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「見習い宣教師と最初の大事件」
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セリアズ達は、奥の会議室を使うことになったので、結局ソフィア達はいつも通り渡航課が普段使っているスペースに留まることになった。
元々、庭園というか広場を挟んでお隣の──隣といっても、広場ひとつ分くらい離れているのだが。そのセント・パトリシア大聖堂の一角を改築して使っており、更に迎賓館を増築して、現在のユーロ・ブリティッシュ王国、ベリオン大使館として使っているから、スペースには余裕があった。
ラウンジや貴族の集まる会議室を備えているのも、そういった理由によるところが大きい。
オリヴィアと、ノエルと、そして課長は、それぞれ報道官、総合職組、また中間管理職として、セリアズら本社の一派に加えられてしまっている。
課長に関しては、恐らくまた胃を痛めて、あぶら汗を浮かべながら、つとめて引き吊り笑いを浮かべていることだろう。
「……皆さん、行っちゃいましたね。」
来たばかりのソフィアは、手持ち無沙汰であった。彼らを見送るほかは、これといってやることが無い。
「俺達との扱いの差だな……。」
係長の言う扱いの差、とは、大使館の一般職員と、ノエルのような初級幹部や上級職のことである。
さっきも、“本社”からやって来たセリアズの取り巻きに、
「この部屋は、本省の者たちで使う!」
「君達は、別の部屋か、隅にでも行っていろ!」
と、言われてしまった。
「ところで、機密漏洩したのって、誰なんですか?」
ここに来たばかりのソフィアは、何も言われなければ勝手に自分の判断で宣教を行い、福音を伝え、そして大使館の業務も出来うる限り手伝おうと、そう思っていた。
機密情報漏洩事件のことも、自分に出来ることがあれば、立場を越えて解決に向けてしようと思っている。もちろん、場合によっては自分一人でも動こう──とも。決意に近い思いだった。
「それがわからないから、本社が乗り込んで来たんでしょ。」
なんだかんだで、ケイトがソフィアの世話を焼いていた。このままだと、自然とケイトがソフィアの教育係として収まりそうである。もっともな話だった。
「なんだか皆さん、緊張感無いですねぇ。」
「……緊張感無いのはお前だよ。ソフィア嬢。」
ハーシーズ係長とそんなやり取りをしていると、いつの間にか課長が戻って来ていた。
「あ、おかえりなさい。もういいんですか?」
「ちょっと事情聴取して、あとはもういいって。追い出されちゃったよ。」
「そうよねえ。事情なんて聞かれてもねえ……」
ケイトも給仕がひと段落したようで、いつものように渡航課に居座っている。
「一介の課長が、知ってるわけないって。ところでそっちは?何か聞かれたかい?」
「大使館の下っ端の係長なんて、見向きもされませんでしたよ。視界にも入ってないみたいです。」
書類を書き終えた係長が、背伸びしながら答えた。
「そういえば、オリヴィア君とノエル君は?」
「オリヴィア君は、まだ、マスコミや報道関係への対応で、残っているみたいだぞ。ノエル君もな。」
「それと、我々の対応の割り振りが決まったから。」
「どうせ私たちは、いつもと同じ雑用でしょ?」
「下っ端は出来ることなんて限られてるし。」
「わかってるなら、さっさとやる。」
「あの、わたしは?」
来たばかりのソフィアが、ここの主であるハミルトン課長に指示を仰いだ。
「ああ、宣教師の君か。君は、邪魔にならないように、課題でもやってて。学生なんだろ?」
「そうですけど、わたしにも何か手伝わせてください。」
「手伝うって言ったってな……あれ?居ない?宣教師君は?どこ行った??」
*****
オリヴィアとノエルが、会議室のコーヒーメーカーの前に立って、ひと息ついていた。
