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4章:寵姫 アナベル
寵姫 アナベル 3-1
しおりを挟む馬車に揺れていること数十分。目的の場所場でついたようだ。
馬車の扉が開き、パトリックが手を差し出す。
アナベルはその手を取って馬車を降りた。
「……ここは……?」
「王都にある孤児院のひとつです」
「王都には、そんなに孤児院がありますの?」
「ええまあ……。とりあえず、中へ入ってみましょう」
そう言ってパトリックはアナベルをエスコートした。
エスコートしている時には顔を赤らめないパトリックに、仕事とプライベートのオンオフでこんなにも表情に違いが出るものかと内心驚いたアナベルであった。
「あら、あら、これはパトリック様。ご機嫌麗しゅうございます」
子どもたちは庭先で遊んでいた。みんな笑顔で楽しそうだ。子どもの眩しい笑顔を見ていると、ひとりの年配の女性が話し掛けてきた。
「アナベル様、彼女はこの孤児院の院長のミレー夫人。ミレー夫人、こちらはエルヴィス陛下の寵姫、アナベル様です」
「エルヴィス陛下の……? まあ、それは、号外の新聞で書かれていたことは、本当でしたのね……!」
目をキラキラと輝かせながら、彼女はアナベルを見た。
なぜ自分がそんなに輝いた目を向けられるのかわからなかったアナベルだが、にこっと微笑んだ。
「お初にお目にかかります、アナベル・ロラ・アンリオと申します」
すっとカーテシーをすると、ミレー夫人もカーテシーをしてくれた。そこで、おや? とアナベルは少し目を見開く。そのカーテシーは、カルメ伯爵夫人を思わせる優雅さと気品があったからだ。
「ようこそ、ミレー孤児院へ、寵姫アナベル様のご来訪を、心より歓迎いたします」
「ミレー夫人はカルメ伯爵夫人の伯母なんですよ」
「まあ、そうでしたの。カルメ伯爵夫人には、いつもお世話になっております」
カルメ伯爵夫人の親戚に会うとは思っていなかったので、アナベルは心底驚いた。だが、それを顔に出さずに顎の近くで指を合わせて微笑む。
そして、ふと彼女が気になることを言っていたことを思い出す。
「あの、号外の新聞とは……?」
「エルヴィス陛下が自ら寵姫を迎えられた、と。その女性はとても美しいと書かれておりましたの」
見せましょうか? と聞いて来たので、アナベルは首を横に振った。
そして、ミレー夫人に案内されて、孤児院の中へと入る。
お茶を淹れてもらい、「どうぞ」と勧められたので、こくりと一口飲んだ。
「……それで、どうして寵姫がこのような場所へ?」
怪訝そうなミレー夫人に、アナベルはちらりとパトリックを見る。
パトリックは小さくうなずいた。
――この人は信用しても大丈夫、というように。
「実はわたくし、慈善活動をしたいのです」
「……え?」
その言葉は意外だったのか、ミレー夫人は目を大きく見開いた。
「……わたくし……孤児だったのです。住んでいた村が焼かれて……家族も、村人たちも全員……」
話しているうちに涙が出てきそうになった。アナベルはハンカチを取り出すと、そっと目元を拭う。
「――孤児になったわたくしですが、幸いにもクレマン座長が率いる旅芸人の一座に拾われました。そこで、様々なことを学びました」
生きる術のほとんどは、そこで養ったと言っても過言ではない。
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