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54 狭間の物語 ◇◇◇ セル、水落石出……される
しおりを挟むルルが目の前で手をヒラヒラとさせても、セルは虚空を見つめたまま動かない。
ヒラつかせていた手を戻し、腕組みをしてルルが苦り切っていると、本を抱えたシャフまでやってきた。
「あれ……これはどう言う状況です?」
これは問いかけたくなっても仕方ないだろう。
床を睨み付けたまま思考に没頭するセルを前に、ルルがムゥっと口をへの字に曲げて腕組みをしているのだ…首を捻らない訳がない。
「ぁ、お帰り…。
んぁぁあぁ~~~なんて言えば良いんだ…」
ルルが振り向くと同時に、頭を掻き毟り出した。
だが説明しないと言う選択肢はなく、しどろもどろと事の顛末を話すと、シャフも目を真ん丸にする。
「おや……わたしもてっきり、セルがやっと…と思ったのですけど…」
「だよな!?
俺だけの勘違いじゃねぇよな?」
未だに床を睨むセルを、シャフは気遣わし気に見遣る。
「まぁ、セルが鈍いのは今に始まった事じゃありませんが……我々も特殊な身の上ですしね…」
ルルがグッと唇を引き結んだ。
「だからって、セルが幸せになっちゃいけないってこたぁないだろうが…」
「勿論。
ですが、セルの気持ちもわからないではないでしょう?
わたし達はある意味亡霊です。
同じ祖国を故郷としながらも、他国で足場を固めたリッケ家等と違い、わたしや貴方、そしてセルの家はもうない祖国を諦められなかった……。
何時の日か取り戻すのだと…この旅もその為のモノですしね。
だが祖国を……古国を望む者達は、皆疲れ果てました…」
シャフが悲し気に目を伏せると、ルルもつられるように引き結んでいた唇を緩め、目線を落とす。
「いまや、彼の国を諦めていないのはわたし達だけです。
でも……だからこそ、セルは血を絶やそうとしている…多分無意識に…。
祖国を諦めきれない感情は、最早呪縛でしかない…呪いと言っても良いでしょう…。
そんな物に縛られる者を増やしたくないという気持ちは、わたしにもあります。
ルル…貴方も感じているのではありませんか?」
図星だったのか、ルルは美麗な顔を、今にも泣きそうにクシャリと歪めた。
「ですが……」
シャフは少しだけ困惑を混ぜた表情で、ルルを見る。
「わたしは、セルが彼女に惹かれているのは確かだと思います。
セルは亡国公爵家リギナートの生き残りとして、リッケ家に保護されてきました。
わたしも…ルル、貴方も同じくリッケ家で一緒に成長してきました。
ですからイーダ嬢がセルに思いを寄せている事に気付いていましたが……まぁあれだけあからさまにアピールしていれば、気付かない者なんて居ないでしょうけど。
なのでセルも察してはいたと思うんですよ…彼女の気持ちを。
でも取り付く島さえない程に、セルはイーダ嬢を拒否し続けていました」
ルルはパッと顔を上げた。
「そう!
そうなんだよ!
いやぁ、イーダ嬢が気の毒になる程だったもんなぁ…。
でもまぁ…かなり性格がきつくて……セルもそうだったんだろうが、俺も苦手だったし…万が一セルが受け入れてたら、俺はきっと姿を晦ましてたと思う。
こう、なんて言うか……典型的お貴族様思考って奴?
あぁいうの、俺、馴染めないんだよなぁ」
再び腕組みをしたルルは、うんうんと頷いているが、シャフはそれを見て呆れたように溜息を一つ溢す。
「一応わたし達は皆、貴族階級の出身なのですが…」
「ヘッ。
亡国の貴族階級だった歴史なんて、今の俺達には露ほども役に立たないだろうが」
更に呆れたシャフは、首をゆるゆると横に振る。
「その亡国の貴族階級だったと言う過去のおかげで、わたし達はリッケ家に保護され、食うに困らずに済んだのですがね…」
「う…でも、実質平民だろうが。
ま、なんにせよ、俺は何としてもセルとフィーをくっつけてやる。
フィーの身分や出自なんて、セルが気に入ったって言うんなら些末な事だろ?」
シャフは苦笑交じりに肩を竦めた。
「まぁ…そうですね」
そこまで言ってから、シャフは少し遠い目をして呟く。
「でも、何故でしょうね……彼女に何か感じる所があるのはセルだけじゃないようです…」
その呟きは本当に小さかったようで、ルルには聞こえていなかったのか、セルの意識を地上に戻そうと必死になっている様子が目に入った。
「……きっと……ぃぇ、一番にセルの事を考えなければ…。
王も女王も仰げないわたし達にとって、唯一の主であるセルの事を…」
シャフの呟きは、他の誰にも拾われる事なく虚空に消えた。
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