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さんしょう!
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聖女ミアとヘイヴン伯爵が荷物運搬用の大八車で運ばれていく様は、アリーの過去9回の断頭台の記憶をちょっとだけ慰めてくれた。
しかしあの女がこのまま大人しく引き下がるとは、どうしても思えない。
<魔法って、永久的に続くものじゃないから……。自然4属性の精霊や、闇の使徒、光の天使たちは、魔法の使役者の体内にある魔力を代償に働いてくれる。つまりずっと魅了を続けたければ、ずっと魔力を吸い取られ続けるということ。さすがのミアでも、これぞと思った相手にしかかけられない>
それについては、過去9回の記憶が証明していた。
オランドリア王国にはたくさんの貴族がいるが、ミアのお眼鏡にかなう素晴らしい容姿、文句のつけようがない身分、十分な資産まで兼ね備える若い男性となると、ぐっと数が絞られてくる。
魅了魔法は難易度云々の話ではなく、神のいとし子──聖女だからこそ使える荒業。無尽蔵の魔力を持つミアであっても、おいそれと無駄打ちできるようなものではない。
<やっぱり、マクシミリアンに過去の記憶を打ち明けるべきだろうか。わたしが公爵令嬢アリーシアで、彼に9回も処刑された婚約者であることは伏せて……>
スティラを寝かしつけるまでの一連の流れをてきぱきとやりながら、アリーは頭の片隅でずっと悩み続けていた。
傍観者になると心に決めて、今だってそうでありたいと思っているけれど。過去9回の人生とはまるっきり別人のようになったマクシミリアンたちを、心の奥底で許しかけている自分がいる。
<魅了魔法の解除方法はわからないけど、筋肉特戦隊たちと頭を突き合わせて考えたら、何らかの突破口が開けるかも。うん、やっぱりそうしよう!>
愛するスティラが、アリーの口から紡ぎ出される楽しい物語を聞きながら夢の世界に入っていく。
スティラの健やかな寝息を確認して、アリーは意気揚々と立ち上がった──はずだったのに、直後に目に飛び込んできたのは絨毯の鮮やかな模様で。「え」と思ったと同時に、心臓に鋭い刃物を突き立てられたような痛みが襲ってきた。
<う、ぐは……っ!>
アリーは両手で胸を押さえて身体を丸めた。《ご主人!》《アリー!》という叫び声が脳内に直接届く。
たっくんの鋭い鉤爪が目の前に降りてくる。黒点からアベルが飛び出して来るのが見えた。
脳内で走馬灯がくるくる回るほどの激烈な痛みが、来たときと同じく唐突に去って行く。アベルの長い腕で抱え起こされながら、アリーは盛大に首をひねった。
《大丈夫ですか、アリー》
<ああ、うん、心配かけてごめんね。なんか一瞬、雷に打たれたみたいに心臓が痛くなって……。でももう大丈夫、おさまったよ>
《肝が冷えたぞ、ご主人》
スティラが一度寝付いたら滅多なことでは起きないお子様であることを感謝しつつ、アリーはアベルの肩を借りてソファへと移動した。
「わたし、過去の記憶をマクシミリアンに打ち明けようと思ったの。もちろん断罪されたアリーシアと今のわたしについては伏せて。お告げ的な感じで、聖女ミアのことを警告してあげようと……」
『その瞬間、痛みに襲われたんですね?』
ふわふわ浮いているアベルが口元に手を当てて、何かを考えるようにアリーを見下ろす。アリーはこくんとうなずいた。
『恐らく、それこそが『警告』です。上位存在……つまりは神と呼ばれるような者から発せられたのでしょう』
『神がご主人に、過去の記憶を話すなと警告したということか?』
たっくんがアリーの前にあるローテーブルに降下して、羽を畳んでアベルを見上げる。
アベルは難しい顔になってアリーとたっくんを交互に見た。
『これは私の推察ですが。アリーにとっては10回目となるこの人生で、アリーに与えられた役割は徹頭徹尾『傍観者』なのではないかと。私もこの世界の神に会ったことは無いので、確証は得られませんが……』
『つまり、ご主人が筋肉野郎どもに『正解』を与えてはいけないということか?』
『そうだと思います。異国の昔話に出てくる猿の、悪さをすると締め付けられる輪っか……アリーはあの猿のような問題児ではありませんが、過去の記憶を話されるのは問題あり……ということなのではないかと』
多少歯切れ悪くそう言って、アベルはアリーの胸の前に右手をかざした。
『うん、心臓の動きにはまったく問題はないですね。悪しき魔力が働いた様子もない。ただ、やはり私が干渉できないほど上位の存在が、一瞬だけ降りてきた残り香を感じます』
「その上位存在……神様って、わたしたちの味方なの? それともミアの味方なの?」
また面倒くさいことになった、と頭を抱えてアリーは尋ねた。
傍観者のままでいろ、などと上から目線で命令されるのは、たとえ相手が神様でも腹が立ってくる。
アベルは怜悧な美貌に、ちょっとどころではなく動揺したような表情を浮かべた。
『すみません、わかりません。わかりませんが、これまでの流れを考えると『こっち』寄りかなあと……。神は基本ベールに包まれてるんですが、この世界の神にアクセスする道筋を、魔界に帰って探してみます』
『ならば我は、常にご主人を守れるように修行しよう。死ぬ気で頑張れば、ポケットサイズにまで縮むことだってできるはず』
