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第一章:魔女と幼き姫の邂逅・育成編
第5話「紫の魔女の教育方針」
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ドミナのルクス王国宰相就任、およびアウレリア姫の専属教育係としての生活が始まって、数日が経過した。王宮の者たちは、その異常な光景にただ息を飲むしかなかった。
「―――よって、ガルア帝国が五十年前に締結したこの条約は、ルクス王家にとって極めて不利。もし私が宰相でなかったならば、今頃この国は飲み干されていますね」
アウレリアの私室、いまやドミナの講義室で、ドミナは分厚い歴史書を読み解きながら、淡々と解説していた。
アウレリアはまだ幼い。
本来なら、こんな帝王学や政治情勢など、聞かされる年齢ではない。
「ドミナ様、すごーい! なんでも知ってるのね!」
だが、アウレリアは目をキラキラさせてドミナを見上げていた。
この数日で、アウレリアはドミナのことを「ドミナ様」と呼ぶようになり、母親代わりか、あるいはそれ以上に懐いていた。
「当然です。私はあなたを『私にふさわしい伴侶』に育てるのですから」
ドミナはアウレリアの銀髪を優しく撫でる。
その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのように繊細だ。
「アウレリアは賢い子です。私が教えることを、スポンジのように吸収していく。……本当に、愛らしい」
「えへへ! もっとお勉強する!」
ドミナに褒められるのが嬉しくて、アウレリアは難しい勉強にも喜んで食らいついていった。
帝王学、歴史学、魔法理論、兵法。
すべては、ドミナが「自分の隣に立つ伴侶」に必要だと判断した知識だった。
「(あれは本当に我が娘か?)」
その様子を、扉の隙間から国王アルノーが青ざめた顔で覗き見ていた。
アウレリアは本来、勉強よりも花や動物が好きな、おっとりとした子だったはずだ。
それが今や、あの魔女に褒められたい一心で、難解な書物を必死に読み漁っている。
「陛下…あれは、いささか…」
隣に控えていた古参の侍従が、不安げに呟く。
無理もない。ドミナの教育方針は、あまりにも「偏って」いたからだ。
「……アウレリア」
「はい、ドミナ様!」
「もし、あなた以外の者が私に触れようとしたら、どうすべきか教えましたね?」
「はい! 『ドミナ様は私のものだから、触らないで』って言います!」
「よろしい。もし、私以外の者があなたに触れようとしたら?」
「『私はドミナ様の伴侶だから、なれなれしくしないで』って言います!」
「満点ですよ、私の可愛いアウレリア」
ドミナは満面の笑み。
もちろんアウレリアにだけに向けられるもので、アウレリアを抱き上げた。
「(ひ、ひぃぃ…!)」
「(あれは教育などではない! 洗脳だ! 刷り込みだ…!)」
国王と侍従は恐怖に震える。
だが、ドミナの「異常性」はそれだけではなかった。
コンコン。
「ドミナ宰相閣下、姫様。お茶をお持ちいたしました」
侍女が緊張した面持ちで入室し、お茶を置こうとした。
その瞬間、侍女の指先が、ほんの少しアウレリアの腕に触れた。
「…………」
一瞬だった。部屋の温度が、物理的に数度下がった。
さっきまでアウレリアに向けていた優しい微笑みは消え、ドミナは氷のように冷たい真紅の瞳で、侍女を睨みつけた。
「(あ……あ…)」
侍女は、蛇に睨まれたカエルのように動けなくなる。
「今…何をしましたか?」
地を這うような低い声。
「あ、あ、いえ! これは、その、手が滑って!」
「私のアウレリアに、許可なく触れましたね?」
「ひぃっ! わ、わざとでは!」
「下がれ」
ドミナはそれ以上何も言わず、ただ冷たく命じた。侍女は「申し訳ございません!」と叫びながら、転がるように部屋を飛び出していく。
「ふう。…まったく、下等な」
ドミナが吐き捨てた、その時。
「…ドミナ様?」
アウレリアが、不安そうな顔でドミナの服の袖を引いた。
「(……!)」
ドミナは、ハッと我に返った。
そして、先ほどの冷徹な魔女が嘘だったかのように、一瞬で優しい表情に戻る。
「っ……いけません、アウレリア。あなたを怖がらせるところでした」
「……ううん。だいじょうぶ」
「いいえ。よくありません。今の侍女は、クビにしましょう」
「ええっ!? だめ!」
アウレリアは慌ててドミナにしがみつく。
「あの人、わるい人じゃないの! 私がよけなかったから……!」
「ですが、アウレリア。私以外の人間が、あなたに安易に触れるのは…」
「おねがい、ドミナ様。許してあげて?」
アウレリアが瑠璃色の瞳で潤んだように見上げると、ドミナは数秒間葛藤し…そして、大きくため息をついた。
「仕方がありませんね。アウレリアがそう言うのなら」
ドミナはアウレリアの頬を優しく撫でる。
「あなたの優しさは美徳です。ですが、あまり他人に情けをかけてはいけませんよ。……特に、私の前では」
「?」
ドミナの独占欲は、まだ幼いアウレリアには理解できなかった。
