亡国戦線――オネエ魔王の戦争――

石和¥

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忍び寄る影

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“お呼び出し致します。魔王領よりお越しの、魔王陛下。入口ゲート前までお越しください。王女殿下がお待ちです”

 “魔導拡声器おしらせちゃん”から響いてきた声に、アタシのシリアス顔は脆くも崩れる。
 何してくれてんのあのトンチキ王女は。
 これ、本来の用途迷子案内を知ってる身からすると、不自然なことこの上ない。

「ちょっとゴメンね、あなたたちは自由行動にするわ」
「陛下、護衛は?」
「姫騎士殿下のところだから、大丈夫よ。ミルトンちゃんも、みんなと一緒に王国の味を体験してみてちょうだい」
「わーい! 陛下ありがとうございますー!」

 新旧パティシエ・ガールズたちから離れ、アタシは入口ゲートに向かい……思い直してコルシュちゃんを呼び止める。

「ねえ、コルシュちゃん」
「はい?」
「メニューに合った飲み物を揃えると、短時間で客単価が上がるわ。彼女たちの店に向いてそうなのを、いくつか選んで用意してあげて。もちろん、あなたたちのところもね」
「はい! ありがとうございます!」

 おっとり癒し系の笑顔に見送られて、アタシは再びゲートに向かう。
 金貨1枚。それだけの売り上げが達成出来たら、彼女たちは商店主として一人前といってもいい。そして、たぶん彼女たちにとって大きな自信になる。
 可能な限り、実現させてあげたいと思う。若いうちの成功体験はひとを大きく成長させるって、知っているから。

 挫折の体験はひとを強く鍛えるけど、半分以上は潰れてしまう。未来ある若い子たちが、アタシみたいになられても困るのよね。

◇ ◇

「ハーン陛下、こっちだ」

 入口ゲート前に待っていたのはマーシャル王女殿下だけではなく、白金甲冑を着込んだ彼女の部隊が20名ほど。王女殿下も甲冑を着込んで、腰には剣までいている。

「どうしたんです、その恰好は。こんなときに演習でも?」
「冗談ではない、いずれわかるだろうから先に伝えておく。対岸で動きがあった。共和国軍の西部方面軍1個師団、約1万が王国に向けて移動を開始している」

姫騎士砦ここに対しての偵察でしょう。いきなり数日で巨大な砦が出来れば、警戒するのも当然だし、示威行為を行って反応を見ようとするでしょう。でも、わざわざ河を越えて攻め入ってくる可能性は低いんじゃないかしら?」
「なぜ」
「あの河、うちの工廠長が浚渫しゅんせつしちゃったでしょ。殿下にも報告したと思うけど、いま水深が倍くらいになってるの。流れも速くなってるし、岸も高くしちゃったから、前みたいに小舟じゃ上がれないと思うの」

 共和国は過去にも10年に1度か2度ほど、ソリデン平原に侵攻しているのだそうな。小舟を使って橋頭保を築き、平原を共和国領土と宣言する。その度に王国側は兵を率いて対岸へと押し返し、振り出しに戻ると。
 そんな共和国の侵攻に対して王国が恒常的な防衛策を取らなかったのは、無駄に広いだけで特に利用価値もない平原のために莫大な金と労力を投入する余裕がなかったからだ。
 興味がなかったともいう。
 王国の穀倉地帯として名高い広大で肥沃なカイダル平原と違い、ソリデン平原は痩せていて、石が多く、河岸は湿地のため地盤が緩く、しかも低地で頻繁に水が上がる。これで陸続きでなければ共和国にくれてやってもいいレベルの場所だったらしい。

 城壁に登って銃眼から見下ろすと、対岸では共和国の斥候らしい草色の服を着た兵士が10人ほど動いているのが見えた。
 このところ雨が少ないので水位は下がっているけど、聞いていたより流れは速い。しかも、水流が共和国側に向けて変な渦を巻いている。

「……イグノちゃん、やり過ぎ」

 王国側には伝えていないけど、イグノちゃんは河底をさらう浚渫のついでに・・・・治水用の護岸工事を行って、水中に可動式のせきを埋めてる。
“水流が対岸側共和国に行くようにしました! 洪水になったときでも、被害はあっちだけです!”

 ……鬼である。

「我々も警戒はしているが、むしろ問題は共和国むこうではなく。王国こちらの事情だ」
「……と、いいますと?」
「おそらく、援軍は来ない」

 ええと。それはつまり、いざとなったら、姫騎士砦を見捨てると?

