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第一章
どうか幸せに
宴の喧騒から逃れ、私は屋敷の裏庭の、ひときわ暗い草むらの中にうずくまっていた。顔を膝に埋め、肩を小さく震わせながら、ただただ泣いていた。
あの惨めなプレゼントを渡そうとした自分が愚かで、後悔で胸が張り裂けそうだった。
(……もう、どうすればいいのかわからない……)
「どうしたんだい? そんなところにうずくまって」
突然、優しい声が頭上から聞こえた。
はっと顔を上げると、そこには月明かりに照らされた、金色の髪をした青年が立っていた。その瞳は深い碧色で、私をいたわるように細められている。
彼の服は質素だが、上品な佇まいだった。私はその顔に見覚えはなかったが、客の一人だろうか。
「す、すみません……! すぐに、立ち去ります……!」
慌てて立ち上がり、涙を拭おうとするが、また新しい涙が溢れてくる。
「焦らなくていいさ」
青年はにっこりと笑った。
それは、私がこれまで出会ったどんな笑顔とも違う、どこか哀しげでいながらも、とても優しい笑顔だった。
「君、どうやら随分と辛い思いをしているようだね。よかったら、話してみないか? 見知らぬ他人に話す方が、かえって楽なこともあるものだ」
なぜかその言葉に嘘がないように感じた。
それに、彼の目は、侯爵家の誰とも、エドワードとも、クラリスとも違った。家族たちの愛の籠った目とも違うようで……。
まるで、警戒心を解いてくれるのを、じっと待っているみたいな。
「私……私が……」
初めて会った人なのにどうしてか心を揺さぶられてしまって、私は涙声で、震える声で、すべてを話し始めた。
兄への感謝の気持ち。不格好な刺繍。宴の場の煌びやかさ。そして、たった一つのプレゼントを渡せなかった自分の惨めさ。
青年は最後まで、ただ静かに頷きながら話を聞いてくれた。
「……そうか。君は、たった一つだけの、世界で一番大切な贈り物を準備したんだね」
「……え?」
「贈り物の価値は、見た目や値段じゃない。そこに込めた想いだ」
青年の声は確信に満ちていた。
「君の兄さんは、きっと分かってるよ。だから、そんなに悲しまなくていい」
「で、でも……あんなに立派な人たちが、素敵なプレゼントを……私のなんて……」
「ふふ」
青年は小さく笑った。
「僕はね、君のその『たった一つ』の贈り物の方が、よっぽど価値があると思うな。なぜなら、それは世界に二つとない、君だけが彼に贈れるものだから。それに僕は君の兄が、金や宝石なんかを、家族の贈りものよりも大事にする人間には思えない」
その言葉に、私の胸の重りが、少しだけ軽くなったような気がした。
そうだ。
ギルバートが、お兄様が、家族を何より大事にする人だということを、私は知っている。
私のプレゼントの値段的な価値が劣るからって、それを見下したりなんて、きっとしない。
「そう、ですね。……ありがとう、ございます」
私は涙を拭い、小さく息を吸った。
「……お言葉に甘えて、もう一度……兄のところへ行ってみます」
「そうだね。それがいい」
青年は優しくうなずいた。
「勇気を出して」
「はい!」
私は深々と一礼すると、くるりと背を向け、屋敷へと走り去っていった。
――その背中は、少しだけ、さっきより強く見えた。
彼女の姿が見えなくなるまで、青年――レクシードはただ立ち尽くしていた。そして、彼がこらえていた深いため息が、夜に溶けていく。
(……この世界では、君は僕と過ごした時間を知らない。だから、あの時のように君に近づくことはできない。あの狭い部屋で、君が初めて心を開いてくれた笑顔も。僕の名前を、震える声で呼んでくれたあの日も。すべて、消えてしまった過去だ)
彼の胸の中には、あまりにも大きすぎる想いが渦巻いていた。守りたい。もう二度と悲しい思いをさせたくない。この幸せな時間を、永遠に続かせたい。
だからこそ、何も知らない彼女に、自分の想いを押し付けるようなことは絶対にできない。
(僕は君を求めるようなことはできない。皇太子と貴族令嬢でしかないこの関係のままでも、この平和な時間が続くのなら……それでいい。僕のこの大きすぎる気持ちは……君のためにも、黙っているべきだ)
レクシードはそっと目を閉じた。そして、もう誰もいない庭に、そして彼女去っていった幻影を見つめるように、ぽつりと呟いた。
