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誰の手を取ればいいの
35.夕陽の差す小部屋で
しおりを挟む目を閉じて寝たふりで少しだけ休むつもりが、ハーブティーが効いたのか、システィアーナの体温の程よい温もりが効いたのか、本気で眠っていたらしい。
視線だけを巡らし、窓の外を見ると、陽が傾きかけていた。
自分の左手を軽くそっと握っている柔らかで華奢な手は、入眠する前のままだ。
なるべく身動ぎをしないよう首だけを少しだけ左に向けて見上げると、システィアーナの閉じられた睫毛と可愛らしい鼻が見えた。
自分が眠るのを見守る内に、彼女自身も座ったまま眠ってしまったのか。
アナファリテ妃と王領の別邸に行くために、領地の管理体制を整えたり王城での瑣事や余事などを片付けるのに、毎日忙しくしていたと聞いている。
自分ほどではないとしても、彼女自身も疲れていたのだろう。
自由な右手をそっと伸ばし、柔らかな頰にそっと触れる。
よほど疲れているのか、それくらいでは目覚めなかった。
あの頃は毎日見た、安らかなかんばせ。
十年経っても変わらない。
おしゃまで愛らしい小さな少女から、気品ある美しい年頃の娘になっても、寝顔はあの頃のまま。
「殿下。配偶者ではないレディの顔に直接触れるのはマナー違反です」
かつてこれ程驚いた事があったろうか。
誰も見てない、二人だけだと勝手に思い込んでいた。
誰も来ないメイドも侍女も配置されていないブランカの隠れ処だからこそ、二人きりであるはずがないのに。
「ファヴィ、居たのか」
「そりゃ、居ますよ。幾ら品行方正な王太子といえど、レディと二人きりに出来ませんから」
「まあ、そうだろうね」
これだけ話していても目覚めないシスティアーナが、船を漕ぐように頭を揺らすので、そっと上体を起こし、逆に入れ替わるように自分が横になっていたソファに横たえる。
それでも、繋がれた左手はそのままだった。
「ファヴィ、何か、彼女にかけるものを⋯⋯」
差し出した右腕に、そっとクリーム色のウールブランケットが畳まれた状態でかけられる。
が、手渡したのは、ファヴィアンではなかった。
「カンタレッラ伯爵令嬢メリア? ああ、いや、今はファナハイム伯爵夫人だったかな」
「殿下に憶えていただいてるとは身に余る光栄でございます」
一応、アレクサンドルの頭の中には、主だった貴族の家族構成は納められている。生きた貴族名鑑なみだ。
その中でも、システィアーナについて幾度も王城に上がる女性ともなれば、通り一遍ではなく確りと身元調査も人品確認も行われている。
アレクサンドルは、ファヴィアンだけではなかったことに安堵と緊張を感じながら、渡されたブランケットを広げて、システィアーナの肩から足元にかけた。
以前焼き菓子を食べると答えたのに二度寝した時のシスティアーナのように、ソファの足元の白い毛皮の上に膝をつき、握られた左手を時折そっと摩りながら、システィアーナの寝顔を見守った。
「そうしておられますと、十年前を思い出します」
「ああ、そうだね」
メリアは伯爵令嬢ながら三女ゆえに、15歳で社交デビューはせず、すぐに行儀見習いとしてハルヴァルヴィア侯爵家へ奉公にあがり、キッチリと身についたマナーと、誠実で真面目なのに堅苦しくなく気遣いも出来る機転の利く才女として、すぐにシスティアーナの専属侍女に抜擢された。
祖父ドヴェルヴィア公爵の登城について行く時も、身の回りの世話のために付き随い、まだ小さかったシスティアーナの子守りやマナーの手本役でもあった彼女は、当時はまだ王太子の第一子でしかなかったアレクサンドルの居室にもシスティアーナの目付として同席し、壁に控えてではあったが、ふたりが絵本を読み聴かせたり並んで昼寝するのを見守ったものである。
そんなメリアを、アレクサンドルが憶えない訳はなかった。
「君の主人を傷つけるようなことはしないから心配しないで。ただ、懐かしかっただけなんだ」
「解っております。殿下。私も、懐かしく思っております」
当時のシスティアーナはアレクサンドルの事をユーフェミアの姉だと感違いしていたようだが、仲睦まじく寄り添って本を読んだり、菓子を食べたり昼寝している様子をずっと見守ってきたのだから。
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