王子の宝剣

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第六章

#135 突合作業は必須

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ここまで話して、俺にはある疑念が浮かんできた。

「ひとつ、お訊ねしても良いでしょうか」
その頃は、離れたテーブルで話し合っていたホットライン設置の会談も終わったらしく、キディアン様とカーニス様、そして二人と話し込んでいた外政部の面々もこちらの会話に意識を向け始めていた。

魔皇陛下の目線が俺に言葉の続きを促す。

「我がシンクリレア王国の大聖女様であられる、ラーラ王女殿下の所在をご存じでしょうか」

ピシリと音が響きそうなほどその場の空気が固まった。
侍っていた若い侍従の一人が、怒りにまかせ俺に食ってかかろうと一歩踏み出して口を開けかけたところで、隣の先輩侍従に制された。
キディアン様とカーニス様が息を呑んだ気配を感じる。
キディアン様は僅かに椅子から腰が浮きかけたところだ。

「あなたも、われが王女殿下を拉致したと思っているのか?」
ルビーの瞳が間接照明に煌めく。俺は緩くかぶりを振った。
「確かに、それを前提にお話に参りました」

「貴様ッ!よくもぬけぬけとッ!!」
ガマンの限界を超え、先ほどの若い侍従が、彼を制していた先輩の手を振り払って俺に振りかぶってきた。
俺はとっさに目の前の茶器に添えてあるティースプーンを手に取る。
瞬間それは俺のアームスとなり一気に魔力が迸る。

振りかぶってきた瞬間、若い侍従は怒りのあまり獣化していた。
鋭い爪があわや俺を捉えるかという寸前で、火花のような魔法陣が炸裂し彼は弾き飛ばされた。
おそらく王子が施してくれた結界魔法だろう。
風呂でゴシゴシされたり完全に着替えさせられても有効なのか、と変なところで感心してしまう。

侍従達の筆頭である、見るからに執事然とした白髪白髭の老人・・・闘技場で、陛下に『フィンヤンセン』と呼ばれた老紳士・・・が、サッと手を上げると、彼の体は一端宙で重力を失ってからふわりと着地させられた。
老人は「大変失礼致しました」と軽く頭を下げ、何事もなかったかのように姿勢を正した。

彼の両脇に整列している侍従達、騎士達、そして更にその背後、壁際に並ぶ侍女達。
その全員から俺に対する殺意や悪意が一気に流れ込んでくる。
手にしたティースプーンがアームズ化した事によって、相手の敵意が察知出来る効果が発動したからだ。

仕方がない事だと思う。
彼らにしてみれば、破格の厚遇を受けておきながら、陛下に無礼な事を言っている俺・・・という構図に見えて居るであろうから。
そして。
おそらく、魔皇陛下はラーラ王女様拉致に関わってはいない。

確かにこれほどの胆力。知っていても全く自然体のまま知らない振りする事も容易いだろう。
けれども、このお方はしていない、と俺はほぼ確信めいた思いを抱いた。

「陛下は、2年前行われたシンクリレア王家主催の友好イベントにて、ラーラ王女殿下に輿入れの打診をされたと聞きましたが、相違はございませんでしょうか」

俺のその質問が終わらないうちに「貴様!どこまでもッ」と、先ほどの若者が再び食ってかかろうとした。
そして、今度は彼以外の数人も「無礼な!」「まだ言うか!」「陛下!これ以上甘い顔をする必要はありません!」「何が使者だ!何が友好だ!これだから人族はッ!」などという声が飛び交った。
さすがの外政部の官僚達も怒りの表情を滲ませている。
それだけ、この件が彼らにとっての地雷なのだと物語っている。

では何故、それがこんなにもタブーとなってしまっているのか。
俺は真っ直ぐに魔皇陛下を見て質問の答えを待った。
陛下は荒ぶる家臣を手で制してから、俺の表情を読み取ろうとでもしているように見つめ返してきた。
暫く見つめ合う時間が流れたが、徐に目を閉じ「ああ、確かに」と答えた。

「両国の友好の式典だ。目の前に、年頃の、しかも麗しい乙女がいたら言うであろう・・・『これほど見目麗しい姫君が居られるとは思わなんだ。我が妻に迎え入れたいほどだ』とな」

なるほど。この陛下ならそのくらいは言いそうだよな。
なんせ、地味目な男の俺に対しても、普通に貴婦人に対するようなリップサービスをすらすら言っちゃうくらいなんだから。
・・・えっと、でも、それって・・・。
要はただの社交辞令って事では?
えっ?まさかそれで、魔皇陛下が王女殿下を見初めたってことになってるの?

