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1 諦めた私
1‑7 婚約解消と崩れ落ちる足場
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👪
「エステル。今日にでも、お前とクレディオスの婚約を解消する事になった」
今朝、家族が朝食の席に着き、サラダと前菜が並べられるのを見ていると、突然父が宣言した。
「は? それは、いったいどういう?」
「どういうも何も、そのままの意味だ。クレディオスは、お前の婚約者ではなくなる」
「では、アーヴィッコ侯爵家との縁はどうなるのです?」
将来縁戚になるからと、いくつかの新規の共同事業も始めているし、なにより、私が魔力の高い後継者を産むために王家と宮廷の高官達が選りすぐった婚約者だったのでは?
王家から血系保全のために決められた婚姻契約を、そう簡単に破棄出来るのだろうか?
「心配は要らん。クレディオスは我が家に婿入りすることに変わりはない。エミリアと添わせ、公爵家を盛り立てていくことになるからな」
では、私は? 魔法士学校を卒業後、アァルトネン家の次期当主として宮廷か魔法省に入り、生活が落ち着いたらクレディオスと結婚するはずだったのに?
「幸い、エミリアも水魔法が得意で、火と風の魔法も使える。クレディオスの風魔法と土魔法が加われば、四属性持ちの子も期待できる。アァルトネン家の後継として、素晴らしいことだろう?」
私は、家族の温かな触れ合いや婚約者だけでなく、公爵家の後継を産む胎という役目すら、妹に奪われてしまうのか⋯⋯
それでは、私は、なんのために子供らしい時間を諦めてまで上位貴族らしいマナーと教養を身につけ、得意不得意関係なく多くの魔法知識を高め、魔法士としての研鑽を積み、ただの一度も子供らしい我が儘を言わずに過ごしてきたのか。
──なんのために、生きているというのか
その後の「家族」の会話がどう進み、何について話し合われたのか、まったく記憶になく、どうやって学校に行ったのかすら覚えていない。
もしかしたら、学校へは行かなかったのかもしれない。
気がついたら、あの崖に立っていたのだ。
「アーヴィッコ侯爵家の意志は確認していないんだね?」
「今朝父から聞かされたばかりでまだ、クレディオス様にもアーヴィッコ侯爵家にも確認はとっていません。ですがクレディオス様は⋯⋯」
妹エミリアが12歳に初潮を迎え、義母の実家の伯爵さまの手で腰結いをしたくらいからずっと、クレディオス様は、エミリアと公爵邸の庭でお茶をしたり、私との観劇にエミリアを伴ったりするようになった。
「⋯⋯君との結婚に、あまり乗り気ではない?」
「はい。おそらくは。学園に入った当初は、魔法を論じ合ったり座学を教え合ったり、一緒にいてくださることもあったのですが、いつからか、王族主催の夜会や両家の共同事業への視察くらいしか顔を合わさなくなりました」
「何を考えているんだ、クレディオスは」
たぶん、公爵邸で寄り添うだけでなく、公爵家で支援している楽団の観劇や音楽会に、エミリアを伴うようになった辺りですでに、私から気持ちは離れ、妹と添いたいと思うようになっていたのだろう。
家族になる──義妹になるのだから、エミリアとも仲よくしたいという言い訳を鵜呑みにして、私達が夫婦になることに前向きなのだと信じた私がバカだったのだ。
「例え、そうだとしても、貴族の婚姻は契約だ。一方の勝手な都合で解消・破棄できるものではないし、第一、王家からの指示による婚約だろう? 片方の都合でも両家の意志でも、勝手に変えることなど有り得ない」
そう。貴族の婚姻には、当代の王と王都の聖教会の大司教以上の階位の方の承認が必要になる。
今のままでは、単純に婚約解消を願い出ても、或いは婿養子を迎える対象が私から妹に替えたいと申し出ても、承認される可能性は低いと思われる。
その事は、父達はどう考えているのだろうか。
もしや、次期当主そのものを、私から妹に挿げ替えると申し出るつもりなのだろうか。
もっとも、私の身投げが成功していれば、図らずもそうなっていたのだろうが。
「とにかく、君はリレッキ・トゥーリから聞かされただけなんだね? 義母ラウハ夫人も妹エミリア嬢も承知していて、喜んでいたと?」
「はい」
王子であるエリオス殿下は、父の事を公爵とも呼ばず家名アァルトネンで呼ぶ事もなく、貴族身分を示唆する称号もつけずに個人名を使い、選任の美容師でもついているのかと訊きたくなるくらい整った美しい眉を寄せて、俯き加減に唸るように考え込んでしまった。
あの物寂しくなる色調の低い景色から青々とした林を抜け、街の大通りから上位貴族のタウンハウスや町屋敷が並ぶ貴族街に入る頃、殿下は私の手を両手で挟むようにして重ね合わせ、目を合わせてくる。
「とにかく、貴族達に関わる内政の一部は、兄王太子と僕にも任されている。このことはちゃんと調べて、君に悪いようにはしないから、僕を信じて、落ち込まずにはいられないだろうけど、家族や自身のことに落胆することなく待っていてくれ」
──それは、私には守るのは難しい指示です、殿下
もう、私は、家族には何も期待は出来ず、裏切られたという気持ちは拭い去ることは出来ないだろう。
「エステル。今日にでも、お前とクレディオスの婚約を解消する事になった」
今朝、家族が朝食の席に着き、サラダと前菜が並べられるのを見ていると、突然父が宣言した。
「は? それは、いったいどういう?」
「どういうも何も、そのままの意味だ。クレディオスは、お前の婚約者ではなくなる」
「では、アーヴィッコ侯爵家との縁はどうなるのです?」
将来縁戚になるからと、いくつかの新規の共同事業も始めているし、なにより、私が魔力の高い後継者を産むために王家と宮廷の高官達が選りすぐった婚約者だったのでは?
