見習い聖女の厄介事!

神山 祐太

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「見習い宣教師と最初の大事件」

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 外交官僚となった、ギルベルト・セリアズ。

 まず、外交の現場において指揮を執るにあたって、自分が今まで担ってきた作戦立案や演習計画の策定とは、全く別のものであることを思い知らせされた。

 役所では、意思決定においてあらゆる場面で、“手続き”及び“許可”発生する。

 もちろん、ここ大使館でも例外ではない。

 扱う書類や関連法規の知識、そして書式も膨大であった。
 また、扱う案件によって部署も担当職員も分かれているのだった。

 例えば、○○の案件は、□□課に。その中でも、これこれ、こういった事案については、○○係に。といった具合だ。

 もちろん、その中には絶賛血糖値上昇中のハミルトン課長や、勤労意欲の薄いハーシーズ係長の所掌も含まれる。

 要するに、何をするにつけても、いちいち根回しと許可が要るということだ。

 トップダウンで、司令部や部隊指揮官から出撃命令の下る──もっとも、セリアズ自身が作戦を立案し、その命令を下す側であったのたのだが──軍隊とはまるで違っていた。

 外交上の機密情報漏洩事件の調査の指揮を任されたセリアズだったが、「“くれぐれも慎重にお願いしますよ。もし、我々が事情聴取してやはり何もありませんでした、なんてことになったら、他の課や省庁に睨まれて、仕事やり辛くなりますから。”」と、ここへ来る途中、事前に秘書官からは釘を刺されていた。

 また、警備課長からも、

「役所には、役所のやり方がある。」

 と言われていた。

 たとえ同じ建物の中で仕事をしていても、

『一般の職員と我々のことは区別しろ。部外者と思え。本省の者だけが身内だ。』

 ということらしい。

 二人とも、セリアズの補佐というよりも、むしろ目付け役に近かった。

(田舎の若造と、馬鹿にして。)

 セリアズは、そう思っていた。

 二人だけではなく、警備局警備第一課全体が、自分を遇する空気感から、そういう雰囲気はひしひしと感じられた。

 ──機密情報の漏洩があったのは事実だが、その調査が本命ではないだろう。

 統合軍と外務省の両者のあいだで、何かしらの折衝が行われた。もしかすると、参謀本部長と対外警備局長の辺りで“綱引き”が行われているかもしれない。そして、統合軍は統合軍へ、警備局は警備局へ。どちらも、自らの陣営にとって有利な情報を自分に持ち帰らせようとしている──。

 セリアズは、直感した。

 そういう意味ではまた、現時点での現場の実質指揮官とはいえ、セリアズ自身も、中間管理職のひとりなのだ。

 自分もまた、旧態依然とした、政争の具にほかならないのだ。

 そして、セリアズは指揮官とはいえ、まだ現場の──この大使館の全てを所掌したわけではなかった。

 外交官僚とはいえ、所詮はまだまだ、“軍隊上がりの田舎の若造”、なのだ。

 そんな自らの立場と、今後の現場指揮の方針について考えを巡らせたところに──

「あの。聞いてます?」

 そう思っていたところに。

 絹糸のような金色の髪と、意志の強そうな真っ直ぐに透き通ったスカイブルーの瞳。そして白い肌を持つ、何やら神々しいまでに見てくれの良い女が現れた。

 その女が、デスクの隣に立って、何か自分に言っているようだ。


*****

「あのー……」

「あの。」

 そこまで声を掛けられて、セリアズはようやく顔を上げた。

「……。」

 が、何も言わず、そして、無視した。

 大方、大使館の若いメイドが、お茶でも運んで来たのだろう、くらいに思っていたからだ。

 調査の指揮で自分は手一杯なのだ。自分だけではなく、“本社”から来た人間は皆そうだ。

 現場の大使館の、下っ端のアルバイトのそんな相手のことまで構ってはいられないし、いちいち名前を覚えてはいられない。

「ちょっと!今、目合いましたよね!?」

 ソフィアが、セリアズに喰ってかかる。

「誰だ君は。」

 セリアズが一瞬だけ、視線をソフィアに移す。

「……こほん。申し遅れました。わたくし、エディンバラ大学神学部1年生・宣教修習コースの、ソフィア・グローリーと申します。宣教師の……見習いですが。あ、ちなみに“Philosophia神の英智”と書きまして、ソフィアです。」

 一応こういう場でもあるし、外務省だか警備局だかの、何やらお偉いさんがなので、制服のスカートの端をつまんで、ちょこんとお辞儀をしてみせた。

 自分でやっていて、恥ずかしくなる。慣れていないにも程があるし、第一、全く自分の柄ではないように思う。

 こんな所作は、演劇か舞台の上だけで十分だ。

 こんなことなら、名刺でも作って持ってくれば良かった。

 宣教研修や伝道講習でも、課題と単位についての説明と、そして聖職者たるものの心構えや、万が一紛争地帯や災害支援に派遣された場合への緊急対応マニュアル、またその場合の大使館への連絡先について……などの説明を受けただけで、「官僚の扱い方について」などは、一言も言われなかった。

 課長やオリヴィアに聞いた方が詳しいかも知れない。ノエルという男は、なんだか頼りなさそうだし……そんな失礼なことを考えていたソフィアだが、すぐに頭を切り替えて笑顔を作った。