「王女は優雅に微笑んで『お上手です事。夜空を彩る星々のようなお妃様達を見慣れておられる陛下にお褒め頂けるなど今生の誉れでございますわ』と応え、王太子が『残念ながら、妹は我が国の大聖女であるゆえ、他国へ出すわけには参りませぬ。これ以上なき縁組みが実現出来ず誠に悔やまれますな』と繋いだ事で、話題はそれぞれの国の美男美女の特徴など論って会話が弾んだのを覚えている」

ちょっと待って。
『お妃様達』って・・・!既に何人ものお妃様を抱え込んでるって事?
そんな俺の心の声が聴こえてしまったのか、赤い瞳がやや空虚な色合いになって、真っ直ぐ俺を見つめながら言った。

「吾には、あの当時既に30人の妃がいた。女性18人、男性12人だ。吾としても、魑魅魍魎うごめく我が後宮に、あのような深窓のうら若き乙女を引き込みたくはない。あの話はただの挨拶として終わった、と認識している」

俺は思わずキディアン様の顔を見てしまった。
キディアン様も若干驚いたような顔をして戸惑っている。
カーニス様は普段割と無表情な人で、今もそうなのだが、そんな中でも眼の色にショックを受けている様子が見て取れる。
ただ、そうは言っても、お二人の微妙な表情から『嘘だッ!』という心の声が聞こえそうではあった。

俺が訊いていた話ともだいぶ齟齬がある。
いや、流れとしては違わないのかも知れないが、捉え方がズレている、というか。
キディアン様やカーニス様もそうなのだろうか。

魔王こと魔皇陛下がラーラ王女様を見初めて輿入れを打診、そしてシンクリレア側は丁重にお断りしたが、魔王は諦めきれず拉致、と聞いた。
団長やオルタンスさん、俺の王子が語っていた内容とはズレがある。
嘘を言っているという雰囲気ではなかった。

だが、今聞いた魔皇陛下の言葉も嘘ではない。

なんとなれば、俺はさっき握ったティースプーンを、実はまだアームスとして握っていて、ずっと俺に向けられている侍従さんや騎士さん、侍女さん達の殺気をビンビンに感じている。
この状態で、もし魔皇陛下が、俺に嘘を言って騙そうとしていたとしたら分かっちゃうんだよな、アームスの効果で。
"騙そうとしている”ってのも攻撃の一種で『害意』の括りに入ってしまうわけだ。

もっとも、カムハラヒを持ったときほどの精度では無いのだけど。

 「もう一つ伺っても宜しいでしょうか」
俺が問うと陛下は「許可する」と応じてくれた。
近習達の、殺気に満ちた刺すような視線は終始俺に向けられている。

「ラーラ王女様の事に関して、今まで何度かシンクリレア王国から問いただされた事がございましたか?」

「はぁっ?なんだコイツッ」
「とぼけるのもいい加減にしろッ」
「ふざけるなッ」
「度重なる無礼ッ、許せませぬ」
立ち並ぶ近習の皆さんが怒りを露わに俺の言葉の最後に罵倒を被せてきた。
侍女さんの中には悔しさのあまり涙を流している者まで居る。

「どうなのですか?シンクリレア側からは抗議をしたのですよね?」
俺はキディアン様とカーニス様の方に目線を向けた。
一触即発の空気に身構えながらもキディアン様が頷き、カーニス様が毅然と答えた。
「二度、王女様のお身柄を還すよう要求しました。一度目は書面であり、二度目は使者でした」
俺はその言葉に頷いて、カーニス様に目礼した。
だいたい、想像したとおりの答えだ。

今度はそのカーニス様の言葉に対し皆さんの怒りが向かう。
「知らぬと言うのに、勝手にこちらが拉致したと決めつけて!」
「我々は人族どものように平気で嘘などつかぬわ!」
「そうやって不都合は皆、魔族のせいにして、自らの落ち度を振り返らぬのだ!人族どもはいつもそうだッ」

制止すべきお役目であろうフィンヤンセン殿までが、黙っては居るが敵意に満ちた目でこちらを見ている。

魔皇陛下はフッとため息をついて手を上げ皆を黙らせた。
その対応に対し「ありがとうございます」と俺は頭を下げ、続けた。

「皆様のお怒りは分かります。確かに私は、つい数ヶ月前まで異世界の者だったので、王女殿下失踪の件については人づてである事は確かです。今お話を伺って、シンクリレア側の認識に一部誤解があったらしき事は分かりました」

キディアン様とカーニス様が息を呑む気配がした。
まあ分かりますよ。
一介の使者が中央の下した見解を覆す発言しているわけだから。

「ただ、シンクリレア王国としては、国家の安寧を司る大聖女様を何者かに拉致されたのですから、あらゆる手を尽くして足取りを追った結果である事は確かです。故に、根拠なく抗議したわけでは無いのだとは申し上げておきます。今あなた方が私に向けて居る憎悪感情はそのまま、大切な替えの利かないお方である姫様を奪われたシンクリレアの民達も同じだと思ってください」
「何を勝手な事を!」
「貴様ら人族が決めつけて騒いでいるだけのくせに」

