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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
89.光の精霊と狼を従えた、黄金より金に輝く少女
しおりを挟む光の精霊と狼を従えた、黄金より金に輝く少女
信じられない、というか、「信じたくない」だろうか。
神様が降臨された時に住まう神殿内に、放置すればやがて世界の外から来る悪意に感染して穢れに育つ可能性のある、人々の負の感情が闇の霊気と混ざり合った気配の澱みが、部屋の隅と言わず廊下の端、柱の陰などに蟠っているだなんて⋯⋯
しかも、それらは神官たちに感知されず、放置されているだなんて。神聖な場所が、瘴気の素を生み出している?
「人々は何らかの欲を持っている。人に好かれたい、もっといい仕事に就きたい、美味しいものを食べたいやきれいな服を着たいでもいい。
そして、そんなちょっとした願いも、叶わないことも少なくない。
美味しいものをたらふく食べる、綺麗な服を着る、そういった生活の余裕がない者、好きな仕事に就けず、嫌々繰り返す仕事に不満がある者。思うように人に好かれず孤独を感じる者」
それはそうだろう。何でも思うとおりに生きていける人なんていない。
何かしら、抑圧された部分は出る。
「その、抑圧された感情が、淀みとなって溜まる。普通ならそのまま、朝日の中の光の精霊の営みに自然浄化される。が、神殿の中に射す光はたいていが、祭壇の近くと、壁際の窓の近くのみだ」
だが、神殿では、特に祈りを捧げる聖堂では、人々の欲が溜まっていく。
もっと好かれたい。
たまには楽がしたい。
たくさん稼ぎたい。
美味しいものがもっと食べたい。
いい成績を残したい。
○○が欲しい。
もっと見て欲しい、構って欲しい。
あいつが上手くやって、悔しい。
自分もああしたいこうしたい。
そういった欲の感情は、それらを我慢する事で溜まっていくし、欲と妬む感情は、我慢して出る抑圧された感情と共に、闇の冷気や外の世界からくる悪意と結合しやすい。
街の人が多く集まるところ以上に、澱みは発生しやすいけれど、本来なら巫女や精霊術士が居て、浄化していくから問題ない。
けど、今この国には、巫女はいない。
美弥子やさくらさんはまだ公表されておらず、現状活動している巫女はいないのだ。
「だから、神聖な領域であるはずの神殿が最も穢れた場所になっていってるんだよ、今は」
「そんな事が⋯⋯」
「そんな中で、正常な状態を保っている綺麗な人間だったから、よく覚えているよ。で? その彼が、シオリと同行していた家族と⋯⋯血縁者なのかな?」
「はい。三番目の子、次男だそうです。ハシュさんを見て、動揺から過呼吸を起こして、下車するタイミングを外してしまい、ズルズルとクロノ大神殿まで戻ってきてしまいました」
『結果的に、早く帰れたけどな』
ご家族なのに特に会話もなく離れたところから会釈するだけなんて、見ていてこちらが切なくなりました。
ルーチェさん家族は神殿にはどうしても入れないとかで、そのまま参詣せずにお別れして、
「え? あ、ああ、ただの僧兵じゃなくて、誓いを立てた修道司祭なのか。ご家族とも交流は断つんだね? 中に入れないのは、精霊の加護があるなら、あそこは居心地が悪いだろう」
カインハウザー様の問いに頷いて、紅茶を一口。
「ルーチェさんの乗った馬車が見えなくなる頃、振り返ったら、ハシュさんに凶爪を振り下ろそうとしている闇落ちが見えたんです」
ガタッ
立ち上がるカインハウザー様。私の肩や背を触れて確かめ、首筋を撫で脈動を再確認し、そのままもう片方の手で顎をすくい上げて目を合わせる。
「どこも、霊気の乱れもない⋯⋯ね? 穢れを浴びたとか、手足が動かないとか」
「大丈夫です。闇落ちとは距離もありましたし、傷つけられてないどころか、噴き出す瘴気にもまき散らかす穢れにも触れてません」
大きく息を吐き、膝を床について、額を私の肩に乗せるように、縋るように崩れるカインハウザー様。
「ただ、ルーチェさんの、私に良くしてくださったご家族の大切な、私の恩人でもあるハシュさんが襲われるのを見て、耐えられませんでした」
「⋯⋯うん」
「気がついたら、クロノ神殿の鎮守の森にいた風や光、土や樹までの精霊達がハイイログマだったモノを切り裂き、砕いて、串刺しにして、闇落ちは霧のように崩れてなくなりました」
≪トドメはアリアン、頑張った! ⋯⋯セル・ごめんなさい。ヤクソク守れなかった。セル・ベーリン居ないのに、シオ泣くから、クロクロ・穢いのやっつけた、ら、消えちゃった≫
カインハウザー様の肩に額をくっつけて謝るアリアンロッド。
「騒ぎを聞きつけた神官たちや、美弥子ややくらさんまで出て来て、見つかりそうだったから、フィリシアやサヴォアンヌの目晦ましで、シーグに捕まって逃げ帰って来ました」
「うん。良く無事だったね」
サヴィアンヌの認識齟齬の魔法や色んな偶然か重なって、かの大神殿では、巨大な狼を連れた、金髪の少女を探しています。
「金髪の少女というのは⋯⋯」
カインハウザー様も、自身の肩にくっつくアリアンロッドの顔を見る。
「あの場にいた人々は、サヴィアンヌの認識齟齬の魔法に惑わされて、とどめを刺したアリアンロッドとハシュさんを横からさらうようにかばったシーグが印象に残ったのでしょう」
『俺が、シオリって、名前を呼んでしまったから、みんなは、光の精霊を動かせる、狼を連れた、黄金より金色に光る(アリアンロッドを)シオリと思ったらしい』
僧兵が追ってきた理由は、きいてないけれど、たぶん、ハルカスさんと揉めてたように、報奨をちらつかせて囲い込み、浄化のできる娘として利用するためだろう。
「そういえば、滅したのだな? 斃したとか縫いつけたではなく」
「はい。咄嗟のことで、加減ができませんでした」
すみませんと小声で謝ると、ドルトスさんに頭をグリグリ撫でられる。
「怖かったな、頑張ったな。たとえバレそうになっても、知人を、まして恩人を、見捨てたら寝覚め悪いよな、うん。お嬢ちゃんは何も間違ってないぞ?」
お前は間違ってない。今、一番言って欲しかった言葉でもあった。
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