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3 新しい生活の始まり
3‑4 魔法省官舎
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👨👩👧👧
──ちなみに、僕にも婚約者はいないのだけれど?
そう。敢えて理由を訊ねたり候補がいるのかなどとは、誰も口にはしないけれど。
王太子殿下は結婚されたし、第三王子殿下にも王女ふたりにも、それぞれ婚約者は居るのに、早ければ妃殿下を迎えていてもおかしくない年頃のエリオス殿下には、婚約者は決まっていない。
なぜ、第二王子であるエリオス殿下だけ婚約者が居ないのかは公表されていない。
あまりの魔力の高さに、魔力が高くないご令嬢だと威圧を受けてそばに居られないからだとも、宮廷には殿下のお相手の選考委員会があるとか、殿下に見合うお相手に打診中だとも言われるけれど、いずれもただの憶測に過ぎない。
少なくとも、選考委員会なるものは周りの人で誰も目にした事はないらしいから、機密組織なのかただの噂なのだろう。
「クレディオス様がエミリアと親しくし始めた頃、まだ、信じていました。家族になるのだから、義妹とも仲良くしたいという言葉を。その後もわたくしのために、家族に馴染もうとしてくれているのだと」
殿下は、静かに聞いてくれている。
「でも、段々、婚約者であるわたくしよりも、エミリアと一緒にいる時間の方が長くなっていくにつれ、ああ、この人も家族と同じように、わたくしとは絆を深める気はないのだと、諦めてしまいました」
私は、父に娘として可愛がっていただくことも、義母に娘として認めてもらう事も、エミリアと打ち解けた姉妹になることも、諦めてきた。
そして、ついには、婚約者と睦まじい夫婦になることまで諦めた時、世界から色がなくなっていった。
楽しかった魔法の訓練や精霊達との交信も、新しい知識を得る魔道書だけでなく、心躍る物語や美しい世界を詠った詩や先人の知恵を得る識る古書などの読書も、たまに口にする甘い物も、何もかも、私の心を動かさなくなっていく。
そうして、クレディオス様に氷の心を持つ魔法人形と言われる、冷静沈着と言えば聞こえはいいけれど、楽しい事を見つけられず滅多に心を動かさない、人形のような私が出来上がった。
始めから心を動かさなければ、傷つくこともない。期待しなければ、裏切られることもない。
「ですから、少しだけ、殿下やセオ従兄さまのような、誠実で優しい方を、実直な方を想い、縁を結べるようになれば、どんなにか幸せになれるのではないのかなどと考えた事もありました」
だから、セオドア従兄さまの申し出は、お受けしてもいいのかもしれない。
「では、君は⋯⋯」
それまで静かに話を聞いていたエリオス殿下が口を開いた時、馬車が止まる。
「殿下。魔法省殿に着きました」
馬車の扉がノックされ、フットマンが馬車のステップを用意する音がする。
「ありがとう」
では、行こうか。案内するよ。そう言って、殿下に手をとられ、馬車を降りる。
職員寮というので、貴族屋敷街のタウンハウスのような連棟型住居を想像していたけれど、確かに煉瓦やタイルを組み上げた壁をしてはいたけれど、予想より遥かに大きな建物だった。
「向かって右が、男性職員寮。わたしは王宮の奥殿に部屋を持っているけれど、研究室にも仮眠室を設けてあるので、泊まり込むこともある。魔法士師団にもね。
左のタイル張りの建物が女性寮。寮母や管理人達も女性で、みな洗浄魔法や浄化魔法が得意なんだ。癒し系の魔法もね。何かあれば相談するといい。後で建物内を案内させる。まずは、これから日々の活動の場となる共同施設や職場を案内しよう。ひと通り見たらそのまま食事にしよう」
どうやらここは魔法省の官舎の奥、一般向けの出入り口から裏手になるらしく、そのまま本殿に繋がっているらしい。
通勤時間が建物の移動だけという近場に、宿舎があると、便利だけれど、仕事に追われる気持ちになりそうだな、と少し思った。
殿下の、魔法士師団の司令部副長官としての執務室を見せてもらい、事務業務をなさる執事を紹介される。
ご不浄、手荷物や着替えなどを収めるクロークルーム、資料室や図書室などの設備を順に案内してもらって、最後に職員食堂へ連れて来てもらった。
「ここの食事は、騎士団や王宮兵団のものとは違って、頭脳の疲れや肩凝り、魔力回復などに効果の高い食事が多いんだ。時間に追われた研究生などもいるので、凝った料理よりも食べやすいものが主にメニューに並ぶ。君は、食べられないもの、苦手な物はあるかい?」
「好き嫌いは特には。香菜の香りは苦手ですけれど、細かくしても臭いますけど、食べられないことは⋯⋯」
「ああ、アレね。うん、あれは、あの臭いが苦手だと言う人は少なくないので、他の刺激の強い唐辛子などのように、添えるかナシかを選べるようになっているよ。僕も無しにするかな? 逆に大盛りにする人もいて、香りの強いものを食べる人はあちらの区画で食べるというルールもある」
見れば、香辛料がたっぷり入っているだろう赤黒いスープや真っ黄色の何かを食べている人がいた。
透明な板の間仕切り壁があって、刺激的な匂いが届かないようになっている。
「まあ、まずは、刺激の少ない、人気メニューにしておくよ」
殿下は、私を窓際のテーブルに着かせて待つように指示し、自ら食事を取りに行かれた。
──ちなみに、僕にも婚約者はいないのだけれど?
