出て行けと追い出されたが、そもそも私の家ではなかった

Estella

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第二章

戦い

『セレンティア・カルデンシア vs クラリス・ローデンゼン』

 場内が騒然とする。様々な噂が渦巻くローデンゼン侯爵家の令嬢と、忽然と現れたカルデンシア公爵家の令嬢。この対決には、ただならぬ因縁が感じられた。

 クラリスは嘲笑を浮かべて試合場に立った。内心では不安が渦巻いていても、表向きは自信に満ちていなければならない。

「ふん、運がいいわね。こんなところで、貴方みたいな……」

 彼女の言葉が途中で止まった。セレンティアの、あまりにも落ち着いた、深い紫の瞳を見て。
 知らない女のはずなのに、その瞳に灯るものは、なんだか。

「クラリス」

 セレンティアの声は、凜として、驚くほど澄んでいた。
 クラリスの名を呼んだかと思うと、彼女は場内の観客に視線を向けて声を張り上げた。

「この場を借りて、言わなければならないことがあります」

「何よ、急に……?」

 セレンティアは観客席全体を見渡し、そして皇太子のいるボックス席に一礼すると、大きく息を吸った。
 その声は魔法によって増幅され、競技場の隅々まで、そしておそらくは場外にまで響き渡る。

「私は――かつて、『エリーゼ・ローデンゼン』として、侯爵家の屋敷に閉じ込められていました!」

「な……!?」

 クラリスの顔面が一瞬で蒼白になる。

「ローデンゼン侯爵は私を誘拐し、私の魔力を封じるブレスレットで長年にわたり搾取し、そして侯爵家の家族たちの面々も私を十数年にわたり虐待してきました。更に、カルデンシアに戻ったのは、クラリス侯爵令嬢と私の元婚約者が私を一人森に放置したことによるものです。カルデンシアが私を探し出さなければ、その場で死んでいたでしょう!」
 
 セレンティアの声には、怒りではなく、静かなる決意が込められていた。
 驚くべき事実の発覚に、場内は水を打ったように静まり返った。そして、次の瞬間、怒号と驚愕の声が爆発した。

「嘘よ!」

 騒然とする中で、クラリスが絶叫した。

「証拠もないのに、そんな……!」

「証拠はあります」

 セレンティアは淡々と言った。

「解析されたブレスレット。そして、ローデンゼンの魔力の衰退。カルデンシア公爵家の調査記録もあります。これらは全て、陛下の元にも提出されるでしょう」

 彼女は一歩前に踏み出し、クラリスをまっすぐに見据える。

「そして今、この一戦で、もう一つの真実を証明します。クラリス・ローデンゼン、あなたが『天才治癒魔術師』として称えられてきた全ての戦績は――私の魔力によって塗り固められた、偽物だったのです!」

「くっ……この、卑劣な……!」

 クラリスは狂ったように杖を振りかざした。

「良いわ、身の程を思い知りなさい!」

 クラリスが放ったのは、鋭い光の矢だった。かつて苦しまされ、その存在に怯え苦しんでいた彼女の魔法。今のセレンティアの目には、その軌道も速度も魔力の練度も、あまりにも稚拙に映った。

 セレンティアは微動だにせず、ただ掌をかざした。光の矢は彼女の眼前で突然減速し、無数の光粒に分解され、吸い込まれるように消え去った。

「……なに?」

「私のものですから」

 セレンティアは静かに言った。

「まだ私から奪った魔力、残存していますよね。返していただきます」

 次の瞬間、セレンティアの周囲に、先ほどよりもはるかに強力な光の粒子が集合した。それは、クラリスが放った何倍もの規模と密度を持っている。

「光の雨(シャイン・バレット)」

 セレンティアの囁くような声とともに、無数の光の弾丸が一斉にクラリスに向かって発射された。
 それは殺傷を目的としたものではないが、圧倒的な速度と数で、クラリスの展開した魔力の盾を木っ端みじんに打ち砕き、彼女のローブを引き裂き、彼女をその場にへたり込ませた。

「ぐあっ……!?」

 クラリスは地面に転がり、必死に治癒魔法を自分にかけようとする。しかし、彼女の手から出る光はかすかで、かすれた火花のようだ。
 彼女は震える手を見つめ、絶望する。これが……本来の、彼女の力なのだ。セレンティアの魔力がなくなれば、クラリスはただの少女とほぼ変わらない。

「見たでしょう、皆さん!」

 セレンティアの声が再び響く。

「これが、彼女の真実の力です! 彼女は、私から奪った魔力がなければ、ただの――」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ―――!!」

 クラリスは泣き叫びながらもがく。しかし、何の術もない。

 セレンティアはクラリスの前に立ち、見下ろす。その目には、憐れみも、憎しみもない。あるのは、ただ、決別の意志だけだった。

「私はもう、あなたの姉ではありません。エリーゼ・ローデンゼンは、あの日、森で死にました」

 彼女の声は、冷たく、そして力強く響いた。

「私は、セレンティア・カルデンシア。この身に流れる誇り高き血と、守るべき家族のために、これからも歩み続けます」

 場内には、やがて、最初は小さく、そして次第に大きくなる拍手が起こった。それは、真実を知り、そして新たな星の誕生を祝福する拍手だった。
 もちろん、大抵の貴族はこれからの身の振り方を打算的に考えたがゆえの行動であっただろうが。

 クラリスはその拍手を浴びながら、無様に地面に倒れ、泣きじゃくっていた。彼女の栄光も、誇りも、全てがこの一戦で粉々に打ち砕かれた。

 一方、セレンティアは観客席の家族たち――誇らしげなギルバート、冷笑を浮かべるアルデリカ、深くうなずく父――を見つめ、ほのかな微笑みを浮かべた。

 彼女は戦いに勝った。だけど、それ以上に、過去の亡霊に決別するという、もっと大切な戦いに勝利したのだ。彼女の新たな人生は、ここから、本当の意味で始まる。

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