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第二章
魔法大会の開幕と対峙
帝都の大競技場は、貴族から平民まで、文字通り身分の隔てなく熱気に包まれていた。年に一度の魔法大会は、この国で最も権威ある魔術の祭典であると同時に、有能な魔術師たちが名声と将来をかけてしのぎを削る場でもあった。
貴賓席には、ギルバート、アルデリカ、そしてカルデンシア公爵が厳しい面持ちで座っていた。彼らの視線の先には、選手控え室へと続く通路があった。
「……落ち着け、セレンティア。君なら必ずできる」
貴賓席の一角、人目につきにくい場所で、ギルバートがそう囁く。その隣で、セレンティアは深く息を吸い込んでいた。彼女は今日、公爵家の令嬢にふさわしい、淡い青色の魔術師用のローブを身にまとっている。
紺色の髪はきれいに整えられ、紫色の瞳には、これまでになかった強い決意の光が宿っていた。
「はい、兄様。大丈夫です」
彼女はそう答えたが、膝の上で組んだ指の先はわずかに震えていた。
この広大な会場、沸き上がる歓声、そして――どこかにいるはずの、ローデンゼン侯爵家の者たちを思うと、胸が締め付けられるように苦しかった。
「あの連中のことは気にしてはだめよ」
アルデリカが冷たく言い放った。
「今日の主役は、ティアに決まっているの」
「アルデリカの言う通りだ」
家族の言葉が、彼女の背中を押した。彼女はゆっくりと立ち上がる。
「行ってまいります」
一方、反対側の選手控え室では、異様な緊張感が漂っていた。
「はぁ……はぁ……もう一度……」
クラリス・ローデンゼンは、鏡の前で必死に呼吸を整えようとしていた。彼女のローブは派手で目を引くが、その顔には疲労と焦りの色が濃く浮かび出ている。
先ほどまでの予選通過ですら、かつてなら苦もなくこなせたはずの初級魔法に、思わぬ労力を要した。
(落ち着いて……私はクラリス・ローデンゼンよ。天才治癒魔術師……!)
しかし、体内を巡る魔力の流れは、以前のように豊かではなく、か細く、ときどき途切れそうになる。まるで、生命線そのものが細くなっていくような、この恐ろしい感覚。
(エドワード、お父様、お母様……恥をかいたら、なんて言われるか!)
孤立感が、彼女をさらに追い詰める。
(でも……今日、私が優勝して見せれば、全てが元通りになるわ。そう、全てが……!)
観客席のどこかに、噂の「エリーゼ」が潜んでいるかもしれない、という期待と恐怖に駆られていた。
あの女が、この惨めな姿を見ているかもしれないと思うと、全身の毛が逆立つようだった。
その全てをあるべき姿に戻す方法は、クラリスが優勝すること、それだけしかない。
場内アナウンスが流れる。
『――次なる出場者、第23番。ローデンゼン侯爵家、クラリス・ローデンゼン様――』
観客席から、かつてのような熱狂的な拍手と歓声は起きない。むしろ、どこか好奇の目と、囁きが混じっている。クラリスは胸を張り、無理に優雅な微笑みを浮かべて場内へと歩み出た。
(見ていなさい……皆、私の実力を……!)
そして、いよいよ――。
『――第28番。カルデンシア公爵家、セレンティア・カルデンシア様――』
その名が場内に響き渡った瞬間、貴賓席から一際大きな拍手が起こり、それに続いて、好奇と驚きのざわめきが広がった。死んだと伝えられていたはずの公爵家の末娘の名とは、どういうことか。
そうして通路の入り口に、一人の少女の姿が現れた。
紺色の髪が陽光に輝き、深い紫の瞳は緊張に潤みながらも、前方をしっかりと見据えている。その姿は、どこか誇り高く、そして美しい。
「……っ!」
クラリスの目が見開かれた。あの……ありふれた茶髪と茶瞳の、陰気で醜い女が……?
違う。別人だ。しかし……何故か……あの女を……エリーゼを思い出させる……!
