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閑話①

閑話ーちいさなヒーロー②ー

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「リーナを保護したぞ~」

 少々立派な旅装束を身に纏った朱色の髪の青年が、同じ髪の色の少年と、金色の髪の少女を腕に抱えて屋敷に入ってきた。服のあちこちが小さく擦り切れ、葉っぱや木の枝がくっついて薄汚れた姿の朱色の髪のまだ幼い少年の服を、金色の髪の少女が同じようになったドレス姿で握ったまま眠っている。少年が大事そうに少女の金色の髪をなでていた。

「ヒューイの馬車を見るのに高い木に登ったら、降りれなくなっちまったんだって…」








ユニや使用人たちが、セリーナを探し始める少し前のこと。

 ヒューバートを見送り部屋に戻ったセリーナは、不意に不安に包まれてしまった。散々兄に説明されすぐにいなくなることは無いからと、ちゃんとお断りを入れてくるからと説明されていたのだが、部屋の窓から見えていたヒューバートの乗った馬車が行ってしまうと、涙が零れてしまったのだ。

「母様の次は、兄様なの……?」

「兄様も、もう帰って来ないかもしれない……」

「あたし、いい子にしてるのにっ」

「もう母様に会いたいって、わがまま言わないからっ」

「兄様まで、あたしから取り上げないでっ」

 当時、窓の鍵まで手が届かないほどの身長だったセリーナは、窓の縁に足をかけ自室の窓を大きく開けた。

「あたしが悪い子だったの?」

「あたしがいなくなれば、兄様は帰ってくるかな?」

 ポツリポツリと自室に一人、心の声が洩れ出てしまう。
 どんなにいい子で待っていても、母親はあれから一度も帰ってきていない。何でだろうと考えても、表向きは治療の為とはいえ、家を出て行って全く帰って来ない母親の理由すら知らされてないのだ。母親が大きな病気なのか、命にかかわる病気なのかと幼いセリーナの胸は張り裂けそうであった。
 だがそれではない、何か大きな力が働いている事も肌で感じていた。だがそれを深く考える力も、それを人に聞く勇気も、当時のセリーナには育っていなかった。

 ――もっと高い所からなら、兄様の馬車見えるかな…

 窓の縁に立ち、風にお願いしてスペンサー家で一番高い木に飛び移った。木の中腹の太い横枝に腰を掛け兄が乗っていった馬車が消えた道の先へと瑠璃色の目を向けた。

 ――そうだ、星にお願いしてみようかな……?
 ――どうしたら兄様、いなくならないかなって
 ――…何で皆、いなくなっちゃうの?

 ただ原因が解れば、回避できるかもしれない。そうすれば事態は変わるかもしれない。理由が知りたかった。きっとすべての行動に意味があるのだと。

 ――母様は、あたしを大好きって言ってくれるもんね…
 ――……嫌われている訳じゃないもんね…

 思いたって、すぐにでも星獣の森に連れて行ってもらえるようにお願いしようかと思うが、まだ不安が押し寄せてくる。

 ――あ……これは、わがまま?
 ――リーナがわがまま言ったら、兄様帰って来ないかもしれない?

 そう思うと、セリーナの顔から血の気が引いてしまった。もう、自分は何もしてはいけないのかもしれない。どこかに隠れて兄様が無事に帰ってきてくれるように、星にお願いするしかないのではないか。


 確かに理由のあったことだったし、誰もが気遣い合っての母の治療目的の別居であったし、兄への王都の学校への入学打診事だったのだろうが、現実たった7歳の少女がひとりは寂しいと、それを声に出せない状況に陥っていた。暗く思考が沈んでいく。
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