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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

100. 異界の聖女と巫女たち

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「はじめまして、美弥子みやこと言います」
「はじめまして、さくらです」
「お初にお目にかかります、彩愛あやめ、と申します。以後、お見知りおきを、ご領主様」

 三人の小娘達は、妖精の羽衣を頭からかぶり、同じ素材の法衣を着ていた。
 銘々が頭を下げ、法衣の裾を摘まんで、カーテシーに似た挨拶をする。

 主はこの地の領主であり、国軍討伐隊を任されていた騎士爵の、一代限りではあるが准貴族だ。
 この挨拶は正しく、礼儀作法もちゃんと、神官に仕込まれているようだ。

「セルティック・ヴァル・カインハウザーだ。今日は我が領地への派遣足労、感謝する。よろしく頼む」

 主が爽やかな笑顔(私には嘘臭く見えるが)を見せると、三人とも頰を染め、黄金色の髪のミヤコと名乗った聖女は、視線をそらして俯いた。
 その様子はさすがに年相応の少女で、どことなくシオリにも通じる様子だった。

「失礼だが、大神官からの報せには、護衛付きで、瘴気の浄化可能な者を派遣するとしかなかったのだが。君達全員が『巫女』シルヴィス なのかな?」

「いえ、私は、ただの治療士です。彼女達の補助に参りました」
 おっとりと、しかし涼やかにアヤメが言い放つ。

「はあい、さくらが巫女でぇす」
「『私が巫女です』でしょう」
「ごめんなさぁい。さくら、固いの苦手なの」
「そのままではちゃんとした大人になれなくてよ」

 アヤメがふたりのとして来たと言うのは、こう言う意味もあるのか……

「さっそくだが、君達は女性であるから、この、わたしの秘書官を案内役に、現場へ行こうか」

 主に言われて、私は、彼女達の前に進み出る。

「こちらです。この先は農道しかないので、馬車はここでお待ちください。
 街道の先は、ご存知でしょうが、我がハウザー砦しかないので、道もなく人通りもありません。御者と、数人の護衛を残すだけで大丈夫でしょう」

 我が街から盗賊など出る筈もなく、大神殿の者が来ることも広めてないので、叛意をもつ者が態々出て来る事もないので、突然の野生動物や魔獣に対する警護程度で安全と思われる。

 三人は肩を寄せ合い、林の方の草擦れの音(例の眷族の狼殿だろうか?)を警戒したり、初めてみるという農作物に興味津々で、まるで観光地をまわる子供のようだった。

 サクラと言う少女は、シオリより幼げな言動で、しかし嫌味なく可愛らしい。
 逆に、アヤメは、年のわりに落ち着いた感じではいるが、サクラほど顕著ではないものの、初めて見るものに意識は向いているようだった。

 ミヤコは堂々としたもので、まるで機嫌のいい時の妖精王サヴィアンヌのように取り澄ました雰囲気で、貴族の娘か女王のように、どこか尊大な態度で私とロイスの先導を受ける。
 どうやら、神官達に聖女や巫女として、下にも置けない扱いを受けているらしい。
 お付きの女神官と、護衛の神官戦士達の態度を見れば、それくらいの推測は出来た。

「可哀想な事だね。あの子達、騙されてるとまでは行かないが、うまく調教されていて、利用されている事に気づいてない」
 主の独白は、彼女達には届かない。
 
 ミヤコとサクラをそれとなく気遣うアヤメは、何か感じているのかもしれない。上品な育ちの良さと子供らしい賢さを見せるが、慇懃な態度ではありつつも警戒心が見え隠れする。

「出会った頃のシオリを思い出すね」

 サクラの子供らしい天真爛漫な可愛らしさ、アヤメの丁寧で打ち解けたふうでいてどこか警戒するような感じが、主の言う通り、出会った頃のシオリを思い出させた。


「あ! 田んぼ! この村ではお米を作るんだ?」
「あら、ほんと。パンばかり食べて飽きてたけど、お米もあるんじゃない」

 サクラの素直な疑問と、ミヤコのパンに飽きて米を望む声に、私と主は、言葉もなく目を合わせた。

 * * * * * * *

 いつだったか、ぐっすり眠るシオリをみながら、主が零したひと言。

「リリティスにはわたしの考えも話しておこう」
「はい」
「このシオリだが」

 主が、眠るシオリの前髪を払うように額を撫でるが、起きる様子はない。日々の生活の中で、小さな身体でいつも全力で頑張るシオリは、夜はこうして触れても起きないほど深く眠る。

「わたしは、彼女も異界から連れ去られてきた子供だと思っている」
「自然信仰の島国の子供ではなかったのですか?」

 顔立ちは確かにこの近辺の民族とは違う、円やかで柔らかい印象の、濃い色素を持った小柄な少女。

 実年齢より幼く見える童顔と、子供のような声。

 東の地にある、精霊術を持たない自然信仰の小国の人種に近いと言っていたのではなかったか。

「わたし達とは違いすぎる文化に暮らし、この世界の事を知らなすぎるし、密かに聖女召喚術が行われたのと同じ時期に現れた、身元不明の少女。
 彼女の語る生活水準は、魔術を使わずとも誰でも便利に暮らせる高度な技術を持つが、そんな話は聞いた事がない」
「はい。夢物語のようで、聞いていて不思議な感じがしますよね」

 魔術を使えずとも、電気──小さな雷のようなエネルギーらしい──を使って、誰でも同じ効果を得られるという。
 ならば、魔力の強い王族や貴族階級が偉そ張る事もなく、貧富の差も少なく平等な社会が築けるのではないか。

「精霊に詳しく訊こうにも、シオリの事は話さないのだ。まるで、彼らに特別好かれるわたしより上の存在……そう、女神アルファにでも口止めされているかのようにね」

 * * * * * * *

 あの時の主の表情は、主が生まれた時から知っている私でも見た事のない複雑なもので、きっとこの先も忘れられない。

「神子様方、足元にお気をつけください。この小川を超えたら、瘴気が溜まっている花畑に着きます」

 少女達三人の表情に緊張が走った。





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