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・屋敷編

Wed-12

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 そのとき、ふと、目線があった。
 それは会場の隅にいた、ひとりの男の客だった。仕立てのよい服に身をつつんだ恰幅のいい壮年だった。いかにも男らしい顔つきをしていて、そのぎらついた眼光が、青年をとらえた。
 見られている。
 事実この場に出された時からそのことはわかっていたが、眺める客に注視されているのを実感して、余計にそのことを感じる。
 くっ、と青年は下唇を咬んだ。歯が膚にめり込む。だが、息があらくなってすぐに唇は半ば開かれるかたちになった。
 しかし、彼はというと、いっこうに『花』をとる気配がない。周囲にうろうろと手ぶらな中級たちが空いているのに、彼らを寄せずに、じっとこちらをうかがっている。むしろ、青年こそが、彼の獲物ではないかという具合に。
 青年は、頭の片隅に残っていた余力で考える。といっても、これはいいタイミングだ。この時点で誰にもなびいていない、ということは、もしかしたら、自分でも釣れる・・・のかもしれないのだから。もし、その魚が釣れたら、すこしでも稼ぎの足しになる。
 だが、そのためには確実に、男にこの自分を選ばせなくてはならない。ショーのために引き出したものに手をつけさせる必要がある。
 今はこちらに興味があるらしく、何度も視線をこちらに寄こしてきているが、いつその興味が別の男たち商品にかわるのか、わからないのだ。
 打てるうちに手は打ったほうがいいか――? しかし、打つとしてもどうやって……。
 こちらから、あの部屋の隅にまで移動することはできないし、そもそも自分から男を誘うのか?
 じりじりと熱が増していく肉体のなかで、考えても、次第に快楽にそのスペースさえが奪われていく。後ろがうずいてつらい。それを逃がすすべもないのだ。
 ああ、もう、とにかくどうでもいい。
 どうにかして、うずきを、どうにかして。
 そうだ、あいつのでもいいじゃないか。もう、何でもいいから。
 こちらを見る客の男を見た。誘うことすらできない。こちらから仕掛けることもできない。
 だが、たった一瞬でも、青年はそう思った。
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