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2章:寵姫になるために
寵姫になるために 7-2
しおりを挟む――どのくらい、時間が経っただろうか。
ふと、エルヴィスが顔を窓へ向ける。
「……来ましたか?」
「……いや、……これは……」
襲撃か、とアナベルも警戒するように窓の外を見る。すると――馬に乗っている人が、ひらひらと手を振ったのが見えた。
(――あ、陛下の護衛の……)
ホッとしたように息を吐いた。そして、ひらりと手を振った。
「護衛の方と一緒だったのね」
「パトリックは私のほう、レナルドは別の馬車の様子を見に行っている。すべて手筈通りだ」
満足げにうなずくエルヴィスに、アナベルは眉を下げた。
それに気付いたエルヴィスが「どうした?」と問う。すると、アナベルは緩やかに首を左右に振り、
「なんでもないの。安心しちゃって……。やっぱり少し、怖かったから」
踊っていた時の高揚感は、馬車に揺られているうちにしぼんでいった。だからこそ、アナベルは心底安堵したのだ。どうやら襲撃の危険はないようだ、と。
「旅芸人の一座で各地を巡っていたけれど、魔物や盗賊……山賊? ってあんまり出会わなかったから……。戦い慣れてないのよね……」
「……そうか。……それは、こちらの配慮が足りなかった」
アナベルは慌てたようにエルヴィスの手を握り、彼と視線を合わせた。
「……そんなことないわ」
そう口にしたと同時に、馬車が止まった。
どうやら目的地についたらしい。馬車の扉が開き、エルヴィスは先に降りてアナベルに手を差し伸べる。
彼の手を取り、馬車から降りたアナベルは、眼前に広がる光景に「わぁ……」と小さな声を上げた。
「素敵な場所ですね」
「今日から住む宮殿だよ、ベル」
アナベルの目の前にはとても広い宮殿。そして、その宮殿で働いているであろう人たちがずらりと並んで、宮殿の主を迎えるために立っていた。
「初めまして、アナベル様。デュナン公爵からの依頼で、家庭教師を引き受けたロマーヌ・クレマンス・カルメと申します」
アナベルへ対してカーテシーをすると、アナベルはハッとしたように顔を上げて、
「あ、えっと。あたしはアナベルと申します。今日からよろしくお願いいたします」
とカーテシーをした。
(――あら?)
しん、と静まり返った……と、思ったら、すぐにロマーヌが姿勢を正して小さくうなずく。
「はい、よろしくお願いいたします。綺麗なカーテシーですね。誰からか習ったのですか?」
「え、と、はい。少し……」
旅芸人の一座に入ったばかりの頃、練習ばかりだと大変でしょ? というミシェルの一言で『お姫様ごっこ』をしていたのだ。
「――では、その話は夕食を食べながらにしましょう。陛下、陛下の分も用意いたしました」
「ああ、では頂こうか」
エルヴィスの声に皆嬉しそうに微笑んで、是非! と力強く言う。アナベルは戸惑いながらも、宮殿へと足を進めた。
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