「ここに常駐している兵はわたしの直属の30ほどだけだが、どう考えても渡河可能な兵力程度で、この砦は落ちん。補給が途絶えて飢えることも有り得ん。そして何より、ここにいるのは王国でも魔王領と親しい改革派の人間だけだ。いまの段階でいえば、ここが攻撃を受けたと聞いて喜ぶ者の方が多い」
「世知辛いわねえ……」

「申し訳ないとは思うが、それが王国の現状だ」
「いいわよ。全ッ然、問題ないわ。助けが必要なら、いつでも、何でもいってくださいな。あそこにある平船、見えます?」
「ああ。それが?」

 魔王領ヒルセン新港からソリデン平原まで城壁と橋を運んで来た魔導クレーン付きの巨大な平船は、いまもリニアス河の上流河岸に係留されている。
 そこには防水布を被されてはいるものの、建築用の虚心兵ゴーレムが20体、休眠状態で積載されたままだ。
 おまけに城壁の砲座には新型の圧力砲が10門、据え付けられている。対岸まで射程に収める上に、試作(といいつつ量産)された爆裂魔導弾とやらを1分間に10発近く発射するのだそうだが、殿下にはまだ“祝砲みたいな飾りものです”としか伝えていない。

「ただでさえ姫騎士砦ここ、過剰戦力なんですよ。王都から目が届かないから大丈夫だろうって、うちの輜重隊の悪夢工廠長が暴走しちゃって。ですから、侵攻を察知しても王国軍の方々は、外に出ないで頂けるとありがたいわ」
「……頼もしい気持ちになる筈なのに、なぜか逆にひどく嫌な予感がするのは何故だろうな」
「カンガエスギデス」

 アタシは棒読みで答えながら、強張った笑いを浮かべた。

◇ ◇

 城壁から降りたアタシたちは、インフォメーションセンターに向かう。
 平屋のプレハブを4軒組み合わせて作られたそれは外階段の2階建てになっていて、演劇を行う際には上部が左右に展開して雛段付きの大舞台になるのだとか。工廠長に余計な時間と資材を与えるとろくなことにはならない例のひとつである。
 1階の応接室で、マーシャル殿下はテーブルに広げられた契約書を示す。

「まだ詰めていなかった部分だが、魔王領側に依頼した施設建設費と、レシピ使用料、それに指導料の支払い方法だ。“まだ考え中”、とのことだったが、そろそろ決まったか?」
「ええ、乳牛でお願いします」
「にゅー? 乳牛って……ウシか?」
「そう。1割程度は、雄牛もね。あと端数が出たら、麦でいただくわ」

 我ながら良案だと思ったんだけど、王女殿下は怪訝そうな顔で首を傾げる。

「金は? 要らないのか?」
「メレイアへの来客だけで、十分過ぎるほどにいただいてますよ。だいたい、姫騎士砦ここ不均衡それを調整するための企画だったでしょう?」
「……まあ、それは、そうだが」
「お金でもらったところで、今回の利益は王国からの素材購入にてるつもりだったんですもの」
「いや、構わんのだが、まさかウシとは……」
「いま魔王領に乳牛は4頭しかいないの。しかも水牛よ? あとヤギ。クセのないミルクがないとお菓子作り大変なんだから!」

 水牛のミルクはサッパリしていて美味しい。ヤギのミルクはコクがあって、栄養的には牛乳より人間向き、なのだけど。
 どちらもお菓子向きではない。
 水牛ミルクは乳脂肪が低いらしくてコッテリ感が出ないし、ヤギミルクではどうしても独特の風味が残る(気がする)のだ。

 そもそも、まだ王国側に話していないが、魔王領では、わずかながら金と銀の鉱脈も発見されている。
問題は、領内に金貨や銀貨が――というより独自貨幣が流通してないので使い道がないこと。
 宝飾品もあまり珍重されず、柔らかくて重たいだけの金や銀の価値は低い。
 その結果として、精製コストがまるで見合わない。
 魔王領は鉄鉱石以外――それも工廠長だけだけど、あまり必要としていないのだ。
 ちなみに、宝飾用白銀珠パールの需要を見込んで先代魔王が進めていたモテナ貝の養殖も、輸出計画が滞ってダブついている。
 パールを取った後の貝柱とかは、大人気なんだけどねえ……

「わかった、乳牛だな。最高の物を届けよう」
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