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ろくしょう!
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何も見なかったことにして回れ右しようかと3秒くらい考えて、アリーは腹をくくった。別に密室で二人っきりというわけでもない。精霊もいるし闇の使徒もいるし、頼れる男たっくんもいる。
「どうなさいました、殿下」
「うむ。端的に言えば、山が恋しい。体力的にはまったく問題なかったが、精神が非常に摩耗した」
しゅうう、しゅううと謎の霧が発生して、きをつけの姿勢で寝ているマクシミリアンの体を包み込み始める。美麗な俺様モードが掻き消え、代わりに際限なく進化してしまった屈強な体が現れた。
「ものすごく頭痛がするのだ。側近どもから『殿下も早くお相手を決めたほうがいいですよ。側にいるだけで心が強くなるような、大切なことに気づかせてくれるような相手を』とドヤ顔で言われたせいかと思ったが、どうにも違うようだ」
もしかして聖女ミアの魅了魔法の影響だろうか、とアリーは背筋が寒くなった。いくら筋肉ガードがあると言っても、あれだけ至近距離で連発されたのだ。微量の影響を受けなかったとも言い切れない。
よく見れば精霊たちも死にかけの青鬼みたいに顔色が悪い。大舞踏会中は気張っていた喜寿(770歳)たちも、ここにきて一気に反動が出たのだろうか。
《あちらは心配しなくていいですよ。イベルはああ見えておばあちゃん子なので、必要なお世話はちゃんとできます》
《我の中で今、イベルの株が爆上がり中だ。残りのウからカのベル君たちも、基本的に好青年だな》
《そうですねえ、上司の仕込みがいいんでしょうねえ》
どんなときでも自分のペースを崩さないたっくんと黒点の声に励まされ、アリーはマクシミリアンが寝ているラグの上に膝をついた。
「殿下、鎮痛剤をご用意しましょうか? それとも治療院から治癒師を引っ張ってまいりますか?」
ああ、自分に光属性があればと、アリーはほぞを噛む思いだった。
改めて親友となったマリリンたちと体力増強に励み、自分にはさらに激しいトレーニングを課していたのに、結局光の天使は降りてきてくれなかった。
「薬は飲んだから大丈夫だ。もう少し休んで治まらないようなら、治癒師を呼ぶ。我儘をひとつ言っても許されるなら、アリーに『痛いの痛いの飛んでいけ』をしてほしいのだが……」
マクシミリアンがうつぶせのまま顔だけをずらして、濃い顔でちらっとアリーを見る。
アリーが思わず息を呑んだのは、他者を圧倒しまくる強靭な肉体から子どもっぽい言葉が飛び出したせいではない。
過去9回の人生で──特にダイジェスト版ではなかった1回目で──10年も婚約者をしていれば、甘い雰囲気だってなきにしもあらずで。
公爵令嬢アリーシアは基本的に、頼りない王太子のお尻を叩くことこそが自分の役目だと思っていたから、いつも厳しいことを言ってマクシミリアンに眉を顰められたりしていたんだけど。それでも「頭が痛い」とべそをかく彼の頭を撫で、痛いの痛いの飛んでいけをしてあげたことが、たしかにあった。
<どうしてだろう。過去を思い出しても、まったく胸が痛まない……>
この西翼に来てから、見た目はすっかり変わったのに中身に共通点があることをちょいちょい見せつけられ、そのたびにアリーの胸はじくじくと痛んでいたのに。
<うんまあ、目の前で具合の悪そうな姿を見せられちゃね。そんな場合でもないよね>
わかりました、とアリーはうなずいてみせた。マクシミリアンの目が見開かれる。おそらく断られるか、お給金倍増を要求されると思っていたのだろう。
意を決してマクシミリアンの額に手を伸ばす。かつてさらっとしていたそこは、ぬめっとしてべたっとしていた。あまりにも高温多湿すぎ、熱が出ていることが容易にわかる。
ここしばらくのワルツの鬼特訓、慣れない社交の場、不特定多数のご令嬢とのふれあい、そして聖女ミアの魅了魔法。
<いくら覇王のごとき見た目とはいえ人間だもんね……たまに忘れちゃうけど……。こうまで疲弊する要素がてんこもりなら、発熱したっておかしくはない>
その瞬間、アリーの中でカチッとスイッチが入った。病弱なジャンの成長を見守る中で形成された、お姉ちゃんスイッチだ。過去がどうこうとか、現状の身分差とか、未婚の淑女的にどうなのかとか、そういったあれこれが一気に雲散霧消する。
<お願いたっくん、ラドフェン公爵のところへ行ってきて、子飼いの治癒師を手配してくれるよう頼んで>
《了解した、ご主人》
アリーの胸元から、鷹のブローチがすっと消える。アリーはひとつ息を吸い込んで、マクシミリアンの耳元で囁いた。
「あの、殿下。膝枕いたしますので、ちょっと協力して頂いてよろしいですか」
「ひひひひひひひ、膝枕っ!?」
「痛いの痛いの飛んでいけは、そっちの方がよく効くんです。何なら眠って頂いても構いませんし」
アリーはうんせとマクシミリアンの頭を抱えようとした。もしかして頭の中までみっしり筋肉が詰まっているんだろうか、と思うほど重たい。
自分の腿をぽんぽんと叩いて、マクシミリアン自身にわずかな移動を願う。アリーに治癒魔法はないが、体調を崩しがちだったジャンは「アリーの手は魔法の手だ」とよく言っていた。撫でてもらうと、ものすごく体が楽になると。
「ででででは、失礼する……」