“本社”の者で溢れている会議室の中でも、この場所だけは、邪魔が入らない。大使館員同士で密談するのには、もってこいの場所だった。
「失礼しまーす。秘密情報部のお坊ちゃんと、報道官様にお茶お持ちしましたー。……どう?」
わざとらしく銀色の盆にカップとソーサーを載せて、ケイトがやって来た。一応、周囲を気にして目配せをしてから、密談の輪に入る。
「ちょっと、ケイトさん。勝手に入って来たらダメじゃないか。」
ノエルが、少し慌てた。
「あのね、私ここの給仕なの。お茶やお料理を運ぶ、これ私の仕事。第一、誰も気にしてないわよ。私達下っ端のことなんか。」
幸いにもケイト・ヒューストンの職業柄、メイド服を着て、お盆を持っていれば、この大使館内のどこを歩こうと、どこに顔を出そうと怪しまれることは無かった。
「なぁに?スパイごっこ?誰に言われてきたの?」
オリヴィアは、コーヒーに砂糖を入れて、マドラーでカップの中身をかき回していた。彼女はケイトを咎めることも無く、わりといつも穏やかだった。
「別にー。気になっただけよ。」
「ところで、一等書記官て、アイツ?あの、真ん中の?うわー、アイツかぁ。性格キツそう……ねぇ、国家公務員の総合職って、みんなあんな感じなの?寿命短いわねー、あれは。」
ケイトが、秘書官と警備課長に挟まれたセリアズに視線を向けた。今は、何か書類を突き合わせて確認をしているようだ。
そして気の毒なことに、新任の一等書記官殿は、ケイトに勝手に寿命を縮められてしまった。
「こら、そういうこと言わない。」
「私達いじめるのが生きがいって感じ。」
「ぼ、僕は!皆さんの、味方なので!本当だよ!?」
「でも、そろそろ課長も、寿命縮まりそうね……。」
オリヴィアが流石に心配そうにしていた。
「そういえば、あの子……宣教師ちゃんの歓迎会しない?私達だけで。」
「あら、いいわね。落ち着いたら、渡航課のみんなでやりましょうか。」
と、そんな話をしていたところに、
「ちょっと!そんな言い方!」
会議室に大きな声が響く。
一瞬、部屋が静寂に包まれて、声の方に皆の視線が集まった。
聖公会の制服に身を包んだソフィアが、セリアズ達の前に仁王立ちしていた。
元々、庭園というか広場を挟んでお隣の──隣といっても、広場ひとつ分くらい離れているのだが。そのセント・パトリシア大聖堂の一角を改築して使っており、更に迎賓館を増築して、現在のユーロ・ブリティッシュ王国、ベリオン大使館として使っているから、スペースには余裕があった。
ラウンジや貴族の集まる会議室を備えているのも、そういった理由によるところが大きい。
オリヴィアと、ノエルと、そして課長は、それぞれ報道官、総合職組、また中間管理職として、セリアズら本社の一派に加えられてしまっている。
課長に関しては、恐らくまた胃を痛めて、あぶら汗を浮かべながら、つとめて引き吊り笑いを浮かべていることだろう。
「……皆さん、行っちゃいましたね。」
来たばかりのソフィアは、手持ち無沙汰であった。彼らを見送るほかは、これといってやることが無い。
「俺達との扱いの差だな……。」
係長の言う扱いの差、とは、大使館の一般職員と、ノエルのような初級幹部や上級職のことである。
さっきも、“本社”からやって来たセリアズの取り巻きに、
「この部屋は、本省の者たちで使う!」
「君達は、別の部屋か、隅にでも行っていろ!」
と、言われてしまった。
「ところで、機密漏洩したのって、誰なんですか?」
ここに来たばかりのソフィアは、何も言われなければ勝手に自分の判断で宣教を行い、福音を伝え、そして大使館の業務も出来うる限り手伝おうと、そう思っていた。
機密情報漏洩事件のことも、自分に出来ることがあれば、立場を越えて解決に向けてしようと思っている。もちろん、場合によっては自分一人でも動こう──とも。決意に近い思いだった。
「それがわからないから、本社が乗り込んで来たんでしょ。」
なんだかんだで、ケイトがソフィアの世話を焼いていた。このままだと、自然とケイトがソフィアの教育係として収まりそうである。もっともな話だった。