「違います!」
わーわー騒ぐ魔族の近習さん達の怒声を切り裂くように凜とした女性の声がした。
カーニス様は立ち上がっていた。

壁際に直立していた護衛騎士が、一歩動きかけたのを一瞥で止めてからハッキリと言う。
「王女様が連れ去られた場所には魔族と戦った痕跡と息絶えた魔族が残した魔石が幾つも落ちていました。魔族が連れ去ったのは間違いがないのです!
私は当時、魔道騎士の一人として現場の確認に行き、それをこの目で見ました!
大陸で1,2を争う我が国の魔道庁長官の鑑定でも、現場に残された魔紋から魔族の仕業である事が判明しています!魔紋は人族と魔族では根本的な造りが違うのだと長官は言っていました。当然、エルフや獣人などの他種族も又違います。ただそれを判別出来る鑑定スキル持ちが世間に圧倒的に少ないだけです」

「魔皇陛下や中央部の皆さんが知らないところで、勝手に王女様を襲い攫った魔族集団が居たと言う事でしょう」
俺は一応ザックリと纏めてみた。

近習さん達の間に動揺と反発が走る。
「そんな馬鹿な」「嘘だ」とか「騙されるな」などとざわついている。

「それは、われの言い分を信じるという事か」
穏やかに魔皇陛下が問うてくる。

「勿論です。あくまで、『私は』ですが。私個人がどう思おうとシンクリレア国の中枢が決定事項として扱っている事案をすぐに覆せるわけではありません。この一件は一旦私が持ち帰り、シンクリレア側の執政機関に説明します。手こずるかも知れませんが説得しましょう。ご協力お願いします、キディアン様、カーニス様」

俺と陛下のやりとりに、魔法使いの二人は厳しい表情だった。
「だが、召喚者様、そちらの言い分が真実である証があるのでしょうか」
ピリピリする空気の中、怯む事なくカーニス様が問う。確かに彼女は現場検証を行った上層部の一人。自分たちが出した答えをおいそれとは翻さないだろう。立場もある。

「確かに、やっていない事を証し立てる事はほぼ不可能ですね。本当にやっていないのなればこそ何も証拠は無いのだから。
だけれど、カーニス様。
私は既にエレオノーラ王子の婚約者という、極めてシンクリレア王国の中枢に近い位置に、この身を置く立場にはなりましたが、事案当時はこの国どころかこの世界にすら居なかった異世界人であったということで、この際第三者として言わせて貰いたい。
この件に関して、双方の意見をどれ程突き合わせましたか?二度、抗議を申し入れたと先ほど仰いましたね。一度は書面で、もう一度は使者を出して。
現在、我が国で行われている審問会議では、度重なる現場検証と裏取り調査、当事者や関係者、目撃者の聞き取り等、それはそれは地道に慎重に、そして根気強く積み上げて隙なく論理を構築する。それに比べて、二度。しかも対面で質疑応答すら出来ていない。その取り調べの程度で決めつけて来たのだとすれば、それはコモアグフィ国側にも言い分はあるでしょう。
そうは思われませんか?」

「召喚者様!あなたは王女様を救うためにこそこの世界に呼ばれたのではないのですか?!何故魔族国側に立っているかのような発言をなさるのです!ここに来て、我が国を裏切るおつもりですかッ?」

「落ち着いてください、カーニス様。私の使命はあくまでも王女殿下奪還です。それはいささかも揺らいでいません。だからこそ、思い込みで決めつけて真実から脱線していくのは避けなければならないという事です。先ずは相手の言い分を聞きましょう」

「吾の言い分を聞くと申すか。・・・人族の殆どは、我々魔族とは基本、まともに会話が成り立つと思って居らぬようだが」
「今後は積極的に対話の機会を増やすべきですね。ホットラインも設置されるならばちょうどよかったではありませんか」

魔族側の近習の皆さんの緊張感が僅かに緩むのを感じた。
「何故、吾の言い分を信じようと思った?」
思い出したようにカップを持ち上げ、とっくに冷めた茶で喉を潤した後、そう訊かれた。

「ある一定の条件が必要ではありますが、私には、相手が嘘を言っているかそうでないかが判別出来るスキルがありますので」
肝心なところはぼかしているが、嘘ではない。

ただ。
キディアン様とカーニス様を含む、その場のほぼ全員が驚愕の為に一斉に息を吸い込んだ。

果たして。その俺の言葉が功を奏したのかどうかは分からないけれども、その後の話は剣呑な空気が収まり、比較的ビジネスライクに進められたのだった。

最初に会ったときから魔皇陛下からは攻撃的な空気を全く感じなかった。
この紳士的な態度も裏があったわけでなく、嘘も全くない。
ある程度会話して俺に生じた疑念というのは、むしろこの案件『シンクリレア側の思い違いがあるのでは』という事だった。

その誤解が、自然発生的なものなのか、それとも何者かの誘導なのかは今のところ見えないが。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

夏バテと、イレギュラー仕事のせいで、あまり進められませんでした。
ストーリーが収束に向かって居るので時間がかかるようになっているせいもあります。

これから又イレギュラー込みでの繁忙期に突入なので、また暫く間開きます。すみません。
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