出て行けと追い出されたが、そもそも私の家ではなかった

Estella

文字の大きさ
33 / 48
第三章

君がため

 ――目覚めた時、全てが最初に戻っていた。

 玉座の間の冷たい空気、父帝の探るような視線、母后の虚ろな微笑み、何も知らないかのような弟の笑顔。退屈と絶望しか感じなかったあの日々。

 だが、レクシード・アインハルトの内側は、一変していた。胸には、失った温もりと、沸き立つ決意が焼き付いていた。
 あの微笑み。あの冷たくなっていく手の感触。二度と、あんな絶望を味わわない。二度と、彼女を失わない。

 そう誓ってから、彼は「二つの人生」を生き始めた。

 表向きは、相変わらずの「気弱で政治的に非力な、不憫な皇太子」。
 母后の圧力に萎縮し、第二皇子派の挑発にもろくに反論できず、魔法の訓練もおざなりで、絵ばかり描いている(と周囲に思わせている)凡庸な若者。

 しかし、影では――鋼の意志を秘めた策略家が動いていた。

 夜ごと、人目を避けて魔法を極限まで鍛え直した。前世で散々見せつけられた「力の差」を埋めるためだ。
 宮廷の駆け引きも、かつては嫌悪していたが、今は必要不可欠な武器として学び尽くした。
 巧みに情報網を張り巡らせ、一見無力なふりをしながら、確実に自分の勢力を育て上げた。誰にも悟られずに、腹黒く、静かに。

 そして、全ての調査は一つの目的に向けられた。「彼女」に関する真実の解明だ。

 ローデンゼン侯爵カルレオの歪んだ過去と野心。エレニア・ファーセンダーという女性の存在と、その最期。
 そして、侯爵家に隠され、『エリーゼ』と呼ばれる少女の正体が、カルデンシア公爵家の末娘「セレンティア」であること。

 彼は、彼女がまだ赤子の頃に誘拐され、魔力を封じられ、十数年にわたって囚われの身であったことを知った。胸が張り裂けそうな怒りをこらえ、冷静に計画を練る。

 救出のタイミングは一つしかない。
 侯爵家から追放され、魔力のブレスレットの制御が最も緩み、彼女の本来の力が一瞬でも目覚める瞬間を逃してはならない。あの森の中、あの雨の夜だ。

 彼は、自分の所有する別荘で計算尽くした魔力場の乱流を、遠隔から、極めて微妙に発生させる術を編み出した。
 それは、セレンティアの内に眠る膨大な魔力に僅かな「活性化」の刺激を与え、古びたブレスレットに最後の一押しを加えるためのものだ。
 直接手を下せば侯爵に気づかれる。かといって、何もしなければ彼女はあの夜、魔力もなく森で力尽きてしまう。

 次に、カルデンシア公爵家への接触。迂遠な方法を用い、侯爵の目を掻い潜り、森の近くにある公爵家の別荘で極秘の会合を持ちかけた。
 何を話すかは適当なものだ。公爵に怪しまれることは分かっていた。だが、むしろその感情を、その警戒を利用したかったのだ。

 ――全ては、綿密なシナリオ通りに進んだ。

 嵐の夜。追放されたセレンティアのブレスレットが、彼の仕組んだ魔力の乱流と彼女自身の成長した魔力によって破砕される。
 彼女の紺色の髪と紫の瞳が露になり、共鳴によってちょうどその場に駆けつけた公爵家の者たちが、彼女を保護する。

 レクシードは、別荘の窓から、遠くの森のざわめきを感じ取り、ほっと深く息を吐いた。第一段階、成功だ。彼女は、少なくとも物理的には安全な場所に辿り着いた。

(……これでよし。これで、君は生き延びられる)

 そうして、運命の歯車は、ほんの少しだけ、違う方向へと回り始めた。

 皇太子は、怪しまれつつ公爵家と密かに接触し、情報を提供しながらも距離を保ち、腹黒い支援者として暗躍していた。
 そして、魔法大会での邂逅、侯爵家との対決――その全ては、彼が時間をかけて紡いだ復讐と救済の壮大な織物の一部だった。
 ただ、ローデンゼン侯爵が何らかの形で復讐に出ることは予想がついていたが、まさかここまで考え無しだとは思わなかった。それほどに追い詰められているということなのだろう。

 かつてあれほど強大な敵だった男が、今は、少しも恐ろしくなど感じない。

 彼は今、森を駆ける。過去の亡霊に怯えることなく、未来を護るために。
 ――全てをやり直したこの人生で、たった一つの、最も大切な約束を果たすために。

 物語は、まだ終わらない。
 だが、少なくともこの一歩は、彼が血と涙と決意で切り拓いた、確かな未来への道標だった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

選ばれなかったのは、どちら?

