釣った魚、逃した魚

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#74 儀式の対価

 結局のところ、王国側からの会談要請は、現状無視することにしたとのこと。

招聘に応じることはない。会談を望むならば別の提案を、と伝えたらしい。

相手の尊大な態度に、少し怒りを覚えたらしい義兄が「どこまでも自分たちの立場が分かっていませんね!」と声を張ったが、神子様に宥められた。

「いえ、交渉術としては有りですよね。最初に仮想着地点を高く提示しておいて、その後の交渉で、下げていく。あたかも自分たちが“相手の言い分を慮って、歩み寄ってあげている”というテイにしてね。だから、かわりに自分たちの意向も多少は汲むべきだ、と」

アーノルド様とリオネス様が、ほぼ同時に「はぁーっ?」と眉をつり上げて背中を伸ばしたのをみてエルンスト様が笑った。

「そんなことよりも」
エルンスト様が前のめりになる。
「来春に戴冠式を行う運びとなりました」
その言葉を合図に、アーノルド陛下とリオネス元帥閣下が居住まいを正し、少し厳かな表情に直る。

コンセデス領が、ラグンフリズ王国として独立を宣言した事は、既に内外に浸透している。グリエンテ商会経由で経済的な交流のある他国のうち、いくつかからは祝福の言葉が贈られてきている程だ。

ただ、正式な戴冠式となると、神殿の総本山から教皇にお成り頂き、門下国の王として承認の上、戴冠式を執り行うのが正式な手順だ。
当然ながら教皇猊下は老齢であらせられるから、ただでさえ極寒地帯であるこの地へのお成りは春になるまでは無理だ。

それは分かる。そこまでは良かった。
だが、次に出て来た言葉に俺達は仰天する。

「兄上が王冠を戴いた後に、神子様を建国の旗印として奉じる儀式を執り行いたいのです」

その場に居た、義兄を含むむさ苦しい男達が頬をうっすらと染めて、まるで眩しい物をみるような目を神子様に向けていた。
彼らにだけ見えている景色があるらしい。

神子様は一瞬それに気圧されたが、気を取り直して深くため息をつく。
「エルネスト様は、以前、私の行動を制限しないと、何の干渉もしないと仰って下さいましたよね?」

はい、と、エルネスト様は、胸に手を当てた。
「ですから、これは我がラグンフリズ王家からのお願いとなります」
「その儀式だけ、なんとか、お願い出来ないでしょうか」
アーノルド様が言葉を重ねた。

暫く考え込んでから、神子様は「かないませんね」と言いながらくすくすと笑い出す。
「陛下に“お願い”などと仰られては、断れるわけが無いではありませんか」

えっ!出るんだ…!と、俺は少なからず衝撃を受けた。

お三方の顔がぱぁっと明るくなる。
「それでは……!」

「一介の冒険者として扱って欲しいと言いながら、こうして気軽に、度々王宮に立ち入らせて頂いていること自体が、自己矛盾だというのは薄々感じていました。いかに自分がお三方のご厚意に甘えているか…。せめてものご恩返しに、どうぞ、大義名分のためでも、儀式に色を添えるためでも、いかようにもお使いください」

アーノルド様とエルンスト様は少し項垂れて「やはり、お分かりでしたか」と上目遣いになった。

その後の流れで分かったのだが、どうやら、神殿総本山から「独立の理由は何か」と訊かれたらしいのだ。
その際に、救世主である神子様をお守りするため、というのを大義名分としたらしい。
神子様への冷遇が酷く、我が領に逃げ込んでいらした。………まあ、これは嘘では無いのだが。
臣下であれば、王の命令には背けない。だが、我々は共鳴出来ない王家への忠を捨ててでも、大恩有る救国の聖者をお守りすることを選んだ、と。

事実、異世界からの召喚者は聖なる存在として、神殿側からしても保護対象であると言う認識だから、立派な大義名分になる。

神子様が儀式で姿を見せる事を拒んだとしても、それはそれで別の方法で祭り上げることになる予定では有ったと思うが、その場に現れてもらえれば、それは建国の儀式としては最高だろう。

神子の加護を得て、教皇に祝福されての建国となるのだから。

それは分かる。
けど、それって、事後承諾というヤツじゃ無いのか?
神子様は、承知済みのようだが。
何だかモヤッとする。

「神秘的な薄衣でも纏って、光魔法でも放てば良いのでしょうか?」
顎に指を当てて呟く。
出ると決めたら、すぐに気持ちを切り替えてそんな事まで。
「薄衣はヤメテください」
思わず俺が言ってしまったら、全員に爆笑された。

その後は、嬉しそうにお三方が、色々とそれぞれの考えを持ち寄っていた。
義兄も、それらの小道具などは最高の品を誂える気満々だ。
暫く、賑やかに意見交換をした後、ふとリオネス様が神子様に、申し訳なさそうに訊ねた。

「人前にお姿をさらすことは、神子様にとって不本意なことであるのは承知しています。…換わりになにか、神子様のお望みを叶えて差し上げられることは無いでしょうか?我々側の我が儘をお聞き届け頂くだけでは、何とも…心苦しいので…」

聞いた瞬間は考えてもみなかった、と言う表情を神子様は見せたが、すぐに「では、エンドファンの…」と言いかけた。
だが、その言葉は義兄によって遮られる。

「エンドファンと師匠の為の工房の整備でしたら、それはもうウチの商会で着工しています。単なる彼らだけの工房というのでは無く、錬金術師や魔道具師、薬師、諸々才能有る生産職者を集めた研究所でもあり、後進の育成も踏まえ、学術組織も併設する企画になっています。
具体的になったらお知らせする予定でした。
エンドファンと師匠は国家認定一級生産職で、公務員扱いとなります。
本人からの了承も得ています。彼のポーション類始め、研究中のアイデアを商品化する際には我が商会が全面バックアップ致します」
義兄は少しあくどい商人の顔でニヤリと笑った。

彼の頭の中では儲けのプランが渦巻いているのだろう。

「…では…」

「エンドファン達の件以外でのご希望を」

神子様の中では、目下最も早く着手したかった事だったから、すぐには他のものが頭に浮かばなかったようだ。

数分後、急に何かが閃いたらしく、目線を上げた。

「…では、陛下、王国との会談に応じてください」

その場に居た神子様以外の全員が、えっと声を上げた。
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