釣った魚、逃した魚

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#58 弾劾裁判

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 有無を言わさず転移させられたのだが、到着したところは、予想とは違った。

そこは王都の都市城壁の外。冒険者時代によく二人で、途中休憩に使った泉のほとりだった。
ここで、捕獲した魔獣の素材を選り分けながら解体したこともある。
木漏れ日が降り注ぎ、小鳥の声が聞こえる。
風がさやぐ。

「あのまま王城に乗り込むと思った?」
少し悪戯っぽく笑う。
翻弄されているような気分で、俺は困惑しながらハイと応えた。
「いや、まあ、これから乗り込むけどね」
「えっ?!」

完全に翻弄されている。

「直には行かないよ。どうやら魔法無効化の捕縛魔道具を持たせた魔導師を配備して居るみたいだから」
「そ、そんな危険なところに乗り込むんですか?」
「だから、直には行かないってば。意識と感覚だけ飛ばすんだよ。簡単に言えば、幽体離脱に近い」
「…ゆーたいりだつ…?」

「盗聴はいつでも出来るってのは知ってるよね?でね、視覚的な情報も欲しいなと思うときも有るじゃない?で、それを何度か練習していたら出来るようになったんだけど…その術を操るときには意識全体が飛んじゃうんだよね。その間、体がお留守になっちゃうんだ。だから、ここでミランが俺の体を護っていてくれる?その代わり俺が見聞きしてるものは君にも伝わるようにするから」

「…は、…え…?」
言われている意味が分からない。
座って、と命じられ、日だまりの心地よさそうな所に座ると、俺の体を椅子にしたように神子様が体を預けてきて、ぎょっとして固まる。
密着する体に熱っぽくなると「そういう意図じゃ無いよ!」と窘められた。

「魔力の波長を合わせてみて。よく分からなければ、俺の頭にミランの頭をくっつけて…そう…」
言われるままに極力神子様の魔力の波長を感じ取り、それに呼吸を合わせるように調和させてみる。後ろから抱きしめるように神子様の体を抱え、軽く頭をもたれさせてみる。

無意識に目を閉じて。
…すると。

遠くからザワザワとした会合のような声が、うっすらと聞こえてきた。
直に。頭に。

『静粛に!静粛に!!‥‥‥では、宰相、いや、元宰相にして元侯爵イエルゴール・ファン・ヘンデリクに問う。後宮において神子を冷遇するよう王妃に命じたのはあなたなのだな』

『知らん!後宮内のことを、表向きの政務に携わる私が知り得ましょうか。女の園では互いの嫉妬で色々とあるようですからな。そういうことでしょう』

最初はぼんやりと、次第に鮮明になったり滲んだりしながら徐々に感知出来てきた。
どうやら、神子様が弾劾裁判の中に意識を飛ばし、その現場を俺に伝えてくれているのだと分かった。

とんでもない魔法だと思った。
いつからコレが使えていたのかは分からないけれど、コレが自在に操れたら、まさに【神の眼】ではないか。

『女の園か。なるほど。そう言えば、過去の代、本来王の側室扱いとなる寵臣は女の園の後宮ではなく、個別に離宮を設けて来たのが慣例となっていたが、浄化の遠征に費用がかさんだことを理由に、離宮を準備せず、後宮の末端に押し込むことになったのは宰相の指示だったと聞いたが』

『それは…、当然ではありませんかな?あの遠征にどれ程の費用がかかったか。いや、それ以前に、あの神子を召喚するのにもかなりの国費を投じているのですぞ。ましてや、先代やその前の王の御代、離宮に上がった寵臣の方々は高位貴族の子息でいらした。輿入れの際の持参金も莫大でしたが、召喚者である神子様には出仕してくれる後ろ盾も無かったのですから。それは私だけの指示でなく、財務からも、内務からもそのように進言されていましたぞ』

『それ故に、本来ならば側室を迎え入れる際に行われるべき、輿入れの儀も神子様の時には行わなかったと。ふむ。ではその後に後宮入りしたナタリー妃に持参金がほぼ無かったにもかかわらず輿入れの儀も賑々しくし、後宮でも一等の宮を多額の費用を投じて改築までして迎え入れたのはどう説明するのだ?』

『そ、それは、陛下が是非にそのようにせよとお命じになられたゆえ』

『ザッと見たところ、段階を踏んで数家の貴族家に、養女とさせた経緯も含め、ナタリー妃を迎え入れるためにかかった費用と、後宮入りしたあと衣装、宝石、高級花卉、調度品等の贈り物、また、食事の内容、化粧品や消耗品、選りすぐりの使用人や医師、看護人、彼女を楽しませるために度々行った催し物等々、それらひっくるめてかかった費用と比べると、神子様召喚の儀と瘴気浄化の遠征を併せた費用などかわいいものなのだが。
しかも遠征に関しては神子様個人にかかっている費用は全体の60分の1に過ぎない。そもそも神子様の浄化より騎士団の魔獣討伐と現地住民の救済の方が出費の主体だ。尚且つ、遠征費用がどれ程かかろうと、それは国難と戦うための国防費である。それは神子様経費とは言えまい。
側室を召し上げる一連の費用とは別枠だろう。
しかもナタリー妃ご懐妊で、新たに二人の側妃を迎え入れた際の盛大な輿入れの儀式や宮の大改修は、二人分と言う事もあり、彼女達が裕福な高位貴族令嬢として相当額の持参金を持ち寄ったと言っても、事実上巨額の赤字を計上している。
なぜ、あなたを始め並み居る貴族院の代表たる重鎮の皆様は、これら異常な赤字の偏りを指摘して制止しなかったのだ?
国政の中枢にいた大臣達にはその程度の常識も無かったと言う事か?
結果として、ただでさえ国難に見舞われて疲弊していた民に増税という追い打ちをかけて苦しめた、その罪は重いと知れ!』

王兄殿下の腹心の一人である、反乱軍の軍師役だったエムゾード辺境伯令息が厳しく議事堂の中央発言台に並べられた重鎮達を責め立てた。

議長席にはエムゾード辺境伯令息。
玉座に昇る階段の脇にある大きめの机を前にした席だ。
そして、玉座には王兄殿下。

王兄殿下の傍らの席、つまりは本来ならば王子が坐すべき椅子には拘束された陛下がいた。
陛下は別人のように窶れ、むさ苦しく、多くの臣民を魅了してきた美丈夫の面影がすっかり失われていた。

それが見えた瞬間、ほんの少しの怒りに似た不快感と共に、辛いような、そして哀れむような感情が神子様から流れ込んできた。
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