王子の宝剣

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第六章

#137 頼りになるお方

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夜会というものが、着飾った上流階級の紳士淑女が交流する社交場であると言うのはいずこも同じ。

謁見のための正装は当然持って来ては居た。
でも、夜会用の服なんぞは、よもや必要になるとは思わなかったから持って来ず、やはりなんだかんだで向こうが用意してくれた。

で、案の定ゴシック系ビジュアルバンドみたいな状態になっている。
キディアン様はさすが上品なおじ様仕様で、カーニス様も又憮然としながらもモデルのような長身美女に変身させられている。
で、ちゃんとケイノスも着飾られていて、夜会のきらきらしさにすっかり気後れしている様子。

キディアン様とカーニス様は、早速外政部の幹部であるお貴族様達に声をかけられ、それなりに会話は弾んでいる様子。
ケイノスは給仕をしている美少年侍従達に目を奪われキョロキョロしている。
時折美女にも目を奪われているから、別に女性がダメなわけでは無いらしい。

あちらこちらで歓談の花が咲き乱れていると、にわかにファンファーレが鳴ってひな壇上になっている高台奥のカーテンが開いた。
魔皇陛下皇后陛下のご入場だ。
その後ろから10人ほどの美男美女がしずしずと入ってきて両陛下の背後に立ち並ぶ。
いずれも煌びやかに着飾っているから近侍とかではない。
多分、側妃様達だろう。
・・・でも確か、側妃様は30名いるって言ってなかったっけ・・・

「今夜の夜会では古株の側妃様達はお留守番だよ」
顎に手を当てて思案気に、ひぃ、ふぅ、と側妃様達を数えて居た俺に背後から声をかける者が居た。
そこには銀灰色の瞳を持つ、冷ややかな美貌の、少年にも見える中性的な青年が居た。
氷原の魔王エンデュサピオン様だ。
後ろには護衛を二名と近侍らしき貴族を従えていた。俺は一応最敬礼をする。
エンデュサピオン様は声を上げて笑い「そんなに畏まらなくても良いよ」と言ってくれた。

陛下の挨拶の口上が始まってそちらに意識を向ける。
「シンクリレア王国の使節団の面々よ、こちらへ」
陛下に眼を向けらると、軽くエンデュサピオン様に背中を押される。
高台の側に近寄ると俺達使節団の4人が揃ったところで会場にむかされ皆に紹介され、拍手で迎えられる。
向けられている感情は良いものばかりというわけでは無かったが、それでも、何かを期待してるような視線は感じられた。

「今宵は存分に楽しむが良い。乾杯!」
それぞれが手に持つグラスを高く捧げる。親しい間柄なら互いに触れ合わせる、軽い高い音がそちこちで漏れる。

場が温まってきたところで、楽団が賑々しい音楽を奏で始める。
シンクリレア王国では全てのダンス曲が3拍子だから、一瞬それがダンス曲とは気づかなかったが、その曲がかかった途端にフロアの中央から人がザッと引き、両陛下が中央に滑り出す。

2曲目に入るとコモアグフィのカップル達がフロアに滑り出す。8分の7拍子という極めて取りづらいリズムに乗るメロディーは、どことなくエキゾチックだ。
3曲目になったら耳馴染んだ3拍子の曲に変わった。
速度は中間のトリトスだ、と思ったら背後からスッと腕に手を入れられて振り向く。
銀灰色の瞳が至近距離で悪戯っぽく笑んだ。

「これは、陛下のお気遣いだよ。せっかくの夜会で、使者殿達が踊れなくては始まらない。我が国の宮廷楽士達は大変優秀だからね。シンクリレア王国のダンス用の楽曲も自在に奏でられる。踊ろう。俺はちゃんとこのリズムのステップ踏めるから」
横を見たら、キディアン様とカーニス様が組んで踊り始めていた。

すれ違いざまに眼が合ったら、カーニス様は俺とエンデュサピオン様を素早く見比べ、不愉快そうに唇を歪ませて顔を背けた。

踊りながらエンデュサピオン様に説明されたのだけど、コモアグフィは多族国であり、他国からの移住者も多い。だからこういった夜会では、色々な国のダンス曲がシャッフルで流れる。お祭り好きの彼らは、殆どのステップが踏めるらしい。

