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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
88.神殿の澱み
しおりを挟むドルトスさんが席に着くと、私達の前にも、新たな焼き菓子と紅茶が並べられる。
「じゃ、そろそろ聞かせてもらおうかな? わたしがちょうど、明日からの収穫祭の段取りで街の商工会を廻り終えて、ここへ戻った途端、アリアンロッドが現れて、シオリが追われているから、迎えに来て欲しいと言われて驚いたんだがね」
まず、王都への乗合馬車を降りて、まっすぐ帰ると思われた私が、王都で二泊した上に、神殿を巡礼して帰ると言うから驚いたという。
私が泊まった場所は、予想通り、毎晩アリアンロッドがカインハウザー様を訪れて話す事から、だいたい掴んでいらした。
「その、ウィガロ人の家族は、居心地がよかったかい?」
「はい。たった一度、お嬢さんのお菓子作りを手伝っただけなのに、感謝していただいて、一晩泊めていただきました。他人のような気がしない、縁を途切れさせたくないと言って」
「わたしは、ウィガロには行ったことはないけれど、妖精がたくさんいる土地だと訊いているよ」
そこの、私よりひとつ下のお嬢さんルーチェさんがとても可愛らしい人で、こんな姉妹がいたら、私はもっと明るい素直な子供に育っていただろうと思う。
彼女は視る人で、昔は聴く人でもあった事、私やカインハウザー様ほどではなくても精霊に好かれ、ご家族も少なからず好かれていたこと。
豊穣神殿の女修道戦士に、家族ぐるみでちょっと目をつけられた事、ウィガロの人は栗毛金茶の瞳で、共にいれば目立たなかった事。
クロノ神殿には行かず手前で降りるつもりだったけれど思わぬ事態で馬車を降り損ねた事。
「思わぬ事態?」
「クロノ大神殿から派遣されてきた神官戦士が、大神殿を追い出された時に東に行くなと教えてくれ、携帯食を分けてくれた方だったんです。その事に動揺して、ちょっと過呼吸になりまして⋯⋯ すぐに良くなりましたが、結局馬車を降り損ねてしまいました」
「それはまた、奇遇だね?」
「大神殿に私の何かがバレていたとか仕組まれていた訳ではなく、本当に偶然か、」
「偶然か?」
「ルーチェさんご家族をひと目見たかったのかも⋯⋯?」
外部と縁を切って暮らしているなら、ご家族が来る事は知らなかった筈だけど、精霊や妖精に好かれる彼らは、精霊の囁きによって、知らず予感めいた勘で、迎えに来た可能性もある。と、今なら思う。
「確かに、視えて聴こえるのなら、精霊や妖精の囁きを予知のように感知する事はあるかもしれないね」
「その神官戦士、栗毛金茶の瞳で、背はわたしより少し高く、やや細身の立ち姿勢のいい彼かな?」
いつか、お米をクロノ大神殿へ持っていった時に、カインハウザー様の代わりに担いで運んでくれた僧兵が、珍しい栗毛だったので、印象に残っているそうだった。
「こう、真面目というか誠実そうで、あの大神殿の中では、澱みを跳ね返していた珍しい人物でね。覚えていたんだよ」
「澱み、ですか?」
「そう。あそこは、神気を逃さないとか言って、壁で囲って暗いだろう?
部屋の隅、廊下の端、柱の陰、至る所に穢れになる前の、負の感情と闇の霊気とが混じった良くない澱みが溜まっている」
「そんな神殿があるんですか?」
『シオリ、経済聖堂を覚えているか? あそこも、神座の教典のまわりしか明るくなかっただろ?』
シーグが横から思い出させてくれる。
「ああ、なんか、人が転ぶんじゃないか、落とし物をしたら見えなさそうなくらいに照明を落とした場所だったね」
『そう見えてたのはシオリと俺、フィリシアやアリアン、サヴィアンヌだけかもしれない』
「え? そうなの?」
そういえば、みんなは私が暗いと言ったら不思議な顔して、私が貧血を起こしているんじゃないかと疑ったんだっけ?
『あの暗さは、その澱みや負の感情の凝りが視覚化したものだ』
「神殿なのに⋯⋯ 神様が過ごされるところなのに?」
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