そう。敢えて理由を訊ねたり候補がいるのかなどとは、誰も口にはしないけれど。
王太子殿下は結婚されたし、第三王子殿下にも王女ふたりにも、それぞれ婚約者は居るのに、早ければ妃殿下を迎えていてもおかしくない年頃のエリオス殿下には、婚約者は決まっていない。
なぜ、第二王子であるエリオス殿下だけ婚約者が居ないのかは公表されていない。
あまりの魔力の高さに、魔力が高くないご令嬢だと威圧を受けてそばに居られないからだとも、宮廷には殿下のお相手の選考委員会があるとか、殿下に見合うお相手に打診中だとも言われるけれど、いずれもただの憶測に過ぎない。
少なくとも、選考委員会なるものは周りの人で誰も目にした事はないらしいから、機密組織なのかただの噂なのだろう。
「クレディオス様がエミリアと親しくし始めた頃、まだ、信じていました。家族になるのだから、義妹とも仲良くしたいという言葉を。その後もわたくしのために、家族に馴染もうとしてくれているのだと」
殿下は、静かに聞いてくれている。
「でも、段々、婚約者であるわたくしよりも、エミリアと一緒にいる時間の方が長くなっていくにつれ、ああ、この人も家族と同じように、わたくしとは絆を深める気はないのだと、諦めてしまいました」
私は、父に娘として可愛がっていただくことも、義母に娘として認めてもらう事も、エミリアと打ち解けた姉妹になることも、諦めてきた。
そして、ついには、婚約者と睦まじい夫婦になることまで諦めた時、世界から色がなくなっていった。
楽しかった魔法の訓練や精霊達との交信も、新しい知識を得る魔道書だけでなく、心躍る物語や美しい世界を詠った詩や先人の知恵を得る識る古書などの読書も、たまに口にする甘い物も、何もかも、私の心を動かさなくなっていく。
そうして、クレディオス様に氷の心を持つ魔法人形と言われる、冷静沈着と言えば聞こえはいいけれど、楽しい事を見つけられず滅多に心を動かさない、人形のような私が出来上がった。
始めから心を動かさなければ、傷つくこともない。期待しなければ、裏切られることもない。
「ですから、少しだけ、殿下やセオ従兄さまのような、誠実で優しい方を、実直な方を想い、縁を結べるようになれば、どんなにか幸せになれるのではないのかなどと考えた事もありました」
だから、セオドア従兄さまの申し出は、お受けしてもいいのかもしれない。
「では、君は⋯⋯」
それまで静かに話を聞いていたエリオス殿下が口を開いた時、馬車が止まる。
「殿下。魔法省殿に着きました」
馬車の扉がノックされ、フットマンが馬車のステップを用意する音がする。
「ありがとう」
では、行こうか。案内するよ。そう言って、殿下に手をとられ、馬車を降りる。
職員寮というので、貴族屋敷街のタウンハウスのような連棟型住居を想像していたけれど、確かに煉瓦やタイルを組み上げた壁をしてはいたけれど、予想より遥かに大きな建物だった。
「向かって右が、男性職員寮。わたしは王宮の奥殿に部屋を持っているけれど、研究室にも仮眠室を設けてあるので、泊まり込むこともある。魔法士師団にもね。
左のタイル張りの建物が女性寮。寮母や管理人達も女性で、みな洗浄魔法や浄化魔法が得意なんだ。癒し系の魔法もね。何かあれば相談するといい。後で建物内を案内させる。まずは、これから日々の活動の場となる共同施設や職場を案内しよう。ひと通り見たらそのまま食事にしよう」
どうやらここは魔法省の官舎の奥、一般向けの出入り口から裏手になるらしく、そのまま本殿に繋がっているらしい。
通勤時間が建物の移動だけという近場に、宿舎があると、便利だけれど、仕事に追われる気持ちになりそうだな、と少し思った。
殿下の、魔法士師団の司令部副長官としての執務室を見せてもらい、事務業務をなさる執事を紹介される。
ご不浄、手荷物や着替えなどを収めるクロークルーム、資料室や図書室などの設備を順に案内してもらって、最後に職員食堂へ連れて来てもらった。
「ここの食事は、騎士団や王宮兵団のものとは違って、頭脳の疲れや肩凝り、魔力回復などに効果の高い食事が多いんだ。時間に追われた研究生などもいるので、凝った料理よりも食べやすいものが主にメニューに並ぶ。君は、食べられないもの、苦手な物はあるかい?」
「好き嫌いは特には。香菜の香りは苦手ですけれど、細かくしても臭いますけど、食べられないことは⋯⋯」
「ああ、アレね。うん、あれは、あの臭いが苦手だと言う人は少なくないので、他の刺激の強い唐辛子などのように、添えるかナシかを選べるようになっているよ。僕も無しにするかな? 逆に大盛りにする人もいて、香りの強いものを食べる人はあちらの区画で食べるというルールもある」
見れば、香辛料がたっぷり入っているだろう赤黒いスープや真っ黄色の何かを食べている人がいた。
透明な板の間仕切り壁があって、刺激的な匂いが届かないようになっている。
「まあ、まずは、刺激の少ない、人気メニューにしておくよ」
殿下は、私を窓際のテーブルに着かせて待つように指示し、自ら食事を取りに行かれた。
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