白瀬しおん
恋愛
「あなた、本当にうちの家にふさわしいと思っているの?」 その一言で、すべては終わるはずだった。 婚約者は沈黙し、公爵夫人は微笑む。 わたくしはただ、静かに席を立った。 ――それで、終わりのはずだったのに。 届いた一通の封書。 王城からの照会。 そして、夜会に現れた“迎え”。 その日、選ばれたのは――どちらだったのか。

追放された悪役令嬢は辺境で第二の人生を歩みます〜元婚約者が後悔しても、もう遅いですわ〜

Airi
恋愛
婚約者の王太子に一方的に断罪された公爵令嬢アリア。実家からも見捨てられ、辺境へと追放された彼女は、決して屈せず自ら生きる道を選ぶ。 やがて出会ったのは、無愛想だが優しさを隠しきれない辺境伯レオン。彼の庇護のもと、アリアは失った誇りと笑顔を取り戻していく――。 一方、王都では捨てたはずの令嬢を思い出し始める男たち。だが、彼女がいま見つけたのは“真実の愛”と“本当の幸せ”だった。 ざまぁも溺愛もたっぷり詰め込んだ、辺境再生ロマンス。

婚約破棄されたので、もう頑張りません 〜静かな公爵に放っておかれたら、本当の人生が始まりました〜

あう
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

婚約破棄された令嬢は辺境で幸せになります〜冷酷公爵の溺愛は聞いてません!〜

Airi
恋愛
王都で婚約者に裏切られ、処刑寸前まで追い詰められた侯爵令嬢エリス。 彼女を救ったのは、氷の公爵と呼ばれる辺境の貴族だった。 「二度と泣かせない」と誓う彼の腕の中で、傷ついた心は少しずつ溶かされていく。 だが王都では、エリスを破滅させた恋敵たちが、彼女を利用しようと再び動きはじめ——。 これは、“ざまぁ”の先にある、本当の愛と再生の物語。

無能令嬢の婚約破棄から始まる悠々自適で爽快なざまぁライフ

タマ マコト
ファンタジー
王太子妃内定を発表するはずの舞踏会で、リリアナは無能の烙印を押され、婚約を一方的に破棄される。幼少期の事故で封じられていた強大な魔力と、その恐怖を抱えたまま、彼女は反論すらできず王都から追放される。だがその裏では、宰相派による政治的策略と、彼女の力を利用し隠してきた王家と貴族の思惑が渦巻いていた。すべてを失った夜、リリアナは初めて「役目ではなく自分の意思で生きる」選択を迫られ、死地と呼ばれる北辺境へと旅立つ。

かつて婚約破棄された悪役令嬢は、隣国の氷の王太子に一目惚れされて溺愛される

Airi
恋愛
誓いの指輪を返されたその夜、全てが終わった──そう思っていた。 社交界で“悪女”と噂された公爵令嬢リリアナは、婚約破棄と追放ののち、隣国で氷の王太子と出会う。 無表情で近寄りがたい彼は、なぜかリリアナにだけ優しい。 やがて彼の溺愛に戸惑いながらも、過去の屈辱を乗り越え、真の幸福を掴むまでの物語。 裏切り、ざまぁ、そして究極の愛が交錯する──王道溺愛ファンタジー。

【完結】断罪された悪役令嬢は存在ごと消されました ~見えません、聞こえません、でも殿下の毒杯くらいは弾けます~

Lihito
ファンタジー
前世はごく普通のOL。唯一の趣味は学園恋愛ゲーム。 推しは第三王子。温厚で、誠実で、どうしようもなく顔がいい。 気がつけばそのゲームの悪役令嬢に転生していた。 断罪は覆せない。どれだけ対策しても、シナリオの強制力が全部潰してくる。 入学式の壇上で婚約破棄。退学宣告。控えの間に連れていかれて—— 光に包まれた瞬間、私は透明になった。 声が出ない。姿が映らない。文字を書いても消える。 触れても「風かな」で済まされる。 それでも殿下のそばにいた。 毒の杯を弾いた。刃を逸らした。嘘を暴いた。 全部、殿下には見えないところで。 殿下は夜の礼拝堂で祈っていた。 「リゼット・ヴァルシアのことも、どうかお守りください」 ——ここにいるよ。あなたの、すぐ後ろに。 届かない声。触れられない手。それでも離れられない。 これは透明な私が、見えない距離ゼロで推しを守り続ける、どうしようもなく一方通行な恋の話。

私を欠陥品と呼ぶ執事長が鬱陶しいので、侯爵夫人として排除することにしました

菖蒲月(あやめづき)
ファンタジー
「欠陥品に払う敬意など無い」 結婚後もそう言って嫌がらせを続けるのは、侯爵家の執事長。 どうやら私は、幼少期の病が原因で、未だに“子を産めない欠陥品”扱いされているらしい。 ……でも。 正式に侯爵夫人となった今、その態度は見過ごせませんわね。 証拠も揃ったことですし、そろそろ排除を始めましょうか。 静かに怒る有能侯爵夫人による、理性的ざまぁ短編。 ________________________________ こちらの作品は「小説家になろう」にも投稿しています。