『魔女のお姫様 ~数百年の孤独を埋めるのは、私が育てた「世界一可愛い女王陛下」だけでした~』

額田ハル

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第一章:魔女と幼き姫の邂逅・育成編

第3話「契約の代償」

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「私の『伴侶』としてふさわしく育て上げてやる」

ドミナの言葉が、死んだように静まり返った玉座の間に響き渡る。  
数秒の沈黙の後、我に返った国王アルノーが玉座から転げ落ちるように立ち上がった。

「ば、伴侶だと!? ふざけるな! 娘はまだ幼い! ましてや魔女の伴侶など!」

大臣たちも一斉に騒ぎ立てる。 

「そ、そうだ! 恐れ多くも王女を人質に取る気か!」 
「魔女め! 国を乗っ取るつもりだな!」

わあわあとわめく人間たちを見て、ドミナは心底うんざりしたように、ふぅ、とため息をついた。

「(ああ、うるさい。だから下等なのだ、人間は)」

彼女は冷え冷えとした真紅の瞳で、国王を射抜いた。

「勘違いするな、小国の王よ。私は『交渉』をしているのではない。『通告』をしているのだ」 

「なっ……!」 

「貴様らに選択肢は二つに一つ」

ドミナは指を一本立てる。

「一つ。私の提案を飲み、娘を私に預ける。そうすれば、私が宰相としてこの国を『完璧に』守護してやろう。大国も魔物も、二度と貴様らを脅かすことはない」

そして、二本目の指を立てた。

「二つ。私の提案を拒否する。私は今すぐこの場を去る。…そうなれば、どうなる?」

ドミナは楽しそうに目を細めた。

「明日の今頃、貴様らは大国の奴隷か、魔物の餌か。まあ、どちらにしろ地獄だがな」 

「ぐっ!」

アルノーは言葉に詰まる。 
ドミナの圧倒的な力を目の当たりにした今、それが脅しでも何でもない、ただの「事実」だと理解できてしまったからだ。

「た、宝でも領土でも! 望むものなら何でもやろう! だから…娘だけは……!」 

「いらんな」

ドミナは王の命乞いを一刀両断する。

「金も土地も、私にとっては無価値だ。私が欲しいのはただ一つ」

彼女は慈しむように、城の奥、アウレリアのいるであろう方向へ視線を向けた。

「あの銀髪の姫、アウレリアだけだ」

その瞳に宿る執着の色を見て、アルノーは悟った。この魔女は、本気だ。  
この国に現れたのも、力を示したのも、すべては最初からアウレリアただ一人のためなのだと。

「(ああ、神よ…なぜこのような試練を)」

国王は玉座の肘掛けにすがりつく。国か、娘か。  
どちらを選んでも、待っているのは絶望だ。 
だが。

「(…国を、選ばねば)」

王である以上、民を見捨てることはできない。  
娘一人を犠牲にして、万の民が救われるというのなら。

「一つ、尋ねたい」 

「何だ?」 

「娘を…アウレリアを、どこへ連れていくつもりだ? この国から奪っていくのか?」

ドミナは、その質問が心底意外だという顔をした。

「は? なぜそんな面倒なことを」 

「え?」 

「私は『宰相』になると言ったはずだが? 当然、この王宮に住まう。姫も王宮で育てるに決まっている」 

「……は?」 

「私が直々に教育を施す。それだけだ。なに、取って食おうというわけではない。
貴様は今まで通り、王として姫のそばにいればいい」

ドミナは「何を当たり前のことを」と肩をすくめる。  
彼女の目的は、アウレリアを「自分好みの伴侶」に育てること。
その成長過程を間近で愛でることこそが至上の喜びであり、わざわざ辺鄙へんぴな塔に連れ帰るつもりなど毛頭なかった。

「(そばに……いられる?)」

アルノーにとって、それは予想外の、あまりにも微かな光だった。 
娘と引き離されるわけではない。
ただ、その教育権と未来が、魔女に奪われるだけ。

「(だが、それしか道はない…!)」

アルノーは床に膝をつき、額をこすりつけた。  
王としてのプライドも、父親としての尊厳も、すべてかなぐり捨てて。

「…………わかった」 

「ほう?」 

「契約、しよう。我が娘、アウレリアを……貴女に預ける。その代わり、この国を、民を……救ってくれ……!」

血を吐くような国王の決断に、大臣たちが「陛下!」と悲鳴を上げる。  
それを聞き届け、ドミナは満足げに、そして冷ややかに微笑んだ。

「賢明な判断だ、小国の王よ。契約成立だ」

魔女ドミナ・アルカーナは、こうしてルクス王国の宰相となった。  
すべては、たった一人の少女を手に入れるために。
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