だが、国王と侍従には痛いほど伝わっていた。
「((アウレリア姫にだけは、絶対に逆らわない!!))」
この日、ルクス王宮において、「最強の魔女をコントロールできるのは、アウレリア姫の『お願い』だけ」という、新たな絶対ルールが確立された瞬間だった
「―――よって、ガルア帝国が五十年前に締結したこの条約は、ルクス王家にとって極めて不利。もし私が宰相でなかったならば、今頃この国は飲み干されていますね」
アウレリアの私室、いまやドミナの講義室で、ドミナは分厚い歴史書を読み解きながら、淡々と解説していた。
アウレリアはまだ幼い。
本来なら、こんな帝王学や政治情勢など、聞かされる年齢ではない。
「ドミナ様、すごーい! なんでも知ってるのね!」
だが、アウレリアは目をキラキラさせてドミナを見上げていた。
この数日で、アウレリアはドミナのことを「ドミナ様」と呼ぶようになり、母親代わりか、あるいはそれ以上に懐いていた。
「当然です。私はあなたを『私にふさわしい伴侶』に育てるのですから」
ドミナはアウレリアの銀髪を優しく撫でる。
その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのように繊細だ。
「アウレリアは賢い子です。私が教えることを、スポンジのように吸収していく。……本当に、愛らしい」
「えへへ! もっとお勉強する!」
ドミナに褒められるのが嬉しくて、アウレリアは難しい勉強にも喜んで食らいついていった。
帝王学、歴史学、魔法理論、兵法。
すべては、ドミナが「自分の隣に立つ伴侶」に必要だと判断した知識だった。
「(あれは本当に我が娘か?)」
その様子を、扉の隙間から国王アルノーが青ざめた顔で覗き見ていた。
アウレリアは本来、勉強よりも花や動物が好きな、おっとりとした子だったはずだ。
それが今や、あの魔女に褒められたい一心で、難解な書物を必死に読み漁っている。
「陛下…あれは、いささか…」
隣に控えていた古参の侍従が、不安げに呟く。
無理もない。ドミナの教育方針は、あまりにも「偏って」いたからだ。
「……アウレリア」
「はい、ドミナ様!」
「もし、あなた以外の者が私に触れようとしたら、どうすべきか教えましたね?」
「はい! 『ドミナ様は私のものだから、触らないで』って言います!」
「よろしい。もし、私以外の者があなたに触れようとしたら?」
「『私はドミナ様の伴侶だから、なれなれしくしないで』って言います!」
「満点ですよ、私の可愛いアウレリア」
ドミナは満面の笑み。
もちろんアウレリアにだけに向けられるもので、アウレリアを抱き上げた。
「(ひ、ひぃぃ…!)」
「(あれは教育などではない! 洗脳だ! 刷り込みだ…!)」
国王と侍従は恐怖に震える。
だが、ドミナの「異常性」はそれだけではなかった。
コンコン。
「ドミナ宰相閣下、姫様。お茶をお持ちいたしました」
侍女が緊張した面持ちで入室し、お茶を置こうとした。
その瞬間、侍女の指先が、ほんの少しアウレリアの腕に触れた。
「…………」
一瞬だった。部屋の温度が、物理的に数度下がった。
さっきまでアウレリアに向けていた優しい微笑みは消え、ドミナは氷のように冷たい真紅の瞳で、侍女を睨みつけた。
「(あ……あ…)」
侍女は、蛇に睨まれたカエルのように動けなくなる。
「今…何をしましたか?」
地を這うような低い声。
「あ、あ、いえ! これは、その、手が滑って!」
「私のアウレリアに、許可なく触れましたね?」
「ひぃっ! わ、わざとでは!」
「下がれ」
ドミナはそれ以上何も言わず、ただ冷たく命じた。侍女は「申し訳ございません!」と叫びながら、転がるように部屋を飛び出していく。
「ふう。…まったく、下等な」
ドミナが吐き捨てた、その時。
「…ドミナ様?」
アウレリアが、不安そうな顔でドミナの服の袖を引いた。
「(……!)」
ドミナは、ハッと我に返った。
そして、先ほどの冷徹な魔女が嘘だったかのように、一瞬で優しい表情に戻る。
「っ……いけません、アウレリア。あなたを怖がらせるところでした」
「……ううん。だいじょうぶ」
「いいえ。よくありません。今の侍女は、クビにしましょう」
「ええっ!? だめ!」
アウレリアは慌ててドミナにしがみつく。
「あの人、わるい人じゃないの! 私がよけなかったから……!」
「ですが、アウレリア。私以外の人間が、あなたに安易に触れるのは…」
「おねがい、ドミナ様。許してあげて?」
アウレリアが瑠璃色の瞳で潤んだように見上げると、ドミナは数秒間葛藤し…そして、大きくため息をついた。
「仕方がありませんね。アウレリアがそう言うのなら」
ドミナはアウレリアの頬を優しく撫でる。
「あなたの優しさは美徳です。ですが、あまり他人に情けをかけてはいけませんよ。……特に、私の前では」
「?」
ドミナの独占欲は、まだ幼いアウレリアには理解できなかった。
だが、国王と侍従には痛いほど伝わっていた。
「((アウレリア姫にだけは、絶対に逆らわない!!))」
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