「アベル、たっくん……あなたたちいいヤツすぎるよ……っ!」
自分の意思で掴み取ったわけではなく、実は押し付けられていた『傍観者』の役割に盛大に戸惑いつつ、アリーは心の友たちの優しさに滂沱の涙を流した。
しかしあの女がこのまま大人しく引き下がるとは、どうしても思えない。
<魔法って、永久的に続くものじゃないから……。自然4属性の精霊や、闇の使徒、光の天使たちは、魔法の使役者の体内にある魔力を代償に働いてくれる。つまりずっと魅了を続けたければ、ずっと魔力を吸い取られ続けるということ。さすがのミアでも、これぞと思った相手にしかかけられない>
それについては、過去9回の記憶が証明していた。
オランドリア王国にはたくさんの貴族がいるが、ミアのお眼鏡にかなう素晴らしい容姿、文句のつけようがない身分、十分な資産まで兼ね備える若い男性となると、ぐっと数が絞られてくる。
魅了魔法は難易度云々の話ではなく、神のいとし子──聖女だからこそ使える荒業。無尽蔵の魔力を持つミアであっても、おいそれと無駄打ちできるようなものではない。
<やっぱり、マクシミリアンに過去の記憶を打ち明けるべきだろうか。わたしが公爵令嬢アリーシアで、彼に9回も処刑された婚約者であることは伏せて……>
スティラを寝かしつけるまでの一連の流れをてきぱきとやりながら、アリーは頭の片隅でずっと悩み続けていた。
傍観者になると心に決めて、今だってそうでありたいと思っているけれど。過去9回の人生とはまるっきり別人のようになったマクシミリアンたちを、心の奥底で許しかけている自分がいる。
<魅了魔法の解除方法はわからないけど、筋肉特戦隊たちと頭を突き合わせて考えたら、何らかの突破口が開けるかも。うん、やっぱりそうしよう!>
愛するスティラが、アリーの口から紡ぎ出される楽しい物語を聞きながら夢の世界に入っていく。
スティラの健やかな寝息を確認して、アリーは意気揚々と立ち上がった──はずだったのに、直後に目に飛び込んできたのは絨毯の鮮やかな模様で。「え」と思ったと同時に、心臓に鋭い刃物を突き立てられたような痛みが襲ってきた。
<う、ぐは……っ!>
アリーは両手で胸を押さえて身体を丸めた。《ご主人!》《アリー!》という叫び声が脳内に直接届く。
たっくんの鋭い鉤爪が目の前に降りてくる。黒点からアベルが飛び出して来るのが見えた。
脳内で走馬灯がくるくる回るほどの激烈な痛みが、来たときと同じく唐突に去って行く。アベルの長い腕で抱え起こされながら、アリーは盛大に首をひねった。
《大丈夫ですか、アリー》
<ああ、うん、心配かけてごめんね。なんか一瞬、雷に打たれたみたいに心臓が痛くなって……。でももう大丈夫、おさまったよ>
《肝が冷えたぞ、ご主人》
スティラが一度寝付いたら滅多なことでは起きないお子様であることを感謝しつつ、アリーはアベルの肩を借りてソファへと移動した。
「わたし、過去の記憶をマクシミリアンに打ち明けようと思ったの。もちろん断罪されたアリーシアと今のわたしについては伏せて。お告げ的な感じで、聖女ミアのことを警告してあげようと……」
『その瞬間、痛みに襲われたんですね?』
ふわふわ浮いているアベルが口元に手を当てて、何かを考えるようにアリーを見下ろす。アリーはこくんとうなずいた。
『恐らく、それこそが『警告』です。上位存在……つまりは神と呼ばれるような者から発せられたのでしょう』
『神がご主人に、過去の記憶を話すなと警告したということか?』
たっくんがアリーの前にあるローテーブルに降下して、羽を畳んでアベルを見上げる。
アベルは難しい顔になってアリーとたっくんを交互に見た。
『これは私の推察ですが。アリーにとっては10回目となるこの人生で、アリーに与えられた役割は徹頭徹尾『傍観者』なのではないかと。私もこの世界の神に会ったことは無いので、確証は得られませんが……』
『つまり、ご主人が筋肉野郎どもに『正解』を与えてはいけないということか?』
『そうだと思います。異国の昔話に出てくる猿の、悪さをすると締め付けられる輪っか……アリーはあの猿のような問題児ではありませんが、過去の記憶を話されるのは問題あり……ということなのではないかと』
多少歯切れ悪くそう言って、アベルはアリーの胸の前に右手をかざした。
『うん、心臓の動きにはまったく問題はないですね。悪しき魔力が働いた様子もない。ただ、やはり私が干渉できないほど上位の存在が、一瞬だけ降りてきた残り香を感じます』
「その上位存在……神様って、わたしたちの味方なの? それともミアの味方なの?」
また面倒くさいことになった、と頭を抱えてアリーは尋ねた。
傍観者のままでいろ、などと上から目線で命令されるのは、たとえ相手が神様でも腹が立ってくる。
アベルは怜悧な美貌に、ちょっとどころではなく動揺したような表情を浮かべた。
『すみません、わかりません。わかりませんが、これまでの流れを考えると『こっち』寄りかなあと……。神は基本ベールに包まれてるんですが、この世界の神にアクセスする道筋を、魔界に帰って探してみます』
『ならば我は、常にご主人を守れるように修行しよう。死ぬ気で頑張れば、ポケットサイズにまで縮むことだってできるはず』
「アベル、たっくん……あなたたちいいヤツすぎるよ……っ!」
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