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パフェルの思い

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 姫騎士砦フォート・マーシャル内部の城壁沿いには、搬入用の馬車やトラックを停めるスペースがある。最寄りの集落まで10哩近くはあり、それも寒村しかない状況なので、いずれ施設の常設が決まったときには簡易宿泊所を建設しようと空けておいたスペースだ。
 試験開催期間中の現在は、そこがスタッフの露営場所になっている。

 本番前日とあってみんな早めに眠りに着き、翌朝は明け方から準備のため動き始めていた。朝が苦手なアタシは眠い目を擦りながらも、周囲でキビキビと動き回る魔王領民たちを手伝おうと身なりを整えてテントから出る。

「宿を建てるとしたら、お風呂も欲しいわねえ……」

「「「「おはようございます!」」」」

「おはよう、ごめんなさいね遅くなっちゃって」

 驚いたことに、もう朝獲れの新鮮な海の幸がヒルセンから運び込まれていて、魔王領選抜厨房部隊によって着々と下拵えが進められていた。
 魔王とはいえ大名出勤で、少し恥ずかしい。

「魔王陛下」

 声を掛けられて振り返ると、魔王領露営地の前で、エプロンドレス姿の女の子たちが思いつめた顔で立っていた。

「ああ、あなたたち、王国のパティシエ・ガールズね。おはよう、ちゃんと眠れた?」

「「「「は、はいッ」」」」

 お嬢さま風の巻き毛の子……テインちゃんとかいったかしら。リーダー格らしいその子が、ひとりだけ頭を下げたまま動かない少女に寄り添い、一歩だけ前に出る。

「お忙しいところ申し訳ありません、魔王陛下。す、少しだけ、お時間を、いただけないでしょうかッ」
「え? ……ああ、いいわよ?」

 励ますように背中を押され、栗毛で天然パーマの子が頭を上げる。彼女だけ、制服のエプロンドレスではなく簡素な木綿の私服だった。
 思い出したわ。昨日アタシが叩いちゃったライ麦農家の娘、たしかパフェルちゃん。

「昨日は申し訳ありませんでした。父には謝って、キチンと話しました」

「……そう」

「自分が間違っていたことも、父の仕事や村のこと、食材を生産してくれる農家のことを知ろうとしなかった愚かさも理解しました。宮廷料理長上長に手紙を渡して、王妃陛下や王女殿下にも、期待を裏切ってしまったことをお詫びさせてもらいました」

「そう、殿下は何て?」

「……“謝る相手が違う”と」

 ごもっとも。

「自分が要らない人間なのは、わかっています。出て行かなくちゃいけないことも、知ってます。でも、もう一度だけ、チャンスを下さい。評価もお金も制服も要りません。下働きでも荷運びでも、何でもします。ここにいられるだけでいいんです。どうしても、みんなと一緒に、最後まで姫騎士砦ここで働きたいんです。お願いします!」

「「「「お願いします!!」」」」

 女の子たちは一斉に頭を下げ、必死に声を上げる。
 周囲で立ち働いているひとたちは何事かとこちらを見ている。
 これはたから見たらアタシ完全に悪役なんじゃないかしら。いや、魔王だから別に良いんだけど……
 首を傾げて息を吐く。
 支え合う若者たちこういうのって、若い頃に憧れてたわね。そんな仲間も打ち込めるものも、アタシにはなかったけど。

「良かったわね」

「は、はい……?」

「ここだけの話、あたし若いとき、ホントどうしようもないクズだったのよ。いつか親とか恩人とかに会って、ちゃんと謝ろうと思ってたんだけど。……そんな機会はないまんま、死んじゃったわ」

 まあ、正確にはアタシが、だけど。

「あなたたち、まだ間に合うじゃない。何度でもやり直しが利くじゃないのよ。ねえ、パフェルちゃん?」

 少女の顔がビクンと強張る。

「は、はいッ!」

「下働きやら荷運びやらするのは勝手だけど、ヘンに卑屈になって隅っこで丸まってるのなんてダメよ。みんなと一緒にいたいなら、みんなと同じ制服を着て、同じように働いて、同じ賃金を受け取りなさい。責任を持つって、そういうことよ」

「……それでは、わたしのやってしまったことは」
「許されないわね」

「「「「!!」」」」

「す、すみません! もう二度とこんなことは」

「するわよ。あなたも、仲間たちも、何度だって迷うし、悩むし、道を誤る」

「……で、ですが」

「そのときは、支えてあげなさい。引き戻して、一緒に悩んで、ちょっとでも分け合ってあげなさいよ。5人の仲間あなたたちは、そのためにいるんでしょう?」

「「「「「はいッ!」」」」」

「さ、いよいよ決戦当日。こんなとこで話し込んでる暇はないわよ。さっさと仕事に戻って!」

「「「「「はいッ、ありがとうございます!」」」」」

 女の子たちは、泣きじゃくるパフェルちゃんに寄り添って抱き締め、頭を撫で回しながら自分たちの仕事場へと向かって走る。
 青春よね。若いって良いわ……

 さて。

「出てきなさいよ、聞いてたんでしょ?」
「陛下」
「ろくな生き方してこなかったあたしが偉そうにお説教だなんて、笑っちゃうわね。何様のつもりだってのよ、ねえ? 自分でも、恥ずかしくなるわ」

 ひょこんと天幕の陰から顔を出したカナンちゃんは、必死な表情で両手を振る。

「そんなこと、ありません! 魔王陛下は優しくて、聡明で、ご立派です」

「いいのよ、そんなに気を遣わなくても。……ありがとね」

「ふぇ?」

「あの子たちを、助けてくれたんでしょ。昨日の感じじゃ、泣いて嘆いて絶望して、団子になってオロオロする以上のこと、出来るようには見えなかったもの」

 カナンちゃんがパティシエ・ガールズのリーダーなのは、料理の腕だけじゃない。性格や笑顔や発想力だけじゃない。この子は、どんなに忙しくても、常にみんなを見て、考えてるのだ。
 どうやったら、前に進めるのか。どうすることが、幸せに繋がるのかを。

「……ええ。仲間、ですから」

「ふふッ」

 ふわふわしたカナンちゃんの髪の毛を、アタシはクシャクシャッと撫で回す。

「ひゃあッ、魔王陛下!?」

「あなたが、魔王領うちにいてくれて良かったわ。さ、行きましょう。戦いの始まりよ!」

「はい!」
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