「本日から、こちらの大使館付宣教となりまして。何か、お悩み事や、お困りのことはありませんでか?」

 作り立ての笑顔を向けて、セリアズに向かって尋ねた。

 セリアズはため息をついてから、ソフィアの方に向き直り、

「大使館職員全員の素行調査を。全員の思想や出身、学歴等の経歴を、全て提出してください。」

 と、淡々と告げた。

 セリアズは、ソフィアを宣教師ではなく、あくまで大使館職員の一人と、そう思っているようだった。

「情報漏洩事件の調査を行うのが、我々の任務です。……本省に協力するのは、職員の義務だろう。」

「ちょ、ちょっと。そんな言い方無いんじゃないんですか?まるで、ここの人達が犯人みたいな言い方……!」

 まるで、古の律法学者たちに立ち向かう、エルサレムに現れたナザレのイエスの気分だった。

 ソフィアは、胸の中で、

「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」

 という、聖書の言葉を思い出していた。

 一旦、冷静になる必要がある。

 が、しかし。相手が外務省の高級官僚、かどうかは知らないが、タダではソフィアも引き下がりたくなかった。

「職員全員に、嫌疑がかかっています。速やかに……」

 そこまでセリアズが言いかけてから、ソフィアが吠えた。

「あのねぇ、さっきからいきなり来たかと思えば、わたし達に出てけって言ったり、無視したり、犯人扱いしたり、あなたねえ!」

 セリアズの言葉が言い終わらないうちに。

 作り立ての笑顔も、聖書の言葉も、どこかへ飛んで行ってしまったようだ。


 *****

 一方、その様子を見ていた、メイド+渡航課組はというと。

「うわー、性格キツそう……。」

「寿命短いわね、あれは。」

 ケイトとオリヴィア、そしてノエルが、コーヒーでひと息つきながら、ソフィアとセリアズのやり取りを見ていた。ノエルだけは、砂糖もミルクも多目だった。

「ねぇ、国家公務員の総合職って、みんなあんな感じなの?」

 ケイトが、視線をノエルの方に移す。

「ぼ、僕は!みんなの味方だから!」

 ケイトとオリヴィアを交互に見て、慌てたようにノエルが言い訳した。

「私達下っ端いじめるのが生きがいって感じ。」

「課長も寿命、縮まりそうね……。」

 今度は、課長のことにまで好き勝手に話している。

 そんな話をして2人のことを眺めていたが、突然、

「そんな言い方、無いじゃないですか!」

 という、声が響いた。

 3人は驚いて顔を見合わせてから、声がした方を探るように顔を上げた。

 ソフィア・グローリーである。

 ソフィアが、何やら噛み付いているではないか。

 しかも、よりにもよって、“本社”から派遣されてきた現時点での現場指揮官で、上級管理職のセリアズに対して。

 会議室の空気が、徐々に2人を中心にピリついていく。

「ち、ちょっとオリヴィアさん。あれ、まずいんじゃない?」

 ノエルが心配そうに様子を見ている。

「見てないで、止めてきなさいよ。」

 と言われ、ケイトに、わき腹を小突かれた。

「そ、そうだね。オリヴィアさん、行こうか。」

「何があったかわからないけど、何してるのよあの子は、もう……!」


 *****

「あのねぇ、さっきからわたし達のこと……!」

 ソフィアがセリアズに噛み付いているところへ、オリヴィアとノエルが飛んできた。

「ちょっと、何があったの?」

「すみません書記官。この子、新人なもので。」

 課長に次いで本省の権威と高級官僚に弱い、ノエル・ハウレット情報官がぺこぺこと頭を下げている。

「あ、オリヴィアに、ノエルさん。聞いてくださいよ!」

「はいはい、あっちで聞くから。私達職員は一旦出ましょう。……失礼しました、一等書記官。」

 オリヴィアが、ソフィアの腕を引いてなだめていた。

 ノエルはその間も、「新人なもんで」と、セリアズに頭を下げている。

「ちょっと君達!何の騒ぎ!?」

 会議室が騒がしいので、課長が様子を見に来たようだ。

「うちの宣教師が、何か……?」

 課長が、ノエルの隣で恐る恐る、セリアズに事情を聞く。

「こいつは君の部下か。ちゃんと監督していたまえ。」

 即座に事情を察したハミルトン課長は、オリヴィアに連れて行かれる途中の新人宣教師に向かって、

「ソフィア君。セリアズ書記官の、指示に従って。」

 オリヴィアに、彼女を連れて出て行くように促した。

「ちょっと、何ですか課長まで!皆さんも、何でここまで言われて黙ってるんですか!!」

「いいから!ちょっと来なさい。」

「話はまだ、終わってません!」

「私達現場の大使館職員には、何も権限無いのよ。」

 ソフィアがオリヴィアに連れて行かれてしまい、会議室には静寂と本省の関係者特有の緊張感が戻っていった。

「……彼女は?」

「はい、うちの新しい宣教師でございまして。優秀ではあるようなのですが、何分、新人なものでして。この度は、一等書記官はじめ本省の方々に大変生意気を申しまして誠に……」

「構いません。引き続き業務を続けてください」

「はい、私もこれで失礼いたします。また、何かございましたら我々大使館の者に何なりとお申し付けください。」

 今日も板挟みになる課長だった。

 セリアズは、出て行くソフィアのことも、胃の辺りを抑えて出て行く課長の後ろ姿にも、目もくれずに、デスクに設置されたモニターを操作して、書類へと視線を落とした。
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