王家から血系保全のために決められた婚姻契約を、そう簡単に破棄出来るのだろうか?
「心配は要らん。クレディオスは我が家に婿入りすることに変わりはない。エミリアと添わせ、公爵家を盛り立てていくことになるからな」
では、私は? 魔法士学校を卒業後、アァルトネン家の次期当主として宮廷か魔法省に入り、生活が落ち着いたらクレディオスと結婚するはずだったのに?
「幸い、エミリアも水魔法が得意で、火と風の魔法も使える。クレディオスの風魔法と土魔法が加われば、四属性持ちの子も期待できる。アァルトネン家の後継として、素晴らしいことだろう?」
私は、家族の温かな触れ合いや婚約者だけでなく、公爵家の後継を産む胎という役目すら、妹に奪われてしまうのか⋯⋯
それでは、私は、なんのために子供らしい時間を諦めてまで上位貴族らしいマナーと教養を身につけ、得意不得意関係なく多くの魔法知識を高め、魔法士としての研鑽を積み、ただの一度も子供らしい我が儘を言わずに過ごしてきたのか。
──なんのために、生きているというのか
その後の「家族」の会話がどう進み、何について話し合われたのか、まったく記憶になく、どうやって学校に行ったのかすら覚えていない。
もしかしたら、学校へは行かなかったのかもしれない。
気がついたら、あの崖に立っていたのだ。
「アーヴィッコ侯爵家の意志は確認していないんだね?」
「今朝父から聞かされたばかりでまだ、クレディオス様にもアーヴィッコ侯爵家にも確認はとっていません。ですがクレディオス様は⋯⋯」
妹エミリアが12歳に初潮を迎え、義母の実家の伯爵さまの手で腰結いをしたくらいからずっと、クレディオス様は、エミリアと公爵邸の庭でお茶をしたり、私との観劇にエミリアを伴ったりするようになった。
「⋯⋯君との結婚に、あまり乗り気ではない?」
「はい。おそらくは。学園に入った当初は、魔法を論じ合ったり座学を教え合ったり、一緒にいてくださることもあったのですが、いつからか、王族主催の夜会や両家の共同事業への視察くらいしか顔を合わさなくなりました」
「何を考えているんだ、クレディオスは」
たぶん、公爵邸で寄り添うだけでなく、公爵家で支援している楽団の観劇や音楽会に、エミリアを伴うようになった辺りですでに、私から気持ちは離れ、妹と添いたいと思うようになっていたのだろう。
家族になる──義妹になるのだから、エミリアとも仲よくしたいという言い訳を鵜呑みにして、私達が夫婦になることに前向きなのだと信じた私がバカだったのだ。
「例え、そうだとしても、貴族の婚姻は契約だ。一方の勝手な都合で解消・破棄できるものではないし、第一、王家からの指示による婚約だろう? 片方の都合でも両家の意志でも、勝手に変えることなど有り得ない」
そう。貴族の婚姻には、当代の王と王都の聖教会の大司教以上の階位の方の承認が必要になる。
今のままでは、単純に婚約解消を願い出ても、或いは婿養子を迎える対象が私から妹に替えたいと申し出ても、承認される可能性は低いと思われる。
その事は、父達はどう考えているのだろうか。
もしや、次期当主そのものを、私から妹に挿げ替えると申し出るつもりなのだろうか。
もっとも、私の身投げが成功していれば、図らずもそうなっていたのだろうが。
「とにかく、君はリレッキ・トゥーリから聞かされただけなんだね? 義母ラウハ夫人も妹エミリア嬢も承知していて、喜んでいたと?」
「はい」
王子であるエリオス殿下は、父の事を公爵とも呼ばず家名アァルトネンで呼ぶ事もなく、貴族身分を示唆する称号もつけずに個人名を使い、選任の美容師でもついているのかと訊きたくなるくらい整った美しい眉を寄せて、俯き加減に唸るように考え込んでしまった。
あの物寂しくなる色調の低い景色から青々とした林を抜け、街の大通りから上位貴族のタウンハウスや町屋敷が並ぶ貴族街に入る頃、殿下は私の手を両手で挟むようにして重ね合わせ、目を合わせてくる。
「とにかく、貴族達に関わる内政の一部は、兄王太子と僕にも任されている。このことはちゃんと調べて、君に悪いようにはしないから、僕を信じて、落ち込まずにはいられないだろうけど、家族や自身のことに落胆することなく待っていてくれ」
──それは、私には守るのは難しい指示です、殿下
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