王子の宝剣

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第六章

#155 外道

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「それと、もう一つ。…そちらの方が、急を要する案件かも知れません」
オリヴィエノスさんが、少し早口になった。

「近いうちに…ナシェガ皇国の辺境領軍が、シンクリレア王国のエバーゼノン伯爵領側から攻め入り、中規模紛争を起こすことになるでしょう」

エバーゼノン伯爵領は、西の辺境伯領であるイエイツ辺境伯領のお隣だ。
西の辺境伯領…すなわち俺のダンスの師であるハリオンス公爵夫人こと、ウージェニー様の兄上であるマティウス様が治める領地。
先だって、やはりナシェガ皇国との国境紛争があり、恐ろしい大量破壊兵器を考案した物作りの天才、王妃殿下の異父弟ホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉を収監している場所でもある。

その隣領であるエバーゼノン伯爵領は、現在ほぼ領主不在状態となって久しい。

先だってのイエイツ辺境伯領で起こった国境紛争で、俺たちが助っ人に駆けつけた際に、あまりに防衛が機能していなかった事を、王都に帰還した際には上申したのだが、議会が選んだ暫定領主もまた実質役に立っているとは言いがたい。

「エバーゼノンを攻めるのは陽動で、本当の目的はイエイツ辺境伯領の方でしょう。おそらく、ホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉の奪還が真の目的だと思われます。この計画はもうブリアンテ中尉がシンクリレア王国側の手に渡った時から色々と画策してきたのですが、他の国境での紛争も散発していたせいもあり、遅れ込んでいました。
今回、陛下がご崩御という事で、シンクリレア王国側に隙ができたとう判断で一気に決行しようという流れができたようです」

「それはつまり、喪中であると知っているのに、あえてこのタイミングで攻撃してくるということですか?」
喪中の相手に攻め込むなんて!外道じゃないか!

「喪中だからこそだろう。国家規模で対応が鈍化するからな。相手が弱ったとき、鈍ったときを叩くのは基本だ」
俺の怒りの声に落ち着いたデュシコス様の声が応えた。

「信じられない!!」
喪中の相手を襲ってくるなんて!火事場泥棒かッ!!
俺は憤慨のあまり思いのほか大きな声を出してしまった。一斉に口に人差し指を当て他仕草でトーンダウンを命じられる。気がつけば反射的に立ち上がっていた。
フーッと肩で息をついて再び着席する。
「失礼ました…」

「実行に移すのはいつ頃なのか…までは分かりませんか?」
王子が少し前屈み気味になりながら、少し小声でオリヴィエノスさんに訊ねた。

「おそらくは、送り火期間が終わらぬうちかと。王太子殿下…ああ、もう国王陛下になられますね…が即座に対応する事ができないと踏んで…」
「なんて汚い!」
「戦とは汚いものだ。どういう方法で何をすれば相手がダメージを食らうか、最小の労力で最大の効果を得る方法を常に考え合う、負の知恵勝負だからな」
「紛争を起こすにも口実が必要なのではないですか?体裁上」
「…まあ、それは前回と同じように山賊とかごろつきの紛争をさせて、単に金品や食べ物を奪うために襲撃した、という体で始めるのだろう。もともと本当に山賊がよく出没する場所でもある」

カッカしながら言う俺に間髪入れずに返してくるデュシコス様。

「もう一度確認しますが、その攻撃の一番の目的はブリアンテ中尉の奪還なのですね」
頷くオリヴィエノスさんに、更に難しい表情で王子が訊く。
「それは、軍が中尉の能力をシンクリレアに奪われるのを恐れているからですか?…それとも…王妃様との繋がりの方が重要視されての…?」
「比重としては、前者の方が重いのではないかと思われます。実際に、中尉の考案した兵器が、他の紛争地でかなり効果を上げていますし」

王子は悲しい顔をして黙ってしまった。

「…あなたと、アハティア将軍は大丈夫なのですか?」
しばらくの逡巡の後王子が少し申し訳なさそうに訊ねた。
「…ナシェガ人のあなた方が、その情報を私たちに知らせるのは…つまり、故国に対して…」

「私はナシェガ人ではありません。先々代の時代に征服された南の少数民族国家ギャクナス人です。…そして、アハティア将軍が忠誠を誓っているのはユミエラ前皇后陛下であり、魔獣討伐を使命とする騎士団にのみです。現皇帝でも軍部でもありません。ユミエラ前皇后陛下は、常に全方位に挑んで紛争を起こす膨張志向の国政のあり方を止めようとされていたお方です」