アリーの意思が固いことを見て取ったのか、マクシミリアンはおずおずと頭を動かし、アリーの太ももにそれを載せた。
ずっしりと重くて、髪質まで変わったのか短い銀髪がちくちくして。ジャンにするように「痛いの痛いの飛んでいけ」と優しく口にしながら、アリーは何度も手を動かした。
「どうなさいました、殿下」
「うむ。端的に言えば、山が恋しい。体力的にはまったく問題なかったが、精神が非常に摩耗した」
しゅうう、しゅううと謎の霧が発生して、きをつけの姿勢で寝ているマクシミリアンの体を包み込み始める。美麗な俺様モードが掻き消え、代わりに際限なく進化してしまった屈強な体が現れた。
「ものすごく頭痛がするのだ。側近どもから『殿下も早くお相手を決めたほうがいいですよ。側にいるだけで心が強くなるような、大切なことに気づかせてくれるような相手を』とドヤ顔で言われたせいかと思ったが、どうにも違うようだ」
もしかして聖女ミアの魅了魔法の影響だろうか、とアリーは背筋が寒くなった。いくら筋肉ガードがあると言っても、あれだけ至近距離で連発されたのだ。微量の影響を受けなかったとも言い切れない。
よく見れば精霊たちも死にかけの青鬼みたいに顔色が悪い。大舞踏会中は気張っていた喜寿(770歳)たちも、ここにきて一気に反動が出たのだろうか。
《あちらは心配しなくていいですよ。イベルはああ見えておばあちゃん子なので、必要なお世話はちゃんとできます》
《我の中で今、イベルの株が爆上がり中だ。残りのウからカのベル君たちも、基本的に好青年だな》
《そうですねえ、上司の仕込みがいいんでしょうねえ》
どんなときでも自分のペースを崩さないたっくんと黒点の声に励まされ、アリーはマクシミリアンが寝ているラグの上に膝をついた。
「殿下、鎮痛剤をご用意しましょうか? それとも治療院から治癒師を引っ張ってまいりますか?」
ああ、自分に光属性があればと、アリーはほぞを噛む思いだった。
改めて親友となったマリリンたちと体力増強に励み、自分にはさらに激しいトレーニングを課していたのに、結局光の天使は降りてきてくれなかった。
「薬は飲んだから大丈夫だ。もう少し休んで治まらないようなら、治癒師を呼ぶ。我儘をひとつ言っても許されるなら、アリーに『痛いの痛いの飛んでいけ』をしてほしいのだが……」
マクシミリアンがうつぶせのまま顔だけをずらして、濃い顔でちらっとアリーを見る。
アリーが思わず息を呑んだのは、他者を圧倒しまくる強靭な肉体から子どもっぽい言葉が飛び出したせいではない。
過去9回の人生で──特にダイジェスト版ではなかった1回目で──10年も婚約者をしていれば、甘い雰囲気だってなきにしもあらずで。
公爵令嬢アリーシアは基本的に、頼りない王太子のお尻を叩くことこそが自分の役目だと思っていたから、いつも厳しいことを言ってマクシミリアンに眉を顰められたりしていたんだけど。それでも「頭が痛い」とべそをかく彼の頭を撫で、痛いの痛いの飛んでいけをしてあげたことが、たしかにあった。
<どうしてだろう。過去を思い出しても、まったく胸が痛まない……>
この西翼に来てから、見た目はすっかり変わったのに中身に共通点があることをちょいちょい見せつけられ、そのたびにアリーの胸はじくじくと痛んでいたのに。
<うんまあ、目の前で具合の悪そうな姿を見せられちゃね。そんな場合でもないよね>
わかりました、とアリーはうなずいてみせた。マクシミリアンの目が見開かれる。おそらく断られるか、お給金倍増を要求されると思っていたのだろう。
意を決してマクシミリアンの額に手を伸ばす。かつてさらっとしていたそこは、ぬめっとしてべたっとしていた。あまりにも高温多湿すぎ、熱が出ていることが容易にわかる。
ここしばらくのワルツの鬼特訓、慣れない社交の場、不特定多数のご令嬢とのふれあい、そして聖女ミアの魅了魔法。
<いくら覇王のごとき見た目とはいえ人間だもんね……たまに忘れちゃうけど……。こうまで疲弊する要素がてんこもりなら、発熱したっておかしくはない>
その瞬間、アリーの中でカチッとスイッチが入った。病弱なジャンの成長を見守る中で形成された、お姉ちゃんスイッチだ。過去がどうこうとか、現状の身分差とか、未婚の淑女的にどうなのかとか、そういったあれこれが一気に雲散霧消する。
<お願いたっくん、ラドフェン公爵のところへ行ってきて、子飼いの治癒師を手配してくれるよう頼んで>
《了解した、ご主人》
アリーの胸元から、鷹のブローチがすっと消える。アリーはひとつ息を吸い込んで、マクシミリアンの耳元で囁いた。
「あの、殿下。膝枕いたしますので、ちょっと協力して頂いてよろしいですか」
「ひひひひひひひ、膝枕っ!?」
「痛いの痛いの飛んでいけは、そっちの方がよく効くんです。何なら眠って頂いても構いませんし」
アリーはうんせとマクシミリアンの頭を抱えようとした。もしかして頭の中までみっしり筋肉が詰まっているんだろうか、と思うほど重たい。
自分の腿をぽんぽんと叩いて、マクシミリアン自身にわずかな移動を願う。アリーに治癒魔法はないが、体調を崩しがちだったジャンは「アリーの手は魔法の手だ」とよく言っていた。撫でてもらうと、ものすごく体が楽になると。
「ででででは、失礼する……」
アリーの意思が固いことを見て取ったのか、マクシミリアンはおずおずと頭を動かし、アリーの太ももにそれを載せた。
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