「エンデュサピオン様には、度々親切にして頂いていますが、なぜなのでしょう」
俺が訊ねると、えっ、と銀灰色の眼を見開き妖しい紫がかった唇を笑みの形にした。

「そんなの、決まってるじゃない。気に入ったんだよ」
「は・・・?・・・ど、どこが・・・」
「まずその黒髪で黒目なところ。あと、淡泊な顔。それとカラダも良いね」
ターンの時にプラチナに輝く白い髪がサラサラと煌めきながら流れる。
「残念だよ」
氷原の魔王は妖しい流し目をくれながら、チロリと下唇を舐めた。
「シンクリレアの第4王子の伴侶に決まってなければ、俺の男にしたかったわ」
思わずホールドを解きそうになった。「おっと」と言って離れそうになった俺にわざとらしく密着する。

「俺とは仲良くしておいた方が良いよ。だって、俺、フィン様と仲良しだからね」
「フィン様?」
「皇后陛下。フィンヌンギシス様。元々、魔族の中でも同族だからね」

ああ、と、どこか納得した。肌や髪の色味、どこか蝋人形のような冷ややかな美貌。特に影の部分がうっすらと青みがかった感じになる白磁の肌の質感などが似ていると言えば似ている。

・・・え、でも・・・
「なぜ、皇后陛下が?・・・あ、やはり個別にご挨拶しておいた方が良いという事ですか?」

「いやいや、だって君、アズトガルゴスを捕まえたいんだろう?だったら、フィン様とは顔つなぎしておいた方が良いよ」

どう言う事?

その感情はあからさまに顔に出ていたんだろう。
「アズトガルゴスという魔賊が、過去、前魔王を討ち取って王座を手に入れた反乱軍の、四天王の一人だったってのは知ってる?」
俺は頷く。
「前魔王と実際に対峙して討ち取ったのはイズファーダだ。だから、新体制のトップにはイズファーダが立った。それは魔族である我々からしたら至極当然の意識。でも、アズトガルゴスはごねたんだよな。自分が一番勝利に貢献したってね。・・・あ、曲が終わる・・・何か飲まない?」

手を引かれるがまま窓辺のベンチソファに移動し、腰掛けた。途中、給仕の侍従から攫ってきたそれぞれのグラスを軽く当てて、喉を潤す。
こちらの話し声が聞こえない程度に距離を取って、エンデュサピオン様の護衛二名が、敢えてこちらを見ないように佇んでいる。

けれどもここは亜人の国だ。夜会の会場には獣人の貴族もいる。
この程度の距離なら内緒話も聞こえてしまうだろう。
だから、どうやらエンデュサピオン様は遮音魔法を周りに張り巡らせて話し始めた。

「アズトガルゴスがごねた理由は二つある。一つはイズファーダ主導の魔族国だとヤツのお楽しみが満喫出来なくなっちまう事。もう一つは権力を分断して、争いの火種を投下したかった事。言うまでも無く自分自身が玉座に着きたかったわけじゃない。万が一にも『じゃあお前がテッペン張れや』なんて言われそうな空気なら絶対にごねなかっただろう」

だって、アイツが一番嫌いなのは、いつも自分が見張られて他者に管理される事と、責任を負う事だからね、と言ってニヤリとその妖しい唇をつり上げた。

―――エンデュサピオン様が言うには。

アズトガルゴスは人の負の感情を吸って、それを自身の力にする。
確かに魔人が戦闘力のレベルを上げていこうとする際に、他者の負の情念を浴びると、それが自身の力になるという作用があるらしい。
だが、その吸収の際には一種の恍惚状態になり、更にそれを欲するようになる。
それが度重なるごとに、より多くの犠牲が必要になる。

多分・・・。
一種の薬物中毒の快楽に近いのかな、なんて想像してみる。同じ物では無いかも知れないけどそのようなものなのだと思うと理解しやすい。
薬物中毒患者の感覚だって、俺にとってはただの想像だし。
つまりは、快楽に必要な“負”が次第にエスカレートして行くという事だ。

強い戦士になればなるほど、それを取り込む機会は増えるわけだけれど、イズファーダ様は先代魔王への反乱軍で戦っていたときから、それを得るための殺戮を禁じていた。

それを得るため・・・つまりは弱者を殺戮する事だ。
なぜなら、相手も戦場で結果を残しうる戦士であれば、己の意思で戦場に赴く。だから多くの場合は、仮に命を落としてもそれほどの負の感情は発生しない。
絶望、怨嗟、呪詛、発狂、自暴自棄。そんな情動は、ひたすら蹂躙される弱者からのものが殊更に濃い。

つまりは殺すならば、敵軍の兵を殺せ、ということだ。民には手を出すな、と。

では、戦士同士ならばその“負”が全く生じないかと言えばそうではない。
悪辣で残忍な方法であれば、戦士が相手でも得られるし、その上相手の元々の戦闘スキルが高い方が濃い。

