出て行けと追い出されたが、そもそも私の家ではなかった

Estella

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第一章

私の決意

 一ヶ月という時間は、私の心を確実に変えていた。
 魔法の訓練や教養の授業、淑女としての心得の授業で培われた集中力は、私の瞳に静かな強さを灯し、家族と使用人たちからの惜しみない愛情は、この心に少しずつ、しかし確かな自信を築いていた。

 だからこそ、私は気づいた。

 この数日、屋敷の空気がどこか張り詰め、ざわついていることに。父の表情はより厳しく、アルデリカお姉様の動きはより焦燥感があって、そして何より、ギルバートお兄様の笑顔の裏に、かすかな焦りと怒りを感じ取った。

「お兄様」

 夕食後、書斎で読書をしていたギルバートを、私はそっと訪ねた。

「……ティアか。どうした?」

 彼は顔を上げ、いつもの優しい笑みを浮かべようとした。だが、それは少しだけ硬かった。

「お兄様、何か……あったのですか? みなさん、少し……お疲れのようです」

「何でもないよ」

 彼はすぐに否定したが、その早さがかえって不自然さを際立たせた。

「ただ、領地の業務が少し忙しくなっているだけさ」

 私はじっと兄の目を見つめた。その瞳は、かつてのようにすぐに俯くことはなかった。

「……嘘です」

「ティア?」

「兄様は、私に心配をかけたくないのですね。ありがとうございます。でも……」

 彼女はそっと胸に手を当てた。

「ここが、ざわついています。家族のみなさんが苦しんでいると、私も……苦しくなるのです」

 その純粋でまっすぐな心配りの前に、ギルバートの偽りの笑顔は崩れ落ちた。
 彼は深く息を吐き、机の引き戸を開けて、皺くちゃになった新聞を取り出した。

「……約束してくれ。動揺しないで聞いてくれるか」

「はい」

 私は覚悟を決めてうなずいた。
 ギルバートは言葉を選びながら、ローデンゼン侯爵家が新聞で「エリーゼ」の行方不明と褒賞を掲げたことを説明した。侯爵家が彼女を「哀れな狂人」として描き、「わたし」を保護した人にけしかけようとしている策略を。

 私は顔色を青ざめさせ、体が微かに震えた。恐怖がよみがえる。あの屋敷の記憶、嘲笑、痛みが――。

「……ティア!」

 ギルバートが声を上げ、彼女の肩を抱いた。その温もりが、冷たくなりかけた血を再び流し始めさせた。

「すまない、ティア。気にしないでいい。僕たちが全てを処理する。奴らには、一歩も近づけさせない――」

「――違います」

 小さく、しかし確かな声で、私が言い放った。
 私は震える手をぎゅっと握りしめ、ギルバートを見上げる。その目に映る恐怖の奥に、一筋の強い光が灯っていた。

「私……おびえているのは、本当です。あの人たちに会いたい……なんて、思いません。でも……もう、ずっと隠れているのは違うと思います」

「ティア……?」

「兄様がおっしゃった通り、私はいつか、人前に出なければならない。それなら……この機会に、ちゃんと向き合いたいのです」

 彼女は新聞を指さした。

「エリーゼ・ローデンゼンとしてではなく……セレンティア・カルデンシアとして」

「……どういうことだ?」

「聞きました……近々、宮廷で魔法大会が開催されると。あの……もしよければ、私も出場したいのです」

 ギルバートは息をのんだ。魔法大会――それは、貴族の子女たちが魔力の技量と美しさを競い合う、社交界でも最も華やかで、そして厳しい場の一つだ。
 もしかしたら、お兄様やカルデンシアのみんなは、元々私に出場させたかったのかもしれない。
 でも、きっと言いにくいことだろう。大丈夫。私が、それを言うから。

「ローデンゼンの人たちも、来るでしょう。それなら……彼らの目の前で、私はもう『エリーゼ』でも『醜い人形』でもないことを、証明したい」

 私の声はまだ少し震えていた。しかし、その意志は揺るぎなかった。

「魔力を封じられ、嘲笑われていたあの娘が……カルデンシアの名の下に、どれだけ成長したかを。見せつけてやりたいのです」

「……本気か?」

 ギルバートの声は詰まった。

「はい。ちゃんと、ローデンゼンに向き合います。逃げずに。……カルデンシアとして」

 ギルバートは暫し無言で妹を見つめ、そして、深い感動と誇りに満ちた笑みを浮かべた。
 彼は私の手を握り返した。

「……わかった。君の意志を、僕は誇りに思う。無論、反対しない。だが、一つ約束してほしい。無理は絶対にするな。僕たちは家族で、常に君の味方だ。どんな時も、君を守る」

「はい……! ありがとうございます、兄様!」

 私の笑顔は、かつてないほどに明るく、そして強いものだった。



 その決意はすぐに家族に伝えられた。アルデリカは「さすがは私の妹」と笑みを浮かべながらも、その目は熱く輝いていた。父は深く頷き、「我が娘よ、存分にやれ」と一言、力強く言い放った。

 彼女はもはや、守られるだけの存在ではなかった。自らの手で、過去に決別する時が来たのだ。

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