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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
102.ノドルにて秋の味覚を賞味する
しおりを挟む10日ぶりのノドルは、とても活気にあふれていた。
村の入り口にリンドや樫、白樺などの若枝を使ったリースやアーチが施され、椎茸に似た平たいきのこがついたほだ木も飾られている。
《さすが、秋らしい実りを飾り付けてるワネ》
羽衣に変身して私に巻きついていたサヴィアンヌが、虹色の蝶の羽を背負った手のひらサイズの小妖精の姿に変わって、ノドルの村へ飛び込んでいった。
数は多くないものの、村の規模から考えると、十分ハウザーと見劣りしない精霊や妖精の数だった。
村の真ん中の高い櫓の下に積み上げられた作物。ハウザーやマガナほど耕地がある訳でないので、作られている物も違う。
それらにも妖精達がたくさん群がっていた。
山の斜面を活かしたものが多いみたい。
「フィオリーナさん、いらっしゃい」
「こんにちは。ハウザーもそうですけど、ここも村を上げてのお祭りなんですね」
「この時期は、どこもそうじゃないかしら」
裏の川でとれた川魚──鱒の仲間かな?──を開いて干したものや、中型犬程もある大きなナマズに似た魚の中に、野菜を詰めて蒸し焼きにしたものなどが切り分けて振る舞われていた。
「干物は近くの都市に納めるけど、干物に向かない魚は、今日のごちそうにしてしまうのよ」
全部が王都に直接納められるわけではなく、商業大都市ファーマーズや交易都市キハのような、近場の大都市に納めて、そこの領主が一定の法則で換算した納税額を王都に納めるのだとか。
私達日本人が、住民税を市に納めるような感じかしら。
「妖精さんとフィオリーナさんがいらした5日間で、山の恵みが格段によくなったので、今年の年貢は余裕があったわ。ありがとうございました」
コールスロウズさんの日々の山への愛が浸透して、木霊のオークスと共に、献身的に山をまわったからだと思うけど。
ここでも、昨日の九月尽(晦日)の奉納で、成人式をしたらしい。今年は新婚はいなかったとのこと。
村長が進行を務め、村のシャーマン的な存在のコールスロウズさんが、収穫物や新成人はもちろん、土地や村人を祝福した様子を、見てみたかったな。
「何も変わったことはしとりません。例年通りに、祝いの言葉を送っただけじゃで。よければ、来年は見に来て下され」
木霊のオークスと魂が一部融合してしまっているコールスロウズさんの心からの言葉は、それだけで精霊の祝福に近いものがあると思う。私の言葉に精霊が騒ぎ出すようなのとは訳が違いそう。
ここでも、皆が陽気に踊っているし、いろんな物を振る舞って食し、幸せそうだった。
ここはいつでも居心地がいい。
踊りの輪に加えてもらい、シーグとも踊る。昨日は出来なかったけれど、ここなら神殿の人も来ないし、コールスロウズさんのご家族ならシーグとも付き合いがある。
サヴィアンヌは、せっかく持ってきた蜜漬けの花蕾も食べずに、奉納物の味見ばかりしていた。
「サヴィアンヌ、少しは遠慮した方が⋯⋯」
《ちっちっちっ シオリ、解ってないワネ。ワタシ達が味見した方が美味しくなるのヨ?》
「それは昨日聞いたけど。食べすぎじゃ?」
「構いませんよ。妖精たちも今日は無礼講ですからの。作物の旨味が増すのなら、儂らとしても大歓迎ですじゃ」
妖精達が囓ったり舐めたりした物って、嫌じゃないのね。
現代日本人の私からすると、ひとりふたりならともかく、さすがにあんなに群がってると、視覚的に、蝶やトンボ、蛾なんかの虫が食べてるようにも感じるのだけど⋯⋯
頭では妖精だからと解っているのに、あんなにくっきり見ちゃうとね。
斜面を活かした作物に、長芋や山芋があった。私の育った町の、特産品の中でも特に山芋──自然薯は天然物は高価で、滋養強壮や免疫力増加、血糖値や高血圧の正常化、動脈硬化症改善、整腸などとても健康にいいものだ。それが、こんなにピカピカで傷もなく150㎝以上もあるだなんて!
ゴツゴツした黒っぽい岩のような、つくね芋系の山芋は粘りも強く味も濃厚で、すりおろせば旨味も濃厚で健康効果が更に高くなって⋯⋯ 手袋型の大和芋に似てるのまである‼
《ずいぶん詳しいのね。人間には栄養価が高いのね?》
≪シオ! コレ・オイシイ? 食べるのイイの?≫
『シオリ、その藷が好きなのか?』
「ええ! とても。お正月にはすりおろしてお吸い物に入れたりもするし、すって練ったものを、ご飯や麺類にかけて食べたり、お好み焼きに入れ「オコノミ焼き?」たり、私の生活には欠かせないものだったの」
「それはぜひ我が街にも流通させないとね」
「え⁉ どっ どうしてここに?」
(たぶん目をキラキラさせて)懐かしの味覚に熱弁していると、後ろからここで聴けるはずのない声が!
「そりゃあ『ノドルへ行ってきます』の走り書き一つで家出した娘を回収しに。ついでに、そんなに居心地のいい土地なら、どんな所か見ておきたいと思ってね?」
目の端に、大きな樫の木の裏をまわって蔵の方へこそこそと消えていく人型のシーグを確認する。
が、程なくして妖精の羽衣をストールのように首に巻いた、狼犬の姿で別の建物の影から出て来た。
カインハウザー様には、小屋から抜け出しているのは見つからなかったみたいでホッとする。
「ああ。隠れていないといけないシーグやアリアンのためでもあるのか。わたしもね、大神官や子供の相手をしているとストレスが溜まるからね、馬でひとっ走り駆けつけたんだよ」
カインハウザー様の肩越しに、村の入り口で控えているハルカスさんと第一隊の人ふたりを見つけ、互いに会釈する。
子供の相手とは、美弥子達三人の事だろうか。お祭りを見に来てたの?
「それより、オコノミ焼きってなんだい?」
山芋やお好み焼きについて説明をすると、村長さんに挨拶をしたかと思うと、色々と話して、ここの山芋やキノコなどを、ハウザーの山猪のお肉や作物などと定期的に交換する事をまとめてしまった。
「たしかに、ここは、精霊や妖精の状態も良く、山の霊気も落ち着いていて、居心地のいい土地だね」
目を細め、村の自然や山の方を見ている。
私は、もうあんなに真っ暗で怖いのは懲りごりだもの、暗くなる前に帰るつもりだったけど、もし楽しすぎて村を出るのが遅くなったら一晩泊めてもらって、早朝に帰るかなとか思ってたのに、カインハウザー様が来てしまったので、そうも行かなくなった。
譲ってもらった山芋やきのこを衛士隊員の馬の背にくくりつけると、抵抗するスキもなくあっという間に馬に乗せられてしまう。
「シーグ。自力でついて走れるね?」
『もちろんだ』
ちゃっかり見つかっていたけれど、シーグが小屋から出ていることは、咎められたりしなかった。
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