「な、あれは……?」
「カルデンシア公爵家の……?」
「けど赤子の時に死んだはずじゃ……」
観客席の囁きが大きくなる。
セレンティアは、その全ての視線を一身に浴びながら、ゆっくりと、しかし確かな足取りで競技場の中央へと進んでいく。鼓動は早く、喉はカラカラだった。でも、もう後戻りはできない。
(私は……セレンティア・カルデンシア……)
彼女はそっと目を閉じ、体内に眠る膨大な魔力の源に意識を集中させる。オルウェン師の教え、家族の温もり、そして……庭で出会った、あの金髪の青年の優しい言葉を思い出す。
(逃げない……)
彼女が目を開けた。その瞳には、もう迷いはなかった。
魔法大会の幕は、真の主人公の登場とともに、今、切って落とされた。運命の歯車は、回り始めた。
貴賓席には、ギルバート、アルデリカ、そしてカルデンシア公爵が厳しい面持ちで座っていた。彼らの視線の先には、選手控え室へと続く通路があった。
「……落ち着け、セレンティア。君なら必ずできる」
貴賓席の一角、人目につきにくい場所で、ギルバートがそう囁く。その隣で、セレンティアは深く息を吸い込んでいた。彼女は今日、公爵家の令嬢にふさわしい、淡い青色の魔術師用のローブを身にまとっている。
紺色の髪はきれいに整えられ、紫色の瞳には、これまでになかった強い決意の光が宿っていた。
「はい、兄様。大丈夫です」
彼女はそう答えたが、膝の上で組んだ指の先はわずかに震えていた。
この広大な会場、沸き上がる歓声、そして――どこかにいるはずの、ローデンゼン侯爵家の者たちを思うと、胸が締め付けられるように苦しかった。
「あの連中のことは気にしてはだめよ」
アルデリカが冷たく言い放った。
「今日の主役は、ティアに決まっているの」
「アルデリカの言う通りだ」
家族の言葉が、彼女の背中を押した。彼女はゆっくりと立ち上がる。
「行ってまいります」
一方、反対側の選手控え室では、異様な緊張感が漂っていた。
「はぁ……はぁ……もう一度……」
クラリス・ローデンゼンは、鏡の前で必死に呼吸を整えようとしていた。彼女のローブは派手で目を引くが、その顔には疲労と焦りの色が濃く浮かび出ている。
先ほどまでの予選通過ですら、かつてなら苦もなくこなせたはずの初級魔法に、思わぬ労力を要した。
(落ち着いて……私はクラリス・ローデンゼンよ。天才治癒魔術師……!)
しかし、体内を巡る魔力の流れは、以前のように豊かではなく、か細く、ときどき途切れそうになる。まるで、生命線そのものが細くなっていくような、この恐ろしい感覚。
(エドワード、お父様、お母様……恥をかいたら、なんて言われるか!)
孤立感が、彼女をさらに追い詰める。
(でも……今日、私が優勝して見せれば、全てが元通りになるわ。そう、全てが……!)
観客席のどこかに、噂の「エリーゼ」が潜んでいるかもしれない、という期待と恐怖に駆られていた。
あの女が、この惨めな姿を見ているかもしれないと思うと、全身の毛が逆立つようだった。
その全てをあるべき姿に戻す方法は、クラリスが優勝すること、それだけしかない。
場内アナウンスが流れる。
『――次なる出場者、第23番。ローデンゼン侯爵家、クラリス・ローデンゼン様――』
観客席から、かつてのような熱狂的な拍手と歓声は起きない。むしろ、どこか好奇の目と、囁きが混じっている。クラリスは胸を張り、無理に優雅な微笑みを浮かべて場内へと歩み出た。
(見ていなさい……皆、私の実力を……!)
そして、いよいよ――。
『――第28番。カルデンシア公爵家、セレンティア・カルデンシア様――』
その名が場内に響き渡った瞬間、貴賓席から一際大きな拍手が起こり、それに続いて、好奇と驚きのざわめきが広がった。死んだと伝えられていたはずの公爵家の末娘の名とは、どういうことか。
そうして通路の入り口に、一人の少女の姿が現れた。
紺色の髪が陽光に輝き、深い紫の瞳は緊張に潤みながらも、前方をしっかりと見据えている。その姿は、どこか誇り高く、そして美しい。
「……っ!」
クラリスの目が見開かれた。あの……ありふれた茶髪と茶瞳の、陰気で醜い女が……?
違う。別人だ。しかし……何故か……あの女を……エリーゼを思い出させる……!
「な、あれは……?」
「カルデンシア公爵家の……?」
「けど赤子の時に死んだはずじゃ……」
観客席の囁きが大きくなる。
セレンティアは、その全ての視線を一身に浴びながら、ゆっくりと、しかし確かな足取りで競技場の中央へと進んでいく。鼓動は早く、喉はカラカラだった。でも、もう後戻りはできない。
(私は……セレンティア・カルデンシア……)
彼女はそっと目を閉じ、体内に眠る膨大な魔力の源に意識を集中させる。オルウェン師の教え、家族の温もり、そして……庭で出会った、あの金髪の青年の優しい言葉を思い出す。
(逃げない……)
彼女が目を開けた。その瞳には、もう迷いはなかった。
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