だから、ごねて一石を投じた。
イズファーダ様の方針に手放しに従う者ばかりでは無い。それに不満を抱く者も当然ながら相当数居る。
なぜなら、元々魔族は力が正義であり、弱者は強者の餌なり、搾取要員であるという思想がデフォルトであったからだ。

そんな不満を擽り、新政権を発足させようという初っぱなに対立構造を作っておく。

因みに魔族は口論というか、議論があまり得意ではない。時間をかけて説得したり、折衝したり、相手の意見を汲みつつ譲歩を引き出すとか、そんな面倒な事をするくらいなら、物理で相手を打ち負かして自分の望みを押し通す・・・で良いじゃ無いかと言う、まあ、言ってしまえば短絡思考だ。
勝った者が思い通りにする事に疑問は抱かない。
まあ、人間社会だって突き詰めれば勝った側が回して居る訳だけれども、その「勝ち負け」の基準が物理攻撃だけではないという事だ。

魔族の国は、先代魔王の治政のときより・・・いや、もっと以前から、為政者の頭がすげ変わろうと、いつの時代でもちっとも安定しなかった。
魔族の価値観がそうであるせいもあるが、王家や貴族階級の者達も、力が全ての、街を跋扈するごろつき集団と何ら変わらなかった。
民は常に生命の危機を感じながら、物陰でひっそりと身を隠すように暮らしていた。

亜人種は概ね多産である。人族と違って一度に出産する赤児の頭数が多い。
また、懐妊から出産まで母体に宿っている期間も人族に比べると短い。
そして、出産直後でなくても、赤児を見て情を感じれば母乳が出る体質の獣人も多い。
つまりは当の母親以外の者でも、子育てに協力出来るという事だ。
貧しさやひもじさの中で、亜人達の同族意識の強さに救われて成人出来た者は少なくない。
そうでなかったらとっくに庶民の人口はみるみる減って、国が成り立たなくなっていただろう。

だが、その構造を何とかしないと、いつまでも果てしなく繰り返されるカオスから脱却して国家の体をなす事が出来ない。イズファーダ様は、反乱軍の自軍を率いていたときから、取りあえず“国家としての体”を整えようと、一方的搾取ではなく循環する社会を築こうという理想を掲げていた。

『まずは庶民の人口を増やす』というのはイズファーダ様の悲願であったらしい。
無論、扮装の犠牲になる民もだが、餓死する民なども出さない。その方針を即位の儀式で誓ったほどだ。
反乱軍時代から彼の元に集まっている仲間達は、それに同調していた者達という事になる。

だが、反乱軍はイズファーダ軍だけではない。あちこちで蜂起した者達が集まって、その時の魔王に挑んだ。
元々の思想は違っていても、時の魔王を倒すという目的が同じで組んだのだ。
だから、いざその目的を果たし終わってみたとき、当然価値観が違い、その後の新政権下での指針は一枚岩ではない。
そこをアズトガルゴスはつついて次なる諍いを求めた。

ただ、イズファーダ様側に付いた者達も一枚岩ではないが、アズトガルゴスの下に集った者達も決して一枚岩ではない。
最終的にはイズファーダ様が玉座にふさわしいと判断するものの方が数が勝った。

故に、新政権の国家運営の第一義はイズファーダ様のそれに則る事になる。

アズトガルゴスにとって面白くない法律が次々と制定された。

当然ながら彼は従わない。折に触れ、付き従う手下を引き連れ、弱者を蹂躙した。そして、ならず者のお尋ね者となった。
そうは言っても、一体、誰が彼を捕縛出来るのかという問題があった。

その昔、反乱軍で共に活動していたとき、ちょっとした口論からイズファーダ様とアズトガルゴスが剣を交えた事があった。
最初からその対決を望んでいなかったせいもあってか、結果としてイズファーダ様の方が一本取られた形で周囲から止められた。

あのイズファーダ様ですら、手慰みとはいえ敗北を喫した相手。

だからこの国ではアズトガルゴスは恐れの対象であり、反乱軍並みの戦力を用意しなくては捕縛など出来ないと思われていた。
だが思いのほかあっさりと彼は捕縛された。フィンヌンギシス様によって。

「皇后陛下がアズトガルゴスを?」
エンデュサピオン様が頷く。
「一体、どうやって・・・」
「聞きたいだろ?」
なぜかドヤ顔で俺に確認を取るエンデュサピオン様。
操られるように頷く俺。

その時の俺はまだ知るよしも無かった。
それが俺にとっての、第二の師匠との出会いに繋がるなんて。
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