「なんだか皆さん、緊張感無いですねぇ。」
「……緊張感無いのはお前だよ。ソフィア嬢。」
ハーシーズ係長とそんなやり取りをしていると、いつの間にか課長が戻って来ていた。
「あ、おかえりなさい。もういいんですか?」
「ちょっと事情聴取して、あとはもういいって。追い出されちゃったよ。」
「そうよねえ。事情なんて聞かれてもねえ……」
ケイトも給仕がひと段落したようで、いつものように渡航課に居座っている。
「一介の課長が、知ってるわけないって。ところでそっちは?何か聞かれたかい?」
「大使館の下っ端の係長なんて、見向きもされませんでしたよ。視界にも入ってないみたいです。」
書類を書き終えた係長が、背伸びしながら答えた。
「そういえば、オリヴィア君とノエル君は?」
「オリヴィア君は、まだ、マスコミや報道関係への対応で、残っているみたいだぞ。ノエル君もな。」
「それと、我々の対応の割り振りが決まったから。」
「どうせ私たちは、いつもと同じ雑用でしょ?」
「下っ端は出来ることなんて限られてるし。」
「わかってるなら、さっさとやる。」
「あの、わたしは?」
来たばかりのソフィアが、ここの主であるハミルトン課長に指示を仰いだ。
「ああ、宣教師の君か。君は、邪魔にならないように、課題でもやってて。学生なんだろ?」
「そうですけど、わたしにも何か手伝わせてください。」
「手伝うって言ったってな……あれ?居ない?宣教師君は?どこ行った??」
*****
オリヴィアとノエルが、会議室のコーヒーメーカーの前に立って、ひと息ついていた。
“本社”の者で溢れている会議室の中でも、この場所だけは、邪魔が入らない。大使館員同士で密談するのには、もってこいの場所だった。
「失礼しまーす。秘密情報部のお坊ちゃんと、報道官様にお茶お持ちしましたー。……どう?」
わざとらしく銀色の盆にカップとソーサーを載せて、ケイトがやって来た。一応、周囲を気にして目配せをしてから、密談の輪に入る。
「ちょっと、ケイトさん。勝手に入って来たらダメじゃないか。」
ノエルが、少し慌てた。
「あのね、私ここの給仕なの。お茶やお料理を運ぶ、これ私の仕事。第一、誰も気にしてないわよ。私達下っ端のことなんか。」
幸いにもケイト・ヒューストンの職業柄、メイド服を着て、お盆を持っていれば、この大使館内のどこを歩こうと、どこに顔を出そうと怪しまれることは無かった。
「なぁに?スパイごっこ?誰に言われてきたの?」
オリヴィアは、コーヒーに砂糖を入れて、マドラーでカップの中身をかき回していた。彼女はケイトを咎めることも無く、わりといつも穏やかだった。
「別にー。気になっただけよ。」
「ところで、一等書記官て、アイツ?あの、真ん中の?うわー、アイツかぁ。性格キツそう……ねぇ、国家公務員の総合職って、みんなあんな感じなの?寿命短いわねー、あれは。」
ケイトが、秘書官と警備課長に挟まれたセリアズに視線を向けた。今は、何か書類を突き合わせて確認をしているようだ。
そして気の毒なことに、新任の一等書記官殿は、ケイトに勝手に寿命を縮められてしまった。
「こら、そういうこと言わない。」
「私達いじめるのが生きがいって感じ。」
「ぼ、僕は!皆さんの、味方なので!本当だよ!?」
「でも、そろそろ課長も、寿命縮まりそうね……。」
オリヴィアが流石に心配そうにしていた。
「そういえば、あの子……宣教師ちゃんの歓迎会しない?私達だけで。」
「あら、いいわね。落ち着いたら、渡航課のみんなでやりましょうか。」
と、そんな話をしていたところに、
「ちょっと!そんな言い方!」
会議室に大きな声が響く。
一瞬、部屋が静寂に包まれて、声の方に皆の視線が集まった。
聖公会の制服に身を包んだソフィアが、セリアズ達の前に仁王立ちしていた。
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