その言葉が全てを物語っていた。
ナツコ先輩は、ブリアンテ中尉をナシェガ皇国に引き渡してほしくないのだ。
もちろん、俺たちだって、それをかなえてしまう事がどれ程恐ろしい未来を作り出すか分かる。

「情報をありがとうございます。…アハティア将軍は今どちらに?」
「ユミエラ前皇后陛下がここのところあまり体調が思わしくないので、ずっと付き添っております。お二人とまた会って話したいと申しておりました」

「くれぐれも、くれぐれも、アハティア将軍によろしくお伝えください」

これらの情報を知った以上は、俺たちは急いでイエイツ辺境伯や騎士団長に連絡して、しかるべき対応をとらねばならないだろう。
速やかに。
そして水面下で。

俺たちは、オリヴィエノスさんに、そして彼を使わしてくれたナツコ先輩に何度も感謝の言葉を告げて散会する事になった。
ソニスはもう作業に戻ってしまっていたから、ちょうど通りかかった歳の近い神官に、お礼の伝言を頼んで神殿を後にした。



そこからは俺たちの行動は急ぎ足だった。
急いでは居るが、傍目には静かに喪に服しているように見せなければならず、常に張り詰めていた。

「エヴォルトへの連絡は私がつけよう。ノール兄様とダイはマティウス殿と連絡がとれ次第、対応を。あと、ダイ、もしかするとハルエ殿にも相談した方が良かろう」

デュシコス様の指示に従って、王城に到着後直ぐに俺たちはそれぞれの相手と連絡を取った。

西の辺境伯、マティウス様は、一度だけ転移で神殿に弔灯を捧げに来たらしいが、王宮に寄らず速攻で帰還した。
夫人が身重である事とやはり“山賊”の出没に対応するためとのこと。

弔問は、9日を過ぎた頃に、義妹夫婦に代理で来させたようだ。
王宮を訪れる弔問客は順番待ちで、タイミングによってはその日のうちに済ませられない事もある。
現状そんなにゆっくりと領館を離れることは出来なかった。

公式な国葬の日程は、神殿の星読み機関から、送り火期間が明けてから公表される。

次々と贈られてくる弔伝や献花、訪れる弔問客は、式典庁の文官達が捌いてくれる。
王子は隙を見て、魔道棟に向かった。

文官棟にも通信設備はあるが、今は混み合っている。
それを理由に魔道棟の通信魔道具で弔意のお礼を伝えると言って、急ぎ、マティウス様に連絡を取ることにしたのだ。

魔道棟もまた、喪に服して照明を暗めにしていた。
門衛に立つ魔道騎士達も、顔面に薄いベールを垂らしている。

王子も俺も顔パスだから、黙ってお辞儀をした後足を踏み入れた。
もちろん、ナーノ様とホランド様も伴っている。

俺は、或る一角に差し掛かったときに、その奥を見て「帰りにオーデュカ長官の部屋によっても良いでしょうか」と訊ねた。

オーデュカ長官はもうここ何ヶ月も王城に寝泊まりして研究をしていた。
今回、陛下が崩御されたことで、更に帰宅のタイミングを外してしまっただろう。
もっともオーデュカ長官の自宅は、王都の郊外のボロい借家だ。
勤務地である王城からは遠いし、不便だからもう何年もこの魔道棟で寝泊まりしていて、本当に極たまにしか戻っていない。
ヘタをすると家賃を払うためにだけ逆日帰りをするくらいだ。

だから、彼は確実に居るだろう。

こんな事態にな直前に、ラーラ王女殿下が襲撃された現場に連れて行ってもらう約束を取り付けた。
その件について、少し話しておかないと、もしかするとこの後すぐに西の辺境伯領に行く必要が生じるかも知れない。

少し約束を詰めて置いた方が良いかもしれない。
そう考えて、会っておこうと思った。


俺・ナーノ様・ホランド様以外の者達を人払いして、王子が向かったスクリーンにマティウス様と、急遽同席したジョバンニ様も映し出される。

ジョバンニ様は、転移で王都に弔灯を捧げに来ようとしていて、一旦領都の城に戻っていた。

お悔やみの挨拶のあと、王子は真っ先に、現在イエイツ領都で囚われの身となっているホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉の身柄を、転移で王都に送還するよう要請した。
本人の精神を安定させるために、ヘイガス・ホートヴィンテや、ウィダン、ゼネトら部下達も纏めて送ってきた方が良いとも告げた。