「……どうか、幸せに……。セレンティア」
あの惨めなプレゼントを渡そうとした自分が愚かで、後悔で胸が張り裂けそうだった。
(……もう、どうすればいいのかわからない……)
「どうしたんだい? そんなところにうずくまって」
突然、優しい声が頭上から聞こえた。
はっと顔を上げると、そこには月明かりに照らされた、金色の髪をした青年が立っていた。その瞳は深い碧色で、私をいたわるように細められている。
彼の服は質素だが、上品な佇まいだった。私はその顔に見覚えはなかったが、客の一人だろうか。
「す、すみません……! すぐに、立ち去ります……!」
慌てて立ち上がり、涙を拭おうとするが、また新しい涙が溢れてくる。
「焦らなくていいさ」
青年はにっこりと笑った。
それは、私がこれまで出会ったどんな笑顔とも違う、どこか哀しげでいながらも、とても優しい笑顔だった。
「君、どうやら随分と辛い思いをしているようだね。よかったら、話してみないか? 見知らぬ他人に話す方が、かえって楽なこともあるものだ」
なぜかその言葉に嘘がないように感じた。
それに、彼の目は、侯爵家の誰とも、エドワードとも、クラリスとも違った。家族たちの愛の籠った目とも違うようで……。
まるで、警戒心を解いてくれるのを、じっと待っているみたいな。
「私……私が……」
初めて会った人なのにどうしてか心を揺さぶられてしまって、私は涙声で、震える声で、すべてを話し始めた。
兄への感謝の気持ち。不格好な刺繍。宴の場の煌びやかさ。そして、たった一つのプレゼントを渡せなかった自分の惨めさ。
青年は最後まで、ただ静かに頷きながら話を聞いてくれた。
「……そうか。君は、たった一つだけの、世界で一番大切な贈り物を準備したんだね」
「……え?」
「贈り物の価値は、見た目や値段じゃない。そこに込めた想いだ」
青年の声は確信に満ちていた。
「君の兄さんは、きっと分かってるよ。だから、そんなに悲しまなくていい」
「で、でも……あんなに立派な人たちが、素敵なプレゼントを……私のなんて……」
「ふふ」
青年は小さく笑った。
「僕はね、君のその『たった一つ』の贈り物の方が、よっぽど価値があると思うな。なぜなら、それは世界に二つとない、君だけが彼に贈れるものだから。それに僕は君の兄が、金や宝石なんかを、家族の贈りものよりも大事にする人間には思えない」
その言葉に、私の胸の重りが、少しだけ軽くなったような気がした。
そうだ。
ギルバートが、お兄様が、家族を何より大事にする人だということを、私は知っている。
私のプレゼントの値段的な価値が劣るからって、それを見下したりなんて、きっとしない。
「そう、ですね。……ありがとう、ございます」
私は涙を拭い、小さく息を吸った。
「……お言葉に甘えて、もう一度……兄のところへ行ってみます」
「そうだね。それがいい」
青年は優しくうなずいた。
「勇気を出して」
「はい!」
私は深々と一礼すると、くるりと背を向け、屋敷へと走り去っていった。
――その背中は、少しだけ、さっきより強く見えた。
彼女の姿が見えなくなるまで、青年――レクシードはただ立ち尽くしていた。そして、彼がこらえていた深いため息が、夜に溶けていく。
(……この世界では、君は僕と過ごした時間を知らない。だから、あの時のように君に近づくことはできない。あの狭い部屋で、君が初めて心を開いてくれた笑顔も。僕の名前を、震える声で呼んでくれたあの日も。すべて、消えてしまった過去だ)
彼の胸の中には、あまりにも大きすぎる想いが渦巻いていた。守りたい。もう二度と悲しい思いをさせたくない。この幸せな時間を、永遠に続かせたい。
だからこそ、何も知らない彼女に、自分の想いを押し付けるようなことは絶対にできない。
(僕は君を求めるようなことはできない。皇太子と貴族令嬢でしかないこの関係のままでも、この平和な時間が続くのなら……それでいい。僕のこの大きすぎる気持ちは……君のためにも、黙っているべきだ)
レクシードはそっと目を閉じた。そして、もう誰もいない庭に、そして彼女去っていった幻影を見つめるように、ぽつりと呟いた。
「……どうか、幸せに……。セレンティア」
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