王子の宝剣

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第四章

#67 カオス公園で待ち合わせ

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 翌朝は騎士団の鍛錬上への出勤では無かった事もあり、比較的ゆっくり朝食を摂り、ミックが見繕ってくれた比較的ラフな服装で生成りの膝丈くらいのマントを羽織ってから城下に出る馬車に乗り込んだ。

ギルドの前には広い通りの向かいに少し広めの公園がある。公園と言っても木々に囲まれたスペースに囲うようにベンチが点在していて、中央にちょっと広めのバーゴラが設置されただけのシンプルな造り。
葉の付いた蔓が適当に巻き付き日陰を作っていて、その下にもいくつかのベンチが設置されている。

待ち合わせの時間よりは少し早めに着いてしまったから、そこで木陰のピンコロ石を積み上げて作られている花壇の端に腰掛けて待つ事にする。
この世界の日曜日に当たる休日であり、賑やかな通りに面した公園だから、グループや家族連れが多い。それを当て込んで公園の一角にはいくつかの出店も出ている。キャンディー屋とか、串焼き屋とか果物屋、花屋とか、庶民向けのアクセサリー屋とか。今日はお天気も良くて少し暑いくらいだから、背中に果実水の樽を背負った果実水売りの少年達があちこちで呼び止められている。

休日の市民達の憩いの場を何となく眺めていると、そのうちにちょっと遠巻きに俺の方を見てヒソヒソしているいくつかのグループが目につき始めた。
好意的な目もあれば逆に悪意を含んだ目もある。ああ、そうか、王都に帰還した際に多くの市民には顔を見られているからな。地味だから大して印象にも残っていないと思っていたけど意外にも覚えていた人がそれなりに居たと言う事か。
しかも例の新聞ネタにもなったし。記事だけで顔が知られてなきゃ注目される事も無かったけど、逆に“地味”が特徴になってしまったか。誤算。

どうしよかな。場所変えようかな・・・と思っていたら。
5歳前後の女児が色とりどりのガーベラのような花を簡単にブーケにしたものを持ってトコトコ小走りして近づいてきた。そしてそれを差し出し。
「はい。しょうかんしゃさま!まじゅうをとうばつしてくださってありがとうございます」「・・・え、あ、ありがとう」
見ると女児の母親と兄とおぼしき少年が公園の一角で花屋をしていて、こちらを見てペコペコと頭を下げている。それを少し離れた日陰に集まってヒソヒソしていた果実水売りの少年達が「やっぱり」「絶対そうだって言ったじゃん!」などと興奮気味に言い合う。
俺は女児の頭を撫でてから立ち上がり、ちょっと屈んで手を引きながら花屋のワゴンに近づいていった。
「ありがとう。嬉しいです。でもコレは売り物でしょう?タダでいただくのは気が引けます。買わせてください」
カツカツな生活なのは服装を見れば分かる。気持ちだけありがたくいただくとして。
「何を仰います!私の夫は北の山岳地帯の出身です。夫の故郷が犠牲になっていたかも知れなかったのです。せめてものお礼で・・・」

その言葉の途中、背後から15、6位の二人の悪ガキが石を投げつけながら「この男娼!」と叫ぶ。
コントロールが悪く、女児と母親に当たるコースだ。
俺は半身振り向き、ひとつはキャッチし もう一つはそれではじき返した。既に二投目を手に準備していた悪ガキどもは瞬時に固まる。俺は彼らに大股で歩み寄り。
「危ないだろう、俺に石を投げたいなら近くに人が居ないところで狙え」
持っていた二投目を奪い取る。悪ガキはガクブルしながらも「王子様を誑かすな、汚らわしい男娼野郎!」と悪態をついてきた。
「俺は男娼はやって無い。だが、なんであれ娼館で働く者の殆どはやむなき事情があってそれを生業にしている。君は気の毒な境遇の罪無きひとを蔑む人非人なのか」
「な、何言ってやがるっ」
「カラダで人を騙してやがるくせに」

カラダで人を騙す・・・その言葉を聞いて俺は思わずあの新聞記事を思い出してしまい、吹き出してしまった。俺が・・・、性的!そして肉体で・・・王子を籠絡、だと!ぶふー!
「何が可笑しい、笑うな男娼」
その瞬間悪ガキの顔に水がバシャッとかかった。水、いや果実水だった。
「うわっ、ぶっ、な、何だ?」
慌てふためく悪ガキどもに先ほどの果実水売りの少年達が怒鳴りつける。
「いい加減にしろ召喚者様に失礼だぞッ」
そうだそうだと果実水売りの少年達に賛同する人々が声を上げ始める。
「バーカ、お前ら新聞呼んでねえな。ああ、字が読めねえのか。コイツはサイテーのペテン師だ」
はい。“ペテン師”いただきました!
すると今度は悪ガキ達に賛同する声も多数湧き上がる。
概ね『俺たちの女神の化身エレオノール王子様を誑かした極悪野郎』的ご意見。