万が一、件の部下達の誰かが敵の手に渡ったら、その者を人質にブリアンテ中尉を操られる可能性がある。

逆にこちら側に確保しておけば、抵抗もされないだろうし、いざとなったらこちらサイドの人質として使える。

そして、おそらく送り火期間が終わらぬうちに、ナシェガ皇国は仕掛けてくるであろう事を伝えた。
手順として、エバーゼノン領から。
そちらには、王都の騎士団から援軍を送るよう指示するから、イエイツ領の領属騎士団は“山賊”に扮した敵の前線部隊に備えるように。

ザッとそんなような内容を話した。
そして、異変を感じたら即座に連絡をくれ、と。

マティウス様もジョバンニ様も、スクリーンの向こうで緊張した面持ちになった。

「悪いが俺はやはり、王都に行くのを止める」

「ええ、そうして下さい。父上を悼むお気持ちは有り難いですが、急ぐ必要はありませんし、今は有事に備えていただいた方が」

ジョバンニ様の言葉に、王子も頷いた。

その場は、急ぎ必要事項だけ伝え、何よりもホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉一行を転移ポータルから王都に送還するために動いた。


俺達が西の辺境伯領と連絡を取っている間に、デュシコス様が団長を捕まえて、エバーゼノン領への騎士団の派遣が急務である事を伝えた。
その場には、たまたま宰相も居たから、速やかに水面下での根回しを進めて貰えることになったらしい。

最も急いだ手続きはブリアンテ中尉一行が到着した後の収監場所だ。
それは満場一致で、魔道棟の最奥にある、殊更魔力の強い貴族を収監する仕様の貴族牢だった。

おそらくなのだが、ブリアンテ中尉はヘイガスはじめ信頼する部下達の安否だけが気がかりなようで、収監されている間、食事が運ばれたり、取り調べ官が入室したりする度にその事を訊ねていたという。
部下達も同様だった。

逆に、お互いが無事で、いたぶられたりはしていないという事が伝われば、さほど激しく抵抗されることなく、知っていることは話してくれているらしい。

まあ、どうやら俺が同席したときと同様に、どことなく両者の認識や情報がズレている部分も有るらしいが。

ところで、魔道棟の通信魔道具からマティウス様やジョバンニ様に連絡が付き、下がってくる途中で、オーデュカ長官の研究室を訊ねた。

なんだかんだ言っても、この魔道棟全域の最高管理者はオーデュカ長官なのだ。
魔道棟最奥の貴族牢も、魔術的な『鍵』の官吏はオーデュカ長官の許可が要る。

俺の要件以前に、ブリアンテ中尉一行が転移で送られてきた後の準備をしなくてはならない。

オーデュカ長官は王城内と言うこともあり、一応そこは最低限気を遣っているらしく、喪服ではあった。
ただ、服装に関してだけは、きっと部下の誰かが持ってきて着替えさせたのがありありで、いつも通り研究室に引きこもって、魔道具を弄りながら実験を繰り返したり、魔方陣の資料を積み上がった大量の資料から探したりと、ほぼ通常運転だった。

それでも、喪中であると言うこの時期に、みんなで連れ立ってわざわざ魔道棟までやって来ての面会は、なにか異常事態だと察したのか、驚いて直ぐに対応してくれた。

貴族牢の準備が出来て、今度は転移ポータルに併設されている通信魔道具からイエイツ領都のマティウス様に連絡する。

それぞれに枷を付けられている状態でも、ブリアンテ中尉も部下達も、互いの無事な姿を確認出来たことで、比較的おとなしくしたがってくれ、移動は恙なく行われた。

貴族牢の二部屋、続き部屋で用意した。
片方にはブリアンテ中尉ひとり。
もう一部屋には部下達3人を入れた。

完全に収まったときに、我々立ち会いの下に、オーデュカ長官が魔法で、互いの部屋を隔てている壁に魔方陣を展開した。
すると、その魔方陣の内側がガラスのように透けて、隣の部屋が見えるようになる。

相手側の方からも透けて見えるようになるらしく、お互いを呼びながらその壁に擦り寄って涙を流した。

「あなた方が私どもの指示に従って下さるなら、今後は少なくとも1日に一回はこうして対面させて差し上げましょう」

オーデュカ長官は約束した。

ただし、そのアイデアを出したのは我々だ。
万が一にも逃亡しようとはしなくなるまで、時間をかけて説得し、最終的にはシンクリレア王国に投降してもらう。

彼のような非常に危険な才能を、あの国に戻してはならない。
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