくせに」
わたしの冴えない顔を見て、涼子が遠慮ないツッコミを入れてくる。それにしてもこの娘、なんか今回に限って、やけに自信があるような。いつもは神様にでも縋るような絶望的な醜態を晒しているくせに。
「風邪ひいて体調悪いんだ。だから」
「風邪? こんな大事なときにうつさないでよ。なんなら保健室で受けたら?」
なんて友達がいのないやつ。こんなときだからこそ励ましてくれてもよさそうなものを。
まあ、多かれ少なかれ、これがクラス全員の総意なのだろう。テストとなれば皆がライバル。これこそ進学校の厳しい現実。反対の立場なら、わたしも皆と同様の感想を持つだろう。
醜態は鼻水だけではなかった。さてはて埋まらない解答欄になんて書き込もうか? せめて選択問題だけでもやっとこ。勘で当たるかも。菅原道真のご加護があらんことを……。
思わず口から欠伸が漏れた。残り時間はあと十分。このまま解答用紙を提出すれば、テスト勉強のための早退という、あの不名誉な噂は立ち消えとなるだろう。でもここ数か月間の学習成果が代償となるのだ。どう考えても分の悪い取引だった。
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「ねえ、テスト、どうだった?」
訊かれるまでもない。京子、あんたといい勝負。同類相哀れもうではないか。
「昨日の事、噂になってるよ。早退してテスト勉強かって」
やっぱり、つまらないことばかり気にして……。
他人の点数が気になるのは、相対評価による生徒VS生徒の図式が成立しているからだ。教師は生徒同士を争わせて高みの見物を決め込んでいる。教師VS生徒の図式が成立する絶対評価なら、設問者の設定したハードルを跳び越えるだけ。他人の点数なんて気にする必要ないんだけど。いっそのこと、皆で示し合わせて零点取ったら面白いんだろうなぁ。相対評価では成績の付けようがない。現代教育の矛盾を突く鋭い企画なんだけど。ハハッ、誰も乗らないか。
「瀬名さんも早退したんだ? やっぱテスト勉強かなぁ」
「涼子、他人のことはいいから少しは自分のこと心配したら? あんた、今度赤点取ると危ないんでしょ?」
「なんとかね。その危険性は回避できたと思うんだ」
いつもはテストの結果に無頓着な彼女だが、やはり留年は怖いらしい。思い詰めた顔して解答の成否をわたしに尋ねてきた。困ったな。教えてほしいのはむしろわたしの方なのに。しょうがない、誰かに教えてもらおうか。そうだ、瀬名さんに……。
ちょっと顔を合わせるのが辛い気がする。万引きしたというカエルの縫いぐるみが、二人の間に気まずい雰囲気を醸成した。今日もまだ一言も口を利いていない。でも他に勉強のできる人といったら、なぜかわたしと余り気の合わない人ばかりで。涼子も同様に余り話さない人ばかりだ。
やっぱここは瀬名さんに頼もうか。そう思って周囲を見渡すと、どこへ行ったのか、彼女の姿は見当たらない。
長身で目立つ人だけに、教室にいればすぐに目に付くのに。
「もう帰ったよ。病院に行くとか言ってたけど」
彼女の隣の席の美奈子が、わたしにそう教えてくれた。
病院? ちょっとばかり引っかかる。宿痾でも患っているんだろうか? 昔の深窓の令嬢みたいに……、まさかね。
「真に受けることないよ。きっとテスト勉強の口実なんだから」
そうだろか? あの人、そんな稚拙な言い訳するとは思えないけど。そのことを涼子に話すと、彼女、いきなりわたしの背中を強く叩いた。
「あんたは偉い! なんの言い訳もせずに堂々と早退しちゃうんだから」
だからそれは誤解だって。
やはりガリ勉と思われるのには抵抗がある。おまけにテストの成績が悪いとくりゃ、ほんと救いようがない。でもあえて抗弁はしないけど。事実を言ったところで誰も耳を貸さないし。ポカポカ陽気に誘われて、なんてこのゆとりのない世界では言い訳にもならない。
「まあ、やることはやったんだから、こうなったら腹括ってさぁ。結果を待つしかないよ」
涼子君、過程を自慢したってさぁ、誰も褒めちゃくれないよ。
要は結果がすべてなんだから。
言葉にならない言葉、たぶんそれはため息だ。
なんか、わたしつまらないこと考えてる。そんな理屈で人生を割り切ってしまえるほど、器用な生き方していないのに。
過程を楽しむゆとりが欲しい。今は嫌いな勉強だって、あるいは好きになれるかもしれない。趣味のように取り組める学問って、とてもラッキーなことだと思う。そんな幸運な出会いを期待するには、まず受験という桎梏から解き放たれることが必要だ。義務と強制があたら才能を駄目にする。偉い学者が子供の頃は劣等生、なんてよく耳にする言葉だ。無理やり覚えさせられるのは四則の計算と読み書きだけで沢山だ。あとは風の向くまま気の向くまま。個人の興味の赴くところに新しい発見がある。教科書に記載された知識の多くは、そんな自儘な過程を経て生まれたように思えるのだ
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