そうか。そうだよな。みんな王子を崇拝してるんだ。そりゃ無理も無い。あんな素晴らしいお方が居たら崇めるのが普通だ。そしてそんなお方を誑かす野郎が居たらそりゃあ許し難い。
「しょうがねえだろ!召喚者様がカッコいいから王子様だって好きになっちゃったんだよ」
「王子様の絵姿見てシコッてるてめえらとは違うんだよ」
うわ、よしなさい!この公園にはちびっ子もいるんだ。つか王子の絵姿そんな事に使ってるヤツいんのかっ?・・・いやそれ以前に王子の絵姿って売ってんの?どこ?どこで買えんの?
そんな事に気を取られていたら、いつの間にか公園内ではあちこちで紛争が勃発していた。
花屋の親子は真っ青になって「も、申し訳ありませんッ、わたしどものせいですよね」などというから、そうじゃない、むしろ俺のせいだと思うと宥めて泣き出している女児を抱っこしてあやしたりしつつ飛び火を躱した。

そうこうしていたら鋭い警笛の音と共に十数人ほどの警吏が駆け込んできて仲裁していく。誰かが知らせに行ったらしい。辺りは怒号と拳と新聞と果実水が飛び交うカオスと化していた。
あっちゃー、と思った。
警吏の出現によって沈静化していくと、遠くから次第に蹄と車輪の音が近づいて何となく皆の注意が向いた。見るからに高位貴族の紋章が入った馬車が止まる。
付き従っていた護衛騎士が馬を下りドアを開けると黒いローブの少年が杖を手に降りてきた。公園の皆がハッとして道を空ける。
どうやらデュシコス様も王都では知らない者の居ないヒーローらしい。

「待たせたな」
悠然と歩み寄りながら軽く手を上げた。
そして周囲を見渡して「何の騒ぎだ」と訊ねてきた。「えっと・・・」と逡巡していると俺の腕の女児を見て「その子は?」と。
「ああ、この親子が討伐のお礼と言ってお花をくれたんです」
「・・・そうか」
デュシコス様が視線を向けると、女児の兄が百合の花を束にしてデュシコス様に差し出し「魔道士さまにもどうぞ!」とキラキラした目で頬を染めて告げ頭を下げた。
おぉ、この少年はデュシコス様ファンなのか!
珍しく美貌をほころばせながら「ありがとう」と言って受け取る。デュシコス様は付き従っていた従者に耳打ちしてから「では行くぞ」と俺を促す。

ギルド方向に向かい数歩進むと背後で従者が花屋の残りの花を全てルイーサ邸に届けるように告げる。ちょっとカッコいいなと思ったのもあり、俺は果実水売りの少年達に魔法袋に入っていたビスケットを出し「さっきはありがとう。売り物ダメにさせちゃってゴメンな。コレ食べてくれ」と渡す。
スマートなデュシコス様に比べ俺はビスケット。ちょいだせぇけど。
「幸運だなそなた達。それは召喚者の手作りのビスケットだ」
歩きながら振り返ってデュシコス様が告げると果実水売りの少年達が、しばしシンとした後エーッと声を上げるのが聞こえた。

お付きの騎士や従者を王都のギルドに残し、転移ポータルを越えてあっという間にホツメル市に着いた。

市街地の馬のレンタル屋さんで馬を借り貧民街に向かう。
俺たちが転移ポータルで行く事はもう知られていたからか一応少ないながらも管理官と都市警吏が同行する。
馬上では有るが、俺は前回も相談した管理官が居たのを見て、彼にゴミ出しの状況について尋ねた。

一応彼も気にとめてくれていたらしく、二回ほど確認してくれたらしい。
まず、ゴミは路地の区画ごとに特定の場所に設置してある専用の荷車に捨てさせ、ある程度溜まったらそれを都市が設置している集積所に運び込む。
この集積場のゴミはある一定量に達したら管理庁に勤務している魔道士達が変質魔法でゴミを土に変えてしまう。これら元ゴミの土は硬くて良いレンガになるらしい。素晴らしいリサイクルだ。
元々このゴミリサイクルシステムは貧民街では適用されていなかった。なぜなら外周地の者達は税金が免除されているから利用する権利が無かった。

この世界では・・・いや、この国ではなのかも知れないが・・・、城壁で囲まれている大抵の都市は、城壁が二重構造になっている。ひとつは都市全体を囲っている外周で、貧民街や大きな商会が運営している農場などが有る外周地と、商業施設や邸宅などが建ち並ぶいわゆる都市の経済部分を隔てる内周と。領主の屋敷がここホツメル市のようにほぼ『城』の場所では当然その都城の周囲も更なる城壁で囲まれているし位の高い役人や商会でもトップに当たるいわゆる財閥などの住む居住区域なども然りだが、コレは既に内周内施設としてカウントする。
いわゆるこの『外周地』と呼ばれている部分に関しては住民達は税金が取り立てられない。

旅人で、身元の分からない不審な外国人とか都市に入れるのが憚られる前科者とかは、それでも魔獣からの保護のために外周には入れてもらえるが、内周には入れてもらえない。
無論謀反の疑いがあるような国賊系の者達は外周にも入れてもらえないのだが。
だから商会の指示の元に農場を営む農家以外には、食べていくのもやっとな貧民がどんどんここに流れ込んでくる。そして内周には入れてもらえないような胡散臭い旅人などもいる。
必然的に治安も良くない。
治安も悪いが貧しすぎて盗む物も無い。
内周への門には門番がいるが貧民街の人間も領民ならばほぼ規制無く入れる。日雇いの職を探したり売れ残りの食品をもらいに行ったりするのを咎められはしない。まあ、蔑まれたりというのは有るが。内周の方からも低賃金で雇える人出を確保しに来る事は多い。
あと、違法だがやはりちょっと見目の良い女性や子供の売買は行われているらしい。
最初からそれが目当ての外周入りだけ出来れば良いと狙ってくる旅の違法奴隷商人なども居るが外周地ではろくに取り締まられていないのが現状だ。
あとは訳ありで隠れるために貧民街に潜む人も居る。

空き地に畑を作るだのは自由にしていい。内周内の孤児院とか一時失業者受け入れ機関の神殿などは一応公的な支援を受けられるが外周の貧民には税金の取り立てもしない代わり一切の公的援助も成されない。自給自足がしたいならご自由にという事だ。
因みに先輩達の調べによると、この神殿や孤児院への公的援助も監査体制がだいぶ腐敗していて金の流れは非常に怪しく、9割方はピンハネだった模様。9割!

それでも今回、ゴミに関しては自分たちが集積場まで運搬しさえすれば処分はしてくれるというのならかなりの譲歩だ。コレは、以前俺が言っていた「このまま放置していると内周にまで及ぶ疫病の元になる」という脅しが効いたらしい。
ただそうは言っても、し尿処理の下水を新規埋設などと言うところまでは到底無理だった。税金を払わない貧民のためにそこまで大規模な資金を投入するなどはどこの領主でもおそらくしない。
それでも井戸や井戸そばの生活排水を流せる排水設備があるだけありがたいくらいなのかも知れない。

ただ、やはりゴミ出しのルールを周知させてもちゃんと従うモノは当面少なく、最初こそ綺麗になった路地を保つためという意気込みが有って従っていた者達も、他の誰かが以前のように窓から放って汚れ始めると追従してしまうという悪循環が起こり始めているという。
まあ、そんなモノかも知れない。
でも。諦めず少しずつでも浸透させて従う人を増やしてくしかない。
やはりなんだかんだ言ってもホツメル市は遠く離れた他所の領地であって、俺はこの地の住民ではないから日参して確認だの指導だの出来ない。なかなか辛いところだな。
ずっと傍に居られたら良いのに。

さて。共同井戸広場に近づく。
そこには意外な光景が。
なんと女達が集まって、あの時のように風呂桶のような大きな鍋で炊き出しをしている。
え、まさか、あれからずっと炊き出しを続けているの?

俺たちの姿を見つけるとおばさん達がビックリして騒ぎ出した。
「あんれまあ、召喚者様とちっこい王子様!」
「わー、また来てくれたのかい?」
「こりゃあ夢じゃ無いのかね?」
「なんてこったい!気にかけてくれてたんだねえ」
「お久しぶりです、皆さん。これは・・・。あれからずっと炊き出しをし続けているんですか?」
「そうなんだよ。個人個人で作るよりも断然安上がりだし、栄養も取れるし。ここにみんなが取りに来る事で隣近所以外とも交流できるしね。召喚者様も言ってただろ?弱い立場のモンはみんなで力を合わせないと生きていけないって。みんなで交代で作っているのさ。管理庁も使用料激安でずっと鍋貸してくれてるし。まあ、あの時はもっと鍋の数自体も多かったけどね」
カティナさんは今日も元気いっぱいだ。
「その後旨味出汁を市に出したりしてる?」
「ああ。まだあまり人に知られてないからぼちぼちだよ。それでも一番最初は貧民街のあたしらが作ってるって事であんまり好い顔されなかったんだけどね。あの時居た管理官さん達の奥さんって人達が召喚者様の直伝だからと来てくれて、少しずつ、本当に少しずつ買いに来てくれる人が居るってところだよ」
そんな話をしている間も手分けして作業を続けている。

最初はあの時作業を手伝ってもらったときに支払ったパートの賃金をみんなで出し合って食材を仕入れて、俺たちが居なくなった後も炊き出しを続けながら市にも出して。
市場で僅かでも収入を得たら今度はそれを元手に食材を仕入れて・・・という形だったらしい。
そうか。続けてくれているんだ。何だか嬉しい。

良い匂いがしていたから俺とデュシコス様も一杯ずつもらった。
それを食っていたらハンナさんがやって来て、収支の記録など見せてもらった。
素晴らしく綺麗に記録されている。
思わず俺はハンナさんにもう一つお願いをしてみる事にした。

それは、貧民街の子供達に簡単で良いから読み書きを教えてあげて